映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

ひとたび目を開ければ、暗いニュースしか目に入ってこない。息をするだけで暗澹たる気分になる。
天変地異も沸き起こり、そんな閉塞感たっぷりの現代で、久々に「明日から頑張っていこう」という気分になれる映画に出会った。それが、青柳拓監督の映画『東京自転車節』だ。

スマホとGoProのみで撮影された、「主人公視点」のコロナ禍

『東京自転車節』は、山梨で運転代行のアルバイトをしながら映画監督として活動する青柳拓監督が、コロナ禍によってその職を失い、抱えた膨大な奨学金の返済と生活費のために単身自転車で上京。Uber Eatsの配達員として七転八倒を繰り返しながら、コロナ禍における自身の生き方の指針を見つけていくドキュメンタリーだ。

映画は全編にわたり、スマートフォンとGoPro(小型のアクションカメラ)で撮影。青柳監督と同じ目線で、生々しく疾走感ゆたかに捉えられた映像の数々を見ていると、数々に引き込まれていく。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

「さぁ、漕げ漕げ!」炭坑節の替え歌に乗せ、自転車で単身上京

2020年3月、山梨県甲府市。夜の繁華街から人が消え、運転代行のアルバイトをしていた青柳監督は職を失う。残ったのは、利子含めて750万にのぼる、奨学金という名の借金。この返済と生活費のため、監督は東京でUber Eatsのアルバイトを決意する。

「東京に行けばコロナに感染する」という噂が地元に流れるなか、反対する家族を説得し、「稼いでこいなー、山ほど背負ってきてくれ」と、祖母が手縫いしてくれた布マスクを身につけ、単身自転車をこいで東京を目指す監督。その背後には、労働歌をルーツとする「炭坑節」の替え歌であり、この映画の主題歌である「東京自転車節」が流れ、Uber Eatsのロゴを思わせる、白と緑のツートンカラーのタイトルが現れる。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

家族に感染させるわけにはいかない。でも、地元には仕事がない。
コロナが落ち着くまで、東京で踏ん張るしかない──。そんな悲壮感を背負いながら、「サノヨイヨイ」を「さぁ、漕げ漕げ!」と替え歌した“労働歌”にあわせ、監督は東京を目指して自転車を漕ぎ続ける。

9時間走り回って「売上8,000円」の1日目

たどりついた東京の人の多さに驚きながら、スマートフォンにUber Eatsのアプリをインストールし、配達員としてのスタートを切る監督。さっそくアプリに届く配達依頼の地図に、東京の地理に詳しくない監督は大いに迷う。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

Uber Eatsの1回の注文あたり、配達員に入る手数料は500円ほど。監督が定めた目標の「1日1万円」を達成するには、じつに20件の注文をこなす必要がある。さらにUber Eatsの配達員は、現状従業員ではなく「個人事業主」として扱われるため、特徴的なロゴ入りバッグなど、必要な装備はすべて自前で購入しなければいけない。

慣れないながらもなんとか監督は1日目の仕事を終えるが、「9時間以上走り回って8,000円弱」という成果に「時給換算したら全然割が良くない」と漏らし、泊めてくれる友人の家へと向かう。



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「わかってるよ、でも稼いでいかなきゃいけないじゃん!」

監督を泊めてくれた友人・土くんは、コロナ感染を恐れ、家から一歩も出ないステイホーム生活を貫いていた。「まず、手を洗ってな」と、クギを刺すように監督へ告げる友人。それ以外は何も言わず、ステイホーム生活で上達した手料理をふるまい、よき話し相手として暖かく迎えるが、不安とストレスからか、会話の間もキツいタバコを何本も吸う。

「コロナの主な症状は肺炎だから、自分のような喫煙者はいちばん危ないはずだ」と土くん。それでもタバコがとまらない様子に「おいしいの?」と尋ねると、「おいしいとかじゃないんだ。やめられないんだよ」と苦笑いする。
わかる。喫煙者の筆者としては、痛いほどわかる。不安が大きいほど、息を吸うようにタバコを口にしてしまう。喫煙者にとって、やり場のない気持ちの第一候補はタバコになるのだ。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

ある日、仕事を終えた監督に、土くんがある動画を見せる。代表作『家族を想うとき』をはじめ、労働者問題や貧困問題にスポットを当て続けるアクティビストである映画監督、ケン・ローチ氏のスピーチ。ローチ氏は、「成長する企業の影には、切り詰められた労働者コストがある」と指摘し、安い賃金で貧困層から労働力を搾取する手段の増加によって、いっそう所得格差が広まるという趣旨の警告を発していた。

「言っちゃ悪いけどさ、ヤギちゃん(監督)ってその、完全に貧困層じゃないですか」と土くん。貧困層を搾取する労働システムに組み込まれることは根本の問題を広げてしまうのではないか、と指摘する。これに対し、ストロング缶を片手に泥酔した監督は「わかってる、わかってるよ。でも稼いでいかなきゃいけないじゃん!」と涙ながらに慟哭する。わかる。
構造の歯車になっていることもわかる。でも、生き抜かなければいけないのだ。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

コロナ禍で出会った、「捨てる神」と「拾う神」

「わかっているけれど、これをやるしか方法がない」と、ただただ自転車を漕ぎ続ける監督。慣れないながらも、徐々にUber Eatsによって入る注文の特徴をつかみはじめていく。「雨の日は注文が増えて稼げる」「タワーマンションの住人からの注文が多い」──。

タピオカドリンク1個のために何キロも走ったり、雷雨のなかを走ったり。全身びしょ濡れになり、呪詛の言葉を吐きかけるも、それを押しとどめて「雨の日に注文…… いいじゃないの!」と自分に言い聞かせるが、受取先のタワーマンションの住人は監督に「ありがとう」の言葉もなく、ドアから手だけを出して商品を無造作に受け取る。監督は思う。「人と人をつなげる仕事だと思っていたけど、全然そんなことないじゃん」。やっと給料を手にした監督は、人肌恋しさを埋めるようにタガを外す。

まずは誕生日の夜、人生初のデリバリーヘルスを呼ぶことに。小躍りしながらレンタルルームのなかでその時を待つ監督だが、本料金のほかに指名料と交通費がかかることを知らなかった。用意していた本料金をキャンセル料として支払った監督は、カーペンターズ「I Need To Be In Love」の保留音をBGMにバースデーケーキへ火を灯し、「このお金は嬢の方にきちんと届けてあげてください、お願いします」と、店に電話をかける。
キツい。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

その後もホテルへの宿泊などですっかり散財してしまった監督は、次の給料が入るまでの1週間、路上生活を余儀なくされることに。電話で心配する祖母に「稼いでいるから大丈夫」とウソをつき、ガード下で寝袋に入る監督。その目には涙があふれる。しかし、世の中は捨てる神だけではなかった。

路上生活の最中、監督は「自分は俳優」というひとりの男性と居合わせる。男性は「有名映画に出ても、端役の自分は出演料が5,000円だった」と笑いながら、「牛丼とカレーが無料でおかわり自由」という個室ビデオ店を監督に教え、「そのうち、ええことあるよ」と去っていく。その晩、監督はお腹いっぱいの食事にありつき、久々に笑顔で眠ることができたのだった。

その後も、配達員を気遣って差し入れをしてくれる飲食店の人々など、つらい状況のなかにも、気遣ってくれる温かな出会いを得ていく監督。「やはり、自分の仕事は人と人をつなげているんだ」と、目の前の現実に対して自分なりにやりがいを見つけ、挨拶を返さない配達先の住人にも、「ありがとうございました!」と、深々とお辞儀をしていくようになる。



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コロナの“焼け野原”を前に、監督は「ジョーカー」と化した

そんなある日のこと、監督は、配達の合間に立ち寄った公園で「生まれてからずっとこの地に住んでいる」という、ひとりの高齢女性と話をする。公園の木を指差し、「これは戦時中からずっと生えているの」と女性。同時に「あの頃は周りに何も無かったの。
焼け野原だったからね」と続ける。

1945年、この地は焼け野原だった。2020年のいまも、焼け野原じゃないか──。監督の胸中に、このコロナ禍の光景が目まぐるしく去来し、この映画最大の転換ポイントであるモノローグは、やがてうねりを持った叫びに変わり、少年のようなあどけなさの残っていた監督の表情は、「ジョーカー」を思わせる、鬼気迫った表情へと一変する。この巨大な怒りの向く先は、暴力なのか、自傷なのか、それとも──。

「翻弄されるな。まずは身近なシステムを掌握する」

監督は、その衝動を「自分の意思で設定した日常を、自分のルールで攻略していく道を選ぶ」という形に昇華させたのだ。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

監督は、3日間で70件の配達を達成するとUber Eatsから得られるという特別報酬を達成する目標を掲げ、渾身の力で自転車を漕いでいく。驚くことに、その報酬制度の名前は「クエスト」という。なんと皮肉に満ちた展開だろう。

白目をむき、舌を出し、叫び声をあげながら、何かに思いをぶつけるようにUber Eatsの自転車を漕ぎ進める監督。はたして「クエスト」は達成できるのか。
そして、その果てに見えた景色とは──。この続きは、ぜひスクリーンの前で確かめてほしい。

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

コロナ禍に「自分を保つ」ということ

閉塞感だらけのコロナ禍のなかで、文字通り泥臭く、泥臭く、でもとことん誠実にUber Eatsの自転車を漕ぎ続ける監督は、ひたすらに愛おしく、そしてたまらなくカッコいい。絶望にあふれるコロナ禍において、自分なりの「日常の開き方」に辿り着いた「クエスト」シーンは、同じく個人事業主である人はもちろん、不安ななかでも日常を一歩一歩進めるすべての人々の心を熱く動かすことだろう。

ひたすらに不甲斐ない政府、わかっていてもそこに乗っかるしかない格差社会、労働者のおかれた理不尽すぎる環境──。声を上げなければいけないのはその通りだ。同時に、私たちは理不尽と知りつつも、その状況のなかで社会生活を営まなければならない。生きていかなければいけない。元気でいなければいけない。いかに「自分を保ち続けるか」がカギになってくる。

この映画は、青柳監督というひとりの人間の目線を通じて、そのひとつの答えを示してくれる。「漕げや、稼げや、生き抜けや」──。映画に付されたキャッチコピーとともに、現代の“炭坑節”、「東京自転車節」が鳴り響く。どうしようもない現実のなかで、私たちの心に消えかかった「明日もがんばろう」という種火を、ふたたび大きくしてくれる。
(天谷窓大)

作品概要

『東京自転車節』
全国順次公開中

映画『東京自転車節』に見る、コロナ禍に“自分を保つ”生き方

出演:出演:青柳 拓、渡井秀彦、丹澤梅野、丹澤晴仁、高野悟志、加納 土、飯室和希、齊藤佑紀、林 幸穂、加藤健一郎、わん(犬)
撮影:青柳 拓、辻井 潔、大澤一生
編集:辻井 潔
音楽:秋山 周
構成・プロデューサー:大澤一生
製作:水口屋フィルム、ノンデライコ
配給:ノンデライコ

公式サイト:http://tokyo-jitensya-bushi.com/

配信情報

映画『東京自転車節』ネット上映会
放送日時:2021年9月3日(金)20:30開場 / 21:00開演
視聴URL:https://live.nicovideo.jp/watch/lv333204774
視聴券:1,500ニコニコポイント(税込1,500円)
視聴券購入:https://secure.live.nicovideo.jp/event/lv333204774


Writer

天谷窓大


ライター・構成作家。エンタメ媒体で芸能人インタビューを多数行うほか、音声配信アプリを主戦場にラジオ番組の企画構成を手掛ける。焼き芋アンバサダー・熱波師としての顔も。著書に「サラリーマンは早朝旅行をしよう!平日朝からとことん遊ぶ『エクストリーム出社』」(日本エクストリーム出社協会名義、SB新書)

関連サイト
@amayan
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