360度見渡せるVR演劇「僕はまだ死んでない」新たなエンターテインメントに未来への思いを馳せる

VR観劇「僕はまだ死んでない」は上も下も右も左も前も後ろも見放題

VR演劇「僕はまだ死んでない」を見た。VR演劇とは、360度自由に観ることのできる演劇。コロナ禍、感染予防のため演劇上演がたくさん休止になったことから、映像で観る演劇が増えた。
これまでもあった舞台を撮影したものを放送や配信するスタイルから、ZOOMを使って生配信するような新しいスタイルまでさまざまで、なかには無観客上演を逆手にとって客席や劇場の裏側やキャットワークまで隅々まで映すなんていうのもあった。

どれも、作品自体の出来がある程度のレベルに達していれば、面白く観ることができたし、カメラワークなど、みるみる映像レベルがあがっていって見やすくなった。それでもどうしても生で見る演劇にかなわない絶対的なものがある。それは、視点だ。

生の演劇なら、観る側が、自由に視点を定めることができる。例えば、センターにいる主人公がいいセリフを語っているときに、端っこにいる脇役がどんな表情をしているか観ることができる。それが映像だと、カメラマンないし映像を編集している人のここを見せたいという箇所しか観ることができない。

VR演劇にはそのストレスがない。そこが嬉しい。そのうえ、通常の演劇は180度なところ、今回のVR 演劇「僕はまだ死んでない」は360度だ。上も下も右も左も前も後ろも見放題なのである。劇場での上演を収録するのではなく、“収録のための収録”を行って、確たる臨場感を生み出した。


自分をのぞき込む俳優と目が合う(バーチャルで)

360度見渡せるVR演劇「僕はまだ死んでない」新たなエンターテインメントに未来への思いを馳せる

「僕はまだ死んでない」はまず海辺が出てくる。ぐるりと見渡せる空と浜は開放的だ。それから舞台は病室へ――。主人公・僕は部屋の中央のベッドに寝ている。父と担当医、それに僕の友人がいて、彼らが話をしている。

僕はカラダが動かない状態で、口も聞けない。かろうじて目は見えるので、視線やまばたきで意思表示ができるように徐々に訓練していこうと言う。海辺から病室へ。一気に閉塞感が増す。視聴者はベッドに寝ている体(てい)で、枕元視点で病室を360度見渡せるから閉塞感が少しだけ緩和される。VR 演劇の楽しさは、視聴者(観客)は出演者の一員のようになって舞台上の視点が獲得できることだ。

ベッドに寝ている主人公視点で、父と担当医と友人の顔を自由に見られる。たまに、主人公をのぞきこむ俳優たちと目が合うことも楽しめる。
生の舞台だと、前の席で、俳優とたまに目が合ってしまったように思うとき、なんとなく気恥ずかしくて視線をそらしてしまうことがあるが、VR演劇だったらどんなに目が合っても大丈夫(実際、合っているわけではないし)。

360度見渡せるVR演劇「僕はまだ死んでない」新たなエンターテインメントに未来への思いを馳せる

やがて病室に離婚の話し合いが進んでいた妻が面会にやって来て……。冒頭の海辺は、僕と友人の記憶で、そこにはなぜかブランコがある。物語が進行していくと病室の壁が一面空いて、そのブランコが現れる。

中盤過ぎると、3Dが生きてくる仕掛けがあるので、ゴーグルを使って観るほうがおすすめ。VR演劇は、2Dと3Dの2パターンがあって、2Dだとズームアップもできる。3Dの場合はVRゴーグルによって立体的に見える。

360度見渡せるVR演劇「僕はまだ死んでない」新たなエンターテインメントに未来への思いを馳せる


360度見渡せるVR演劇「僕はまだ死んでない」新たなエンターテインメントに未来への思いを馳せる

ゴーグルにスマホをセットして、回転する椅子に座って、椅子をクルクル回して観ると、360度病室や海辺をぐるーっと観ることができて楽しかった。最初はこのゴーグルがお弁当箱みたいでそれなりに重量があって両手で抑える必要があるが、一時間強の上映が終わって、ゴーグルを外すと、はたと現実に返り、没入していたんだなと実感する。家にいて配信を見ているとどうしても気が散りがちなのだが、ゴーグルを装着すると集中できて、それもいい。

このように、ハード面は、一度は体験してみると楽しいという感じだが、やっぱり大事なのはソフト面。つまり物語の出来である。
その点は、原案と演出がウォーリー木下、脚本が広田淳一と信頼できる演劇人によるものなので、一定の保障はある。

360度見渡せるVR演劇「僕はまだ死んでない」新たなエンターテインメントに未来への思いを馳せる

彼らの作り上げた「僕はまだ死んでない」がVR演劇というエンターテインメントの極地のように見えながら、終末医療の問題に向き合った意欲作であるところにも注目したい。ふいに身内が寝たきりになってしまったとき、人はどんな反応をするか。シニカルなコメディ要素もありつつ、当事者が向き合う、死や病や、友人、肉親に対しての思いは決して他人事ではない。

技術が進歩してこういう視点が容易に獲得できるようになったら、実際、寝たきりになっても、いろいろなものを観ることができて、他者とも意思疎通もしやすくなるかもしれない。そんな未来に思いを馳せた。

作品概要

VR 演劇「僕はまだ死んでない」

360度見渡せるVR演劇「僕はまだ死んでない」新たなエンターテインメントに未来への思いを馳せる

原案・演出:ウォーリー木下
脚本:広田淳一
音楽:吉田能
出演:内海啓貴、斉藤直樹、加藤良輔、輝有子、渋谷飛鳥、瀧本弦音、木原悠翔
企画・製作:シーエイティプロデュース

◎あらすじ
僕は病室にいた。父と、僕の友人が何やら話をしている。が、体がぴくりとも動かない。一体僕に何が起こった? 医師らしき声も聞こえる。「現状、一命を取り留めていることがすでに大きな幸運なんです」 ......なるほど。そういうことなのか。

デザイナーとしての会社務めを半年前に辞め、油絵に打ち込んで夢だった画家への道を歩み始めた矢先だった。脳卒中で倒れ、自分の意志で動かせるのは眼球と瞼だけ。「やってられるか、バカ野郎!」とたった一言伝えるのに5分以上かかる。
そして病室には、飄々と振る舞い軽口も叩く父、慎一郎。兄貴分の幼馴染で、親身になって回復を願っている碧。離婚の話し合いが進み、新たな生活に踏み出し始めていた妻、朱音。そして、担当医である青山。
「良く死ぬことも含めての良く生きること」
直人と、直人を取り巻く人々それぞれに、胸に去来する想いがあり……。


配信チケット販売:3月31日(水)23:59まで(期間中何回でも購入可)
閲覧可能期間:4月7日(日)23:59まで
閲覧期間:7日間
配信チケット価格:3,500円(税込)

公式サイト:https://stagegate-vr.jp/


Writer

木俣冬


取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。

関連サイト
@kamitonami
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