「1989年当時で3000万円。今でもわずか3億円の予算しかありません。BtoCのようにテレビコマーシャルなどを頻繁に打つのは不可能です」と、同社の広報部部長の大島幸男氏は言う。「ですから、BtoB企業の広報広告展開では、限られた予算の中でいかにインパクトのある効果的な広告を出せるかが課題となります。その為にまず弊社が行ったことは、企業広告の訴求要素を絞り込むことでした」
大島氏は、次の8つの訴求要素を項目別に絞り込んで検討し、明確にした。1「目的」、2「対象者」、3「地域」、4「媒体」、5「時期」、6「手法」、7「内容」、8「到達目標の設定」
まず、広告を出す「目的」。ムラタではこれを一貫して「優秀な人材確保のため」とした。今後の企業の発展のためには優秀な人材が必須。そのために、村田製作所を有名企業にするというわけだ。すると、「対象者」もおのずと就職時期の学生、そしてその家族へと絞られてくる。
「訴求地域」の絞り込みも重要だ。莫大な予算を必要とするテレビCMなどはとくに、宣伝をする必要のある地域を厳選する必要がある。
広告を出す「時期」は、12月~1月に絞り込んだ。この時期は、訴求対象者である就職時期の学生が企業を強く意識する時期。そして、その「手法」としては、テレビスポット中心に行い、新聞広告のイメージとも連動させ、イメージの統一を図った。「内容」も専門的なことは説明せず、村田製作所の存在と社名、ロゴマーク、業種、業態をはっきりとすることだけに努め、製品に対する深い理解までは求めない。また、対象者が学生であることから、具体的かつシンプルで、印象深く、好感が持てるメッセージとビジュアルであるように徹底した。
「訴求要素を絞り込んだら、次は広告展開を具体的に5つのステップに分けて段階的に実行していきました」と大島氏。
最初のステップは、「村田製作所」の知名度を浸透させることだった。
91年、「村田製作所は なにを セイサクしているんだろう ムラタセイサクショ」という広告を制作した。
また、会社訪問資料請求も、なんとそれまでの10倍にも急増したのだ。
次のステップは「認知度の形成」だ。
同社では「村田製作所は、中のことをやっています。」(93~94年)、「ナカハムラタデスカ?」(94~95年)、「そとはピーなかはムラタ。」(95~96年)といったキャッチコピーの奇抜な広告を次々と発表し、セット(機器)の中にあるムラタの存在と働きをイメージ付けることに成功した。
3つめのステップは「親しみ」の向上だ。携帯電話やパソコンの中から、それを使う女性を、あたかも中の部品が見つめているようなアングルの写真に「恋する部品製作所」というキャッチコピーの広告を発表した(98~99年)。そこにカタイ企業イメージは微塵も感じられず、ドラマティックな情景すら浮かび、親しみが湧いてくる。この広告で同社は一気に認知度と好感を得た。
4つめのステップは、認知度を高めた上で、技術志向の「企業姿勢・主張」を明確に訴え、就職意向につながる「一流評価」を得ることだ。
そして5つめのステップでは、企業哲学に基づく同社のCSR活動をアピールすることによる一流評価の向上を図る。
これら、8つの訴求項目の絞り込みと、5つのステップの段階的な広告広報戦略によって、村田製作所の知名度と認知度、そして企業イメージは格段に向上した。
2009年の日経イメージ調査では、1200社の調査対象中、「将来性」が30位、「研究開発」33位、「技術力」14位、「よい広告活動をしている」のイメージ評価も54位という抜群の評価を得るまでになっている。ちなみに「広告活動」の順位は、BtoC企業の大手、パナソニックと同順位。わずか3億円の広告予算で展開するBtoB企業としては驚異的な順位といえよう。