『おちょやん』第16週「お母ちゃんて呼んでみ」
第80回〈3月26日(金)放送 作:八津弘幸、演出:盆子原誠 〉

一平と千代の「俺の家の話」
居候している寛治(前田旺志郎)が芝居の支度金を盗んだことが発覚した。大山社長(中村雁治郎)は彼の素行の悪さを知りながら、わずかの期待をもって家族劇に預けたものの、諦め顔。でも千代(杉咲花)は寛治をかばう。【前話レビュー】『おちょやん』人間不信から悪事を働く寛治 買い物でなくしたお釣りもくすねたんじゃねーの疑惑
「人生はもっともっと楽しいんやてこと、うちらが見せてあげな誰が見せてあげられますのや」
千代がそれほど人生をもっともっと楽しいと感じているとはドラマからはあまり伝わってこないのだが、少なくとも、どん底の人生をそれなりに上向きにして生きていることは感じることができる。
寛治はそのまま一平の家で暮らし続け、そんなある日、千代は寛治に自分の身の上話を語って聞かせる。
「あのときはほんまにつろうて、うちの人生ってこないなんかなと思うてたときに、一平が一緒になろうて言うてくれて」
ちょっと顔をほころばせ、一平を見てうんうんとうなづく寛治。その後、一平の身の上話。
「次は俺の番や」
父と子ふたり、芝居の世界に生きてきたところが「同じやな」と一平に言われて、顔がすこし緩む寛治。「この一座がおれの家庭やと思うてる」と一平。
家族に恵まれない千代と一平が「家庭劇」をつくって、「家庭」の味を少しずつ知っていく。これが「俺の家の話」って感じの5分。百合子の自分語り3分、寛治のトラウマ話2分よりも長い5分。ふたり分だからだけれど。
「そうですか。ほな僕はぼちぼち……」と去ろうとする寛治。
「本題はこっからや」と千代が止め、居住まいを正して言うことは――
「うちらと一緒に暮らせへんか?」
千代は持ちかける。

「だんない。うちらはあんたを絶対に裏切らない」「うちらはあんたの痛みをわかってるさかい」と畳み掛ける千代。こういうとき、つい笑ってごまかしてしまうクセのある寛治に、一平は「笑いたないのに、無理に笑うことなんかあれへんね」と言う。寛治の目から涙がこぼれてきた。
三人は抱き合う。
めちゃくちゃハッピーで恵まれている人生ではないけれど、頼れる人がいて、仲間がいて、好きなことに打ち込んで生きていく。ちょっと哀しいときに、魔法のような良いことが降ってくることもあるという希望を描くのがお芝居だ。その精神は、家庭劇がその前身である松竹新喜劇に受け継がれている。
一平の「人世双六」
小暮(若葉竜也)と百合子(井川遥)の理想を求めてのソ連への逃避行は成功。新聞に記事が載った。小暮の語った「必死に働いている人間が報われる、そないな芝居」を書く一平。
「人世双六」は松竹新喜劇にある演目で、寛治のモデルらしき名優・藤山寛美の二十快笑のひとつとされている。雪の高架下で出会った宇田信吉と浜本啓一の双六のような人生を涙と笑いで描く。
宇田信吉は、四国の松山から大阪に働きに来たものの、勤める予定の会社が倒産していた。しかも住民票の入った定期入れを落としてしまって路頭に迷っているところ、浜本啓一と出会う。彼も失業中で、拾ったお金を使おうとしていた。
ところが、どんなにお金に困っていても真面目な新吉の言動にお金を届け出ようと考え直す。ふたりは意気投合し、お互い5年頑張って、再会しようと約束。そして5年後、ふたりの人生は……。
初演は昭和13年。松竹家庭劇(鶴亀家庭劇のモデル)で、宇田信吉役を曾我廼家十吾(千之助のモデルらしい)、浜本啓一役を二代目渋谷天外(一平のモデル)が演じた。昭和42年、藤山寛美が新吉を演じた。

5年後、新吉と啓一が再会したとき、ふたりの人生はずいぶん変わっている。でも彼らには人情があり、困っている側に手が差し伸べられるのである。そんなことあるわけないという展開なのだが、真面目にやっているのにうまくいかない人が優しくされて救われる、おとぎ話のようなものなので、それはそれで素直に見ることができる。良い意味のシンプルな筋で、俳優が役をおもしろおかしく親しみやすく彩って笑わせる。よくできたお芝居だ。DVDで藤山寛美版が残っているが、彼がちょいちょい入れてくる動きが空気をふわっと動かす。透明なおつゆのやさしいおうどんのような味わいなのである。
物語における「ご都合主義」と「願望」との分かれ目というものがあって、ありえたらいいなあと澄んだ気持ちになるものにするには、形式ではなく心が必要であろう。百合子が千代に語った「信じることを貫きなさい」のような信念が。
昭和16年、太平洋戦争がはじまり、それまで戦争景気で沸いていた日本が、国家総動員法公布(13年)、日独伊三国軍事同盟締結(15年)、大政翼賛会創立(15年)と刻々と変わっていく様子を、双六で表現。いつもイラストが素敵な『おちょやん』なのだが、双六の上がりは真珠湾攻撃。ここが最高潮で、あとは下がる一方という皮肉な双六だった。
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■杉咲花(竹井千代役)プロフィール・出演作品・ニュース
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番組情報
連続テレビ小説『おちょやん』<毎週月曜~土曜>
●総合 午前8時~8時15分
●BSプレミアム・BS4K 午前7時30分~7時45分
●総合 午後0時45分~1時0分(再放送)
※土曜は一週間の振り返り
<毎週月曜~金曜>
●BSプレミアム・BS4K 午後11時~11時15分(再放送)
<毎週土曜>
●BSプレミアム・BS4K 午前9時45分~11時(再放送)
※(月)~(金)を一挙放送
<毎週日曜>
●総合 午前11時~11時15分
●BS4K 午前8時45分~9時00分
※土曜の再放送
作:八津弘幸
演出:梛川善郎
音楽:サキタハヂメ
主演: 杉咲花
語り・黒衣: 桂 吉弥
主題歌:秦 基博「泣き笑いのエピソード」
木俣冬
取材、インタビュー、評論を中心に活動。ノベライズも手がける。主な著書『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』、構成した本『蜷川幸雄 身体的物語論』『庵野秀明のフタリシバイ』、インタビュー担当した『斎藤工 写真集JORNEY』など。ヤフーニュース個人オーサー。
@kamitonami