『おちょやん』第4週「どこにも行きとうない」
第19回〈12月24日 (木) 放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠〉

「鶴造社長の鶴の一声や」
父・テルヲ(トータス松本)のこさえた借金を返すために、悪い噂のある料理屋で働くことを決心する千代(杉咲花)。お茶子たちがお金をかき集めて、助けようとするも、シズ(篠原涼子)は千代のためにならないと反対する。このときの篠原涼子、大前春子みたいだった。【前話レビュー】最高にイラッとするテルヲのセリフ 考えついた才能を讃えたい
その後、「鶴蔵社長の鶴の一声や」……と宗助(名倉潤)が血相変えて飛び込んでくるから、もしや社長が借金を肩代わりして千代を助けてくれるのかと期待したら、天海一座の公演が不入りで、打ち切りを決定したという景気の悪い話だった。
シズからは、あと7日、天海一座の千秋楽まで、岡安で働くように言われていた千代は、予期せぬ早い業務終了に、動揺を隠して、健気に最後までしっかり働こうとする。
天海一座のほうも散々。頼りの看板俳優・千之助(星田英利)は一平(成田凌)を「一匹の平目」と揶揄した置き手紙を残していなくなってしまう。「なんとしても幕を開ける」と天晴(渋谷天笑)は、千之助の役を一平にやれと言う。
だが弱り目に祟り目――。
「暑いんか寒いんかどっちだす?」
本番直前、女形・漆原(大川良太郎)が腰を痛めて立てなくなってしまった。女形をやれる俳優は限られている。どうする? となったとき、一平が千代を引きずり出す。千代は急遽、女中役を演じることになる。普段も女中だし、芝居が好きとはいえ、初めて舞台で演技をするものだから、手は震え、セリフは飛ぶ。千代の異様に震える手を見て「きょうは寒い」とアドリブで誤魔化す一平。そのあと千代は持ってきたお茶を一平にかけてしまい、一平が「熱っ!」と慌てると、「暑いんか寒いんかどっちだす?」と返し、観客を笑わせた。
一平と千代のアイコンタクト&心の声がドタバタ代役劇を盛り上げる。このまま劇は成功するかと思ったが、そうは問屋がおろさない。
「もうひとりになるのいや」
天海一座の演目は、薬問屋の旦那(一平)が、女中(千代)と浮気をしていて、妻のいない間に、出ていってもらおうとするもの。クライマックス、女中が出ていくところで、千代はセリフを忘れてしまう。挙げ句、「うちは絶対に行きません」「岡安にいたいんだす」と芝居と現実がごっちゃに。「もうひとりになるのいや」という本音は、迫真で観客の心を打つ。やっぱり千代はずっと帰る場所のない孤独に苛まれていた。
普段、人に言えない本音をお芝居に託して表現できることがある。逆に言えば、お芝居は作り物ながら、観客の想いを代弁したもので、だからこそ感動するのだ。これは、高城百合子(井川遥)のエピソードのリフレインである。

千代は我慢して言えない本音を、役を通して発することが出来た。が、はたと気づいて、慌てて退場する。
「またここへ帰って来ます」
急な千秋楽、一平は、打ち切りのふがいなさを反省しつつ、「またここへ帰ってきます」と挨拶する。この場面に、コロナ禍、急に舞台を中止せざるを得なくなったたくさんの演劇人のことを思った。緊急事態宣言が出て、突如、今日で公演終わりとか、明日で終わりとか、千秋楽までやれなくなったり、ゲネまでやったのにそのまま中止になったり、本当にたくさんの公演が休止や延期になって、涙を飲んだ人たちがいる。
代わりに配信公演をやったりもするけれど、やっぱりお客さんの前で演じることが演劇。愛する劇場や観客へ「またここへ帰ってきます」と思った演劇人は多いだはずだ。先週の劇中劇、『夏祭浪花鑑』で活躍した歌舞伎俳優の方々も、コロナ禍、舞台にあがれない時期が長く続いた俳優たちだ。この数カ月、ようやく、劇場も開き始めたが、まだまだ安心できない。苦労は続いている。
筆者は先日、ある俳優に取材して、久しぶりに演劇を観に行ったとき泣いた、という話を聞いた。私も、緊急事態宣言明け、初めて劇場に行ったとき、客入れの曲で泣いた。
たまたま『おちょやん』は大正から昭和にかけて演劇の世界で生きる人たちを描くドラマだったわけだが、2020年の演劇人の思いがこもったドラマにもなっている。

千之助はどうした
一平に愛想をつかして出ていった千之助。でも彼ほどの俳優であれば、舞台を途中で投げ出すことはしないはず。きっと一平に奮起させるために一芝居打ったに違いない。その証拠に、ずぶの素人の千代との共演によって、セリフを忘れたり変えたりされたときになんとか対応しようとしていた。先輩に自由にやられると、腹も立つけど、素人相手だと仕方ない。その結果、受けることも実感したはず。漆原が腰を痛めて、千代が代役とは千之助も思いもしなかったとは思うが……。
この漆原、一座が団結してなんとかしようと立ち上がるとき、ひとり、横たわっていたのが切なくて面白かった。演じている大川良太郎は、ほんまもんの大衆演劇の一座の座長。天海一座には、松竹新喜劇、吉本、大衆演劇……といろんな才能が集まっている。
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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
■成田 凌(天海一平役)プロフィール・出演作品・ニュース
■名倉潤(岡田宗助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■篠原涼子(岡田シズ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■宮田圭子(岡田ハナ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■西川忠志(熊田役)プロフィール・出演作品・ニュース
■トータス松本(竹井テルヲ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■渋谷天笑(須賀廼家天晴役)プロフィール・出演作品・ニュース
■大川良太郎(漆原要二郎役)プロフィール・出演作品・ニュース
■楠見薫(かめ役)プロフィール・出演作品・ニュース
■土居志央梨(富士子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■仁村紗和(節子役)プロフィール・出演作品・ニュース
■井上拓哉(富川福助役)プロフィール・出演作品・ニュース
■いしのようこ(富川菊役)プロフィール・出演作品・ニュース
■桂吉弥(黒衣役)ニュース
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』【放送予定】
2020年11月30日(月)~
<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami