AI利用が普通になりつつある世界の大学

大学のキャンパスでは、学習風景が劇的に変化している。課題でつまずいた時、まず相談する相手は友人でも教授でもない。画面の向こうのAIだ。


教育サービス大手Cheggが2025年1月に発表した世界規模の調査により、この現実が浮き彫りとなった。15カ国1万1,706人の大学生を対象にした同調査によると、学習支援に生成AIを活用した経験があるとの回答が実に80%に上った。わずか2年前には想像もできなかった光景が、今や世界中の大学で当たり前になりつつある。

特に注目すべきは、学生たちの「頼る順番」の変化だ。学習で行き詰まった際、29%の学生が真っ先に生成AIツールに助けを求めるという。これは無料のオンライン資料(24%)や友人・同級生(15%)、さらには授業で配布される教材(14%)を上回る数字だ。従来の学習支援の序列が、根底から覆されている。

AIを活用する理由も明確だ。利用経験のある学生の56%が「概念や科目の理解」を主目的に活用、またその動機として「より速い学習」(55%)や「個別最適化された学習体験」(35%)を挙げている。実際の効果も着実に表れている。複雑な概念の理解が向上したと答えた学生は50%に達し、2023年の44%から着実な伸びを見せた。

しかし、この急速な普及の裏で、新たな課題も浮上している。
AI利用経験者の53%が「誤った情報や不正確な情報を受け取ること」を最大の懸念事項として指摘。2023年の47%からさらに上昇した格好となる。精度への不安は、まだAIを学習に活用していない学生にとっても大きな障壁となっており、38%が同様の理由で利用を躊躇している状況だ。

こうした状況を受け、学生たちからは明確な要望が上がり始めている。全体の50%が「教育目的に特化して設計された生成AIツール」の必要性を訴え、49%が「回答生成における人間の専門知識の関与」を、38%が「データプライバシーの保護」を求めていることが判明した。

大学側への期待も大きい。調査では69%の学生が「大学が学習支援のための生成AIツールを提供すべき」と回答。もはやAIは個人の選択ではなく、教育インフラの一部として認識され始めている現状となっている。

生成AIの衝撃波、EdTech大手Cheggが直面する存亡の危機

学生たちのAIシフトは、従来の教育サービス企業に破壊的な影響をもたらしている。その象徴的な例が、米国のEdTech(教育テクノロジー)大手であるCheggの急激な業績悪化だ。

2025年5月、同社は全従業員の22%にあたる248人の人員削減を発表。さらに年内に米国とカナダのオフィスを閉鎖し、マーケティングや製品開発、管理部門の経費を大幅に削減する方針を明らかにした。この大規模リストラで3,400万~3,800万ドルの特別損失を計上する一方、2025年に4,500万~5,500万ドル、2026年には1億~1億1,000万ドルのコスト削減を見込む。


業績悪化の深刻さは数字が物語る。2025年第1四半期の収益は前年同期比30%減の1億2,100万ドルまで落ち込み、中核事業のサブスクリプション収入は約3分の1減少して1億800万ドルにとどまった。有料会員数も320万人と前年同期から31%減を記録している。

この急落の最大要因は、グーグルのAI戦略にあると見られている。グーグルが検索結果に自社のAI生成コンテンツを優先表示する「AIオーバービュー」機能を導入した結果、Cheggへの非会員トラフィックは2025年1月時点で49%も減少したのだ。このトラフィックは無料ユーザーを有料会員に転換する重要な導線だった。

さらにOpenAIやAnthropicといったAI企業が、学術関係者に無料でサブスクリプションを提供し始めたことも追い打ちをかけた。ChatGPTのような無料AIツールと、Cheggのような有料サービスを天秤にかければ、学生らがどちらを選択するのかは明白だろう。

窮地に立たされたCheggは、2025年2月にグーグルを連邦裁判所に提訴。検索エンジンが反競争的な行為でオリジナルコンテンツの需要を損ない、競争力を不当に奪っていると主張している。訴訟の行方次第では、トラフィックと収益の回復につながる可能性もあるが、長期戦は避けられない。

一方で同社は、AI統合による反撃も試みている。
AIを活用してコンテンツ制作コストを70%以上削減し、「Solution Scout」という新機能では、GPTやLlamaなどのAIの回答とCheggの検証済みの解答を比較できるようにした。学生の信頼性への懸念に応える狙いだが、無料AIツールとの差別化には至っていない。

かつて教育テクノロジーの旗手として君臨したCheggの凋落は、生成AIがもたらす産業構造の激変を如実に示す。教育のAI化という大きな潮流の中で、既存プレーヤーは、生き残りのための戦略刷新が急務となっている。

明暗分かれるEdTech業界、DuolingoのAI活用戦略が示す活路

一方、生成AIへの対応次第で、危機を機会に変えることも可能だ。語学学習アプリ大手のDuolingoが、Cheggとは対照的な成長軌道を描く。

2025年5月の決算発表で、同社は第2四半期の売上高予想を2億3,850万~2億4,150万ドルと、アナリスト予想の2億3,380万ドルを大きく上回る数字を提示。通期売上高見通しも9億8,700万~9億9,600万ドルに上方修正し、市場予想の9億7,720万ドルを超えた。

成長の原動力は、AI機能を搭載した有料プラン「Max」の好調だ。このプランでは、チャットボットとのビデオ通話で会話練習ができるほか、エラー分析やフィードバック機能も利用できる。段階的な展開を経て、現在では大多数のユーザーがAI機能にアクセスできるようになり、収益成長を牽引している。

同社マット・スカルッパCFOによると、第1四半期はMaxプランとファミリープランの好調に加え、同社マスコットを使ったソーシャルメディアキャンペーンや年末年始のプロモーションが奏功し、ユーザー数が大幅に増加したという。


ルイス・フォン・アーンCEOは、AIがもたらす変革について「我々にとって極めて大きな転換点」と表現する。かつて5年前に断念した「DuoRadio」という漫画を使った学習機能の開発は、当時なら数年かかると見積もられていたが、AIを活用することでわずか2カ月で実現した。

さらに重要なのは、AI活用による効率化だ。以前は人間のクリエイターが作成していたレッスン内の例文コンテンツなどが、今ではAIによって生成されている。同社は生成AIを活用して、わずか1年足らずで148の新しい言語コースを開発。これは、最初の100コース作成に12年を要したことと比較すると、驚異的なスピードアップだ。「AIファースト」戦略を掲げる同社は、多くの契約労働者をAIに置き換えることで業務効率化を推進している。

フォン・アーンCEOは教育分野でのAIの可能性について、「誰もが個別指導教師を持てるようになる」と語る。同社は言語学習だけでなく、数学や音楽、さらにはチェスへの展開も計画中だという。特に注目されるのが、AIとの会話練習機能への反応だ。「ほとんどの人は自分が苦手な言語で他人と話したがらない。しかしAIツールなら、評価されていないと感じるため、積極的に練習する」という。


Cheggが既存モデルの延命に苦心する一方、DuolingoはAIを中核に据えた変革で飛躍的な成長を遂げている。両社の対照的な軌跡は、生成AI時代における企業戦略の重要性を物語っている。単にAIを既存サービスに付加するのではなく、AIを前提とした新たな価値創造こそが、EdTech企業の生き残りの鍵となりそうだ。

文:細谷元(Livit
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