
※本文にはネタバレがあります
鈴木おさむが田中圭の中でうごめくエネルギーを見世物化
ゴッホの名画「星月夜」をモチーフにした『もしも命が描けたら』(作・演出:鈴木おさむ)は出演者がたった3人。それで東京芸術劇場の小劇場のほうでやると思い込んでしまい行ってみたら、大劇場(プレイハウス)のほうだった。田中圭、小島聖、黒羽麻璃央の実力と集客力を考えたら当然とはいえ、たった3人とはなかなか大変だろう。【関連レビュー】月9『ナイト・ドクター』レビュー掲載中<第1話〜最新話>
孤独に生きてきた星野月人(田中圭)がその孤独を埋めてくれた大事な人・月山星子(小島聖)を失う。それをきっかけに絵を描くことで対象物に命を与える特殊能力が芽生えた。その力を使って次々に失いかかった命を救ってきたある時、空川虹子(小島聖 / 二役)と出会う。

黒羽が演じる三日月は孤独な月人と幼い頃から対話してきた、もうひとりの月人みたいなものである。生々しい人間を田中と小島が演じて、黒羽だけ別次元のような人物を演じる。その対比が見事。ただそこにいるだけで、体温があって呼吸している人と、偶像的な存在とが明確に分かれて見える。黒羽は後半、肉体を持って人物・光 陽介を演じて、田中と小島と混ざるのだが、その聖俗の演じ分けが鮮やかだった。
タイトルにもあるように「命」がテーマなので、俳優の肉体から発せられる「命」の実感がとても重要になってくる。田中圭は「命」そのものである。1時間50分、途中に数回の暗転はあるものの、ほぼノンストップで舞台に出ずっぱりしゃべりっぱなし。
24時間生出演した「田中圭24時間テレビ」(18年)を経験済みとはいえ、1時間50分もの長時間、劇的な動き――たとえば激しいアクションや踊りなどを一切しないで保たせてしまうところに田中圭の底力がある。

田中は近年コメディで誇張した動きも見せるようになったとはいえ、元来、所作よりもナチュラルな“気持ち”で見せることに定評のある俳優であった。相手を見て感じて心を動かし続ける。別の言い方をすれば、相手の本質を投影してしまう、共演者にとってある意味手強い俳優である。ただし、相手役や現場の志が高ければ高いほどそれに応えていくことも可能な、言ってみれば無限性を持っている。
作・演出の鈴木おさむは田中圭とこれまでにも舞台やテレビドラマを何作も作ってきただけあって、田中の能力を見抜いているようだ。ありきたりの起承転結で何かを見せるのではない、田中圭の中でうごめくエネルギーを見世物化していると感じる。

『もしも命が描けたら』は現代版『ハムレット』
『芸人交換日記』(11年)、『僕だってヒーローになりたかった』(17年)に次いで、田中と鈴木の3本目の舞台作品『もしも命が描けたら』はファンタジーの味付けをした起承転結……最後のカタルシスを持ったわりとオーソドックスなストーリーながら、主人公が出ずっぱりで、インナーワールドを旅する、ある種の自分探しをしているようなその様を見つめる仕掛けになっている。わかりやすい例えを挙げると、現代版『ハムレット』のような感じなのである。「生きるべきか死ぬべきかそれが問題だ」の名セリフに代表されるように、最初から最後まで悩みっぱなしで、セリフ量も膨大なハムレットを演じることは俳優としては難易度が高く、名優の演じるものとされている。『もしも命が描けたら』は文学的なセリフを廃して日常の言葉でそういうものをやって飽きさせないという難易度が高いものに挑んだ意欲作である。

田中圭は様式的な仕草をしないで心情を見せていく。


鈴木が「ハルカ」という楽曲の原作小説を書いたことがきっかけでYOASOBIが作った芝居と同名のテーマソング「もしも命が描けたら」が印象的にかかり、月を模した舞台装置(秋山光洋)が場面、場面で美しい画を映し出していく。ゴッホの絵画をモチーフにしていてもゴッホ頼りではなく、現代アートの力で勝負しているところがいい。
また、朝ドラ『べっぴんさん』のタイトルバックのデザインなどを手掛ける清川あさみが舞台空間および宣伝のアートディレクションで参加と一流のクリエーターが集まって、美しいパッケージングになっている。
舞台は同じことを何回も繰り返すもの。そのため舞台俳優はどれだけ毎回完全燃焼するとはいえ、どこかで心身を休める場を作っているものなのだが、田中圭は毎公演、この新鮮なナチュラルさをキープできるだろうか。
(木俣冬)
公演情報
『もしも命が描けたら』
出演:田中圭 小島聖 黒羽麻璃央
作・演出:鈴木おさむ
アートディレクション:清川あさみ
テーマ曲:YOASOBI
<兵庫公演>
2021年9月3日(金)〜5日(日)兵庫県立芸術文化センター阪急中ホール
問い合わせ:芸術文化センターチケットオフィス(TEL. 0798-68-0255 / 10:00〜17:00 ※月曜休。祝日の場合は翌日)
<愛知公演>
2021年9月9日(金)〜12日(日)穂の国とよはし芸術劇場PLAT主ホール
問い合わせ:プラットチケットセンター(TEL. 0532-39-3090 / 10:00〜19:00 ※休館日を除く)、メ~テレ事業(TEL. 052-331-9966 / 10:00〜18:00 ※祝日を除く月〜金)
主催:トライストーン・エンタテイメント トライストーン・パブリッシング
公式サイト:https://tristone.co.jp/moshimoinochi/