
新ヒーロー誕生『シャン・チー/テン・リングスの伝説』
何はともあれ、本当に久しぶりに映画館で見られるマーベル・シネマティック・ユニバース(以下MCU)作品である『シャン・チー/テン・リングスの伝説』。しかし主人公シャン・チーの見た目は、目立った武器も持っていない、地味な感じのあんちゃんである。しかしまあ、これが予想に反してド派手な内容だった。【関連レビュー】ベショベショに泣いた!「アベンジャーズ/エンドゲーム」10年の月日を載せてアベンジャーズ最後の戦いへ
地味なあんちゃんは暗殺者! 父との因縁と、10個の腕輪に立ち向かえ!
コミックにシャン・チーが登場したのは1973年。ブルース・リーの『燃えよドラゴン』が公開され、世界中で大ヒットした年である。この大ヒットを受けてマーベル・コミックが生み出したのが、修行によって身につけたカンフーを使って戦うヒーロー、シャン・チーだった。今回の映画は、この異色のヒーローをMCUに取り込む第一歩ということになる。
映画は現代の千年以上前、古代中国から始まる。謎の力を秘めた10個の腕輪をはめた男、シュー・ウェンウーはその腕輪の力を使い、あらゆる敵をなぎ倒す圧倒的な戦闘能力と不死の肉体を手に入れた。その力でシューは全世界規模の犯罪組織テン・リングスを組織する。
1996年にその武力をもって龍の力を秘めた謎の村を手に入れようとしたシューは、逆に村に住む女性に恋をし、長男と長女2人の子供をもうけることに。ウェンウーは犯罪組織を引退したかに見えた。

そして現代。サンフランシスコに住む中国系の青年ショーンは、ホテルのバレーサービスとして平凡に暮らしていた。同じ中国系の友人であるケイティとも楽しくやっていたある日、ショーンは市街地を走るバスの中で謎の集団の襲撃を受ける。彼らの狙いはショーンがつけていたペンダント。
攻撃を受けたショーンは、平凡なホテルマンとは思えないような格闘術で敵と渡り合い、互角以上の勝負を見せる。辛くも敵から逃れたショーンとケイティ。だが、ショーンの持っていたペンダントは奪われてしまう。

ショーンはケイティにすぐマカオに飛び立ち、生き別れになっていた妹を助けなければならないと告げる。事情が飲み込めないケイティにショーンは、自分の本当の名前はショーンではなくシャン・チーであること、謎の敵を派遣してきたのは自分の父であり犯罪組織テン・リングスの首領であるシュー・ウェンウーであること、自分は父から様々な暗殺術や格闘術の手ほどきを受けたこと、そして父から逃れてサンフランシスコにたどり着いたことを告げる。
手がかりを求めてマカオに向かうシャン・チーに、ケイティは無理やり同行。かくして、父との戦いに決着をつけるべく、シャン・チーの旅が始まる。
なんせ、もともとのシャン・チーがカンフーとマーシャルアーツの達人という設定のため、格闘シーンのボリュームはMCU随一。サンフランシスコの市街地を走るバスの車内からマカオのビルの外壁など、「なにもそんなところで暴れなくても……」と言いたくなるような場所でガンガン殴り合い蹴り合う。

出てくる武器も縄ひょうや双鈎など、中国武術の定番装備がメイン。カンフー映画、それも一時期のツイ・ハークが撮っていたような、バキバキにハードな格闘をメインにした作品の匂いが濃厚に漂っている。
さらにそれに加わるのが、万能の力を持つ10個の腕輪。

映画が始まった時点では、この腕輪を装備しているのはシャン・チーの父であるシュー・ウェンウー。この腕輪を装着したウェンウーが遠い昔の戦で大軍に単身切り込み、バッタバッタと敵兵を叩き潰す様はほぼ実写『真・三國無双』。「トニー・レオンが三國無双みたいに戦う映像を、ディズニーが作って公開している」というのがまずとんでもない。すごい時代になったもんである。

「普通のあんちゃん」な、シム・リウがシャン・チーを演じる意味
『シャン・チー』のテーマは、端的に言うと「自己を解放せよ」である。恐るべき犯罪集団の首領であり自らも腕輪の力によって凄まじい戦闘能力を持つ父シューから逃れ、遠くサンフランシスコでひっそりと暮らしてきたシャン・チー。彼の仕事であるホテルのバレーサービスは同じ中国系の人々からしても「さすがにちょっとそれはどうなの……」と思われるような仕事らしく、一緒に働いているケイティは親から毎回小言を言われている。この「父の組織の追手から身を隠している男」として、シャン・チーを演じるシム・リウの見た目は100点満点である。最初にも書いたが、顔立ちも立ち居振る舞いもすごく地味。ホテルに車で乗り付けてキーを渡して、その後すぐにでも忘れてしまいそうな雰囲気なのだ。中国系の住民に混じって普通にサンフランシスコで暮らしていたら、誰にも強い印象を残さずに過ごせると思う。

そんなシャン・チーが敵の襲撃を受けて一瞬で豹変し、衆人環視の中で凄まじいアクションをキメる。
目立たないホテルのバレーサービスは仮の姿、真の姿は犯罪者集団のボスである父から殺人術を仕込まれた暗殺者……。こんなにコテコテかつ中学二年生の心が震える設定、ディズニー制作のアメコミ映画でやっていいんだろうかと心配になる。

『シャン・チー』の面白いところは、このコテコテ暗殺者設定が作品のメッセージとつながっていることだ。暗い過去を持つシャン・チーは、自らの父親と対峙して本当の姿を見つめることに抵抗がある。しかし、優しかった母親の教えと自らの覚悟でもって、恐るべき腕輪の力を持つ父に向かい合うのだ。

過去を乗り越え、自己を解放することは君にもできるはず。そんなメッセージを伝える上で、シャン・チーの姿がどこにでもいそうな目立たないあんちゃんであることは、それなりに意味があると思う。ものすごい美男美女がシャン・チーを演じたのでは、恐らくバレーサービスとして客から雑に扱われる姿にも、真の力を発揮して敵と渡り合う姿にも、これほどの説得力は生まれなかっただろう。


ここに書くまでもないかもしれないが、出演する役者の見た目も含めて映画は成立している。目立たない中国系の青年が自己を解放して抑圧的な父親と戦う姿は、それだけで強い意味を持っている。しかも戦いの前後を通して、シム・リウの佇まいは穏やかでなんとなく「普通」なのだ。
というわけで、久しぶりに映画館で見られるMCU作品としては上々の滑り出し。アクションもド派手だし、後半は「そんなことになるの!?」という展開も待っている。さらに動きを再開したMCUからは、11月5日公開の『エターナルズ』も控えている。こちらも楽しみにしつつ、まずは『シャン・チー』で新たなスーパーヒーローの誕生を目撃していただきたい。
(しげる)
作品情報
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』大ヒット公開中

監督:デスティン・ダニエル・クレットン(『ショート・ターム』『黒い司法 0%からの奇跡』他)
出演:シム・リウ、トニー・レオン、オークワフィナ、ミシェル・ヨー
公式サイト:https://marvel.disney.co.jp/movie/shang-chi.
(c)Marvel Studios 2021
最強ゆえに戦うことを禁じた、新ヒーロー誕生!
遂に、マーベル・スタジオの新時代が始まる!
アメリカ・サンフランシスコで平凡なホテルマンとして暮らすシャン・チー。彼には、かつて父が率いる犯罪組織で最強の武術を身に付け、組織の後継者になる運命から逃げ出した秘密の過去があった。
しかし、悪に染まった父が伝説の腕輪《テン・リングス》を操り世界を脅かす時、彼は宿命の敵となった父に立ち向かうことができるのか?
しげる
ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。
@gerusea