『おちょやん』第15週「うちは幸せになんで」

第75回〈3月19日(金)放送 作:八津弘幸、演出:梛川善郎〉

朝ドラ『おちょやん』テルヲを最後まで良い人にさせなかった千代なりの優しさ
イラスト/おうか
※本文にネタバレを含みます

ヨシヲは……

「〜〜おまんらの芝居観にいったらあ。いっちゃん良い席用意しとけ!」
「嫌なこと全部忘れさせてやるさかい、楽しみにしとけ」

【前話レビュー】千代とテルヲの父娘問題 名作になるか、凡作となるか、明日が真価が問われる分かれ目

朝ドラ史上最低と言われる父・テルヲ(トータス松本)をどう描くか。子どもを育てることを放棄したばかりか、借金のかたに売り飛ばそうとしたり、子どものお金を盗んだりして、酒や博打におぼれてきたテルヲ。
最後に良いところを見せて、それでも血のつながりは濃いのだと見せるのか。最後まで許さないのか。千代(杉咲花)のお芝居を見て感動するのか。花かごを贈ってきていたのはテルヲだったのか。

……いろいろな可能性があるなかで、選択された流れは――
なかなか辛口だった。テルヲは千代の芝居を見ることなく、留置場で事切れる。

これまでのテルヲの素行を見ると、許されるものではないだろう。ここをめでたしめでたしにしたら、嘘になると心配だった。とはいえ、千代と面会したテルヲは過去を悔い、鼻水まで垂らして泣いている。幼い千代が「うちがあんたらを捨てたんや!」と啖呵きって道頓堀に奉公に出たとき、「うーうー」と唸っていた場面が出てきて、さすがの厚顔なテルヲも子どもにそんなことを言われたことが響いていたことがわかる。こんな人でも、子どもを捨てたことはずっと引っかかっていたのだなあ。

でも、そのあとがいけない。
以後、一向に反省が見えなかった。その報いとしてのテルヲの最期は、作り手の踏ん張りを見たように感じる。泣き濡れ、良い人になろうとするテルヲに対して、千代が最後まで、良い人にさせないのである。

「悔しいけど、あんたはうちのお父ちゃんや」と千代に言われて、テルヲは「いつ死んでもええ思うてたのに、未練湧いてしまうやないけ」と大泣きする。すると千代は「しぶといだけがあんたの取り柄やろが。どないえげつない手ぇつこうででも、うちにもっぺん笑てお父ちゃんと呼ばせてみ」とあくまで毅然と返す。

そのあとのふたりの会話がしびれた。

「上等や。やったろうやないけ。病気なんぞあっちゅう間に治して、おまんらの芝居観にいったらあ。いっちゃん良い席用意しとけ!」
「今まで見たことないような面白いもん見せたるわ。嫌なことも全部忘れさせてやるさかい、楽しみにしとき」

辛口だ。
甘い言葉がひとっつもない。それでいてこのふたりにしかわからない、やっぱり切り離せない何かを感じてしまう。


朝ドラ『おちょやん』テルヲを最後まで良い人にさせなかった千代なりの優しさ
写真提供/NHK

この場が秀逸なのは、千代はテルヲの個性を生かしたことである。テルヲは憎らしい口をきくほうが魅力的だから、最後に好々爺みたいになったらつまらない。それを本能的に嗅ぎ取った千代は、ここで憎まれ口を叩く。それによって彼女の彼への許せない気持ちも肯定される。いやなヤツはいやなヤツ。許せないものは許せない。それを見事に名シーンにしてみせた。

「千代。おまんはほんまにお月さんみたいやな」

テルヲが洒落たことを言うのは、千之助(星田英利)が千代の俳優としての資質が主役ではなく周囲の芝居を活かす――月のようだと言ったことをちゃんと覚えていたから。「あいつはな、自分こうからギラギラ輝くような役者やないねん。
せやけど、なにゃこう妙にあったこうて、優しい。なんちゅうかな…… う〜〜ん……お月さんのような役者やなあ」(第73回より)

千代の役者としての才能もここで発揮されたことになる。これが役者というか千代という人物の資質なのだろう。千代は、テルヲを最後まで彼らしく、老いぼれて改心した人物ではなく、ちょっとカッコいい反抗的な人にして、あの世に送る。きつい言い方ながら、そこには千代なりの優しさとあったかさがある。

テルヲが死んだ夜は満月。幼い千代(毎田暖乃)といまの千代が煌々とした光に包まれ、「お父ちゃん」と呼ぶ。まるで死神のようで、ちょっと怖い。

この光を見ていて、気づいたことがある。『おちょやん』の白くてきれいな照明は、太陽ではなく月の光なのだろう。千代がいつも空を見上げて「明日も晴れやな」と言いつつ、直接的に青空や太陽が出てこないのは、彼女が月だからなのだ。

それにしても、テルヲがヨシヲのことをまったく思い出さないのは哀し過ぎるけど、だからこそテルヲなのかもしれない。
きっとちっとも自分のやってきたことを反省してないのだ。

千代と一平のキス

テルヲが死んで、その弔いに、岡安、福富、家庭劇の人たちが集まってきた。テルヲに千代を頼むと言われたからと言って、テルヲの悪業を笑いながら話す。すっかり、テルヲの死の哀しみが吹き飛んだ。哀しみをまったく引っ張らないところが素晴らしい。

千代と一平(成田凌)のふたりになって、やっと仲良し夫婦感が出る。このとき、千代が一平にキスするのは、事前に演出家と杉咲花が相談し、成田凌には本番まで知らせずに行われたことだと番組Twitterで紹介されていた。するほうもされたほうも照れくさそうで、その表情が生々しい。芝居じゃないところを狙った演出がほのぼの。長らく千代にへばりついていた厄介な父の影がなくなって、千代が解放された気持ちが「あかーん!」と写真のテルヲが叫び、死の哀しみが上書きされた。

朝ドラ『おちょやん』テルヲを最後まで良い人にさせなかった千代なりの優しさ
写真提供/NHK

この日の『あさイチ』のゲスト中村勘九郎が『おちょやん』を観て泣いていた。勘九郎はそれこそ、父と子の物語を背負っている歌舞伎俳優。番組では勘九郎のふたりの子どもが出てきたり、父・勘三郎の思い出も語られたり、親子三代のエピソードが紹介された。


父・勘三郎は、テルヲとはまるで違うできた人物ではあるが、歌舞伎を通しての親子関係はとても厳しいものであろう。だからこそ、千代の「今まで見たことないようなおもしろい芝居見せたるわ。嫌なこと全部忘れさせてやるさかい、楽しみにしとけ」なんて捨てゼリフは格別に響いたんじゃないだろうか。

2011年の『天日坊』の千秋楽、父・勘三郎がサプライズで登場して、それが最後の舞台になった思い出話が泣けた。そこで「テルヲ父ちゃんを思い出しちゃって」と言っていて、やっぱり最初の涙も勘三郎を思い出したのであろう。事実は小説よりもドラマティックだ。

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番組情報

連続テレビ小説『おちょやん

<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り

<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)

<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送

<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送

:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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