ここへ来て、コメの価格が再び上昇している。流通が始まった早場米の小売価格は、一部地域で5キロ当たり5000円を超えたという。
その背景には、コメの需給がタイトなことがある。政府が随意契約で備蓄米を放出したことで一時的に需給は緩んだものの、少し長い目で見ると、やはりコメの需要はそれなりに旺盛だ。それに対して、わが国の農業政策の影響もあり供給は伸び悩み傾向だ。
また、米の流通経路が複雑であることも、コメ問題を難しくしている。流通の経路が複雑だと、どうしても供給サイドが市場の状況に迅速に対応できない。精米設備の不足も、価格上昇の一因になっている。
■ふるさと納税で何とかしのぐ消費者
そうした事情は、消費者(需要者)も敏感に感じている。消費者の間で、「コメの価格は下落しづらい」との意識が定着し始めたようだ。ふるさと納税を利用して、コメの確保を急ぐ消費者も増えているという。それに伴い、一部の業者は早場米の収穫が始まる以前の段階から、2025年産の新米を確保しようと動いた。
政府は、備蓄米の放出期限を当初の期限だった8月から延長する。
■「小泉米」効果でいったんは下がったのに…
8月上旬、国内の米の小売価格に再上昇の気配が出始めた。それは、農林水産省の週次集計の全国平均(銘柄米とブレンド米合計)の小売価格の推移から確認できる。
5月12日~18日の週の価格は、5キロ当たり税込みで4285円だった。その後、小泉進次郎氏が農林水産大臣に就任し、随意契約による備蓄米放出を発表すると、価格は下落した。7月28日から8月3日の間、価格は3542円に下がった。
このタイミングで、国内のコメ流通市場に供給された備蓄米は全流通量の55%(銘柄米は45%)に達した。備蓄米の供給増加で価格は下落した。
ところが、8月4日以降、コメ小売り価格は反転した。備蓄米の価格は、前週の2999円から3190円に6.4%上昇、銘柄米の前週比上昇率(4202円から4239円へ0.9%)を上回った。
■コメ流通を滞らせる倉庫と物流の課題
コメ流通の目詰まり問題の原因の一つは、倉庫運営の課題がある。当該分野の事業者数は多いが、備蓄米の貯蔵庫は東日本に偏在している。そのため、全国に迅速に備蓄米を供給するのに手間も時間もかかる。
倉庫内のコメ保管方法も、迅速な供給を前提としていないようだ。備蓄米の保管は、生産年の古いコメを出口の近くに置くことが多い、そのため供給対象である2023年産のコメを倉庫から出すには、貯蔵在庫の入替えが必要になることもあるという。その分、時間はかかる。
また、2024年問題に端を発するトラック運転手不足(人手不足)により、物流能力もひっ迫した。精米所の処理能力も迅速な備蓄米供給に対応できなかった。契約数量28万トン程度のうち10万トンは小売などの店舗に届いていない。
コメの最終需要者である消費者も、「価格は簡単に下がらないだろう」と意識し始めたようだ。それは、2025年産の新米の価格動向と、消費者の行動から確認できる。
■各地のJAの「前払い金」が過去最高額
新米の価格は想定を上回った。備蓄米放出が始まった時点で、政府内部やコメ流通関連分野では、2025年産新米価格は5キロ当たり3500円程度との予想が多かったようだ。しかし、早場米価格は想定を上回った。
その要因の一つとして、コメの“概算金”上昇の影響は大きい。現在のシステムでは、JA全農は、生産者に概算金と呼ばれる前払い金を支払い、生産者の収入安定を図ってきた。集荷業者は概算金を指標にして、卸売業者と取引価格を決める。
地域ごとに差はあるが、本年の概算金は前年から8割近く上昇した。栃木や島根、大分などのJAが過去最高額に引き上げたとも報道されている。今夏の気温上昇による、稲の生育への影響などがあったようだ。
一部では、4月や5月の段階から生産者にコメの買い取り価格を提示し、新米をかき集めようとする集荷業者もいたようだ。わが国のコメの卸内市場の構造は、5次にわたる業者が連なり効率的とは言えない。卸売から小売業者に至るまでの間、コメの価格はまだ上がると考え、在庫を出し惜しみする業者がいるかもしれない。
■予約が殺到した「米どころ」の決断
8月上旬、東京都内では新米の価格が5500円、去年の1.6倍ほどに値上がりした。他の地域でも早場米の価格は高い。新米の売れ行きはそれなりに好調だという。それだけ、消費者のコメに対する需要が堅調だということだ。
供給サイドも需要サイドも、「コメの価格はそう簡単に下がらない」と意識が定着している。3月、米どころの新潟県南魚沼市では昨年収穫したコメの予約が殺到し、ふるさと納税の受け付けを停止した。
その後も同様のケースは相次いだ。小泉農相が就任した5月中旬の時点で、北海道士別市のふるさと納税で、今秋の新米の7割程度が売約済みになったと報じられた。
■備蓄米の販売延長、効果は出るか
総務省が発表した7月の消費者物価指数を見ると、うるち米の価格は前年同月比で89.9%上昇した。上昇率はやや低下したが、ここへ来て高止まりしている。
8月20日、小泉農相は、8月末を期限としていた備蓄米の販売期限延長を表明した。小売業者が契約した分は、9月以降も販売可能になる見通しだ。また、政府は新たな販売期限は設けないが、供給した備蓄米を1カ月以内に売り切るよう求める方針だ。備蓄米の流通促進に、政府が精米や物流の体制を拡充する可能性もありそうだ。
政府は、JA全農に対して新米の概算金制度を改め、買い取り方式に切り替えるよう要請した。それは、生産者の収入安定につながり、コメの供給価格の上昇圧力の緩和につながる可能性がある。政府は、これまでの減反政策による価格維持重視のコメ政策を改め、増産に舵を切る方針も示した。
■コメ価格の本格的な下落は期待できない
ただ、世界の気候変動問題は深刻だ。今後も、異常気象がコメの生育を阻害する恐れは残る。
政治的な影響もあり、コメの輸入枠を急拡大することは難しいだろう。備蓄米の貯蔵施設を全国に分散し、卸売りの階層を削減するには時間もコストもかかる。物流業界での人手不足の深刻化も、コメの価格押し上げ要因になるだろう。
コメ流通市場の効率化は、一朝一夕に進まないだろう。先高観の上昇につながる要因は多い。短期間でその状況を抜本的に変えることは難しいだろう。当面、わが国のコメの小売価格が本格的に下落することは予想しづらい。物価の上昇にも、そう簡単に歯止めがかかりそうもない。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)