【写真】“宇宙一カワイイアイドルレスラー”中野たむ、“元バイトAKB”上谷沙弥
3月3日に女子プロレス団体・スターダムが日本武道館大会を開催するときに注目選手のインタビューを基にした記事を書かせていただいた。そのときに今回の主役である中野たむと上谷沙弥の2人人もピックアップしているのだが、別々の試合に参加するため、2人の関係性については触れずにいた。
中野たむは「元・地下アイドル」である。そして上谷沙弥は「元・バイトAKB」という経歴を持つ。かつて中野たむがプロレスとアイドルを融合させたプロジェクトを立ち上げた際、上谷は「どうしてもアイドル活動を続けたくて」参加した。当時の上谷にとって、アイドル・中野たむは「雲の上の存在」だった、という。
「もうすべてにおいて圧倒的でした。
筆者はアイドルの取材を長く続けてきたので上谷の一言には重みしか感じない。物販での行列の長さは人気度をダイレクトに表すバロメーター。本人だけでなく、観客にまでリアルな人気がひと目でわかってしまうある種、残酷なシステムだ。
そんな「雲の上の存在」だったアイドル時代の「恩師」と、いま、プロレスのリング上で対等な立場で上谷沙弥は闘っている。
そもそもアイドル活動だけをやるつもりでいた上谷だったが、その体躯と運動能力は誰がどう見てもプロレス向き。それまでまったくプロレスに興味がなかった、という上谷だが、いつしかリングで頭角を現し、日本武道館では「ビッグダディの娘」林下詩美が所持する団体最高峰のベルト、ワールド・オブ・スターダム選手権にチャレンジするまでになった。そんな彼女の姿を中野たむは複雑な心境で眺めていた。
「すごく特別な存在なんですよ、上谷は。プロレスの世界に引き入れてしまった責任というものも私は感じているし、プロレスラーとしてスターになってほしい、とも心から思っています。ただ、私の目からはまだ『本当のプロレスラー』になれていないんじゃないか、と映る部分があるんですよね。たとえば日本武道館での試合。
上谷は金メダル級の飛び技「フェニックス・スプラッシュ」を武器にトップ戦線に食いこみ、春の女王決定戦「シンデレラトーナメント」で見事、初優勝(ご褒美として華麗なドレスを着て、リング上で披露できるというのも女子プロレスならでは、だ)。その実績を引っ提げて、アイドル時代の恩師である中野たむへの挑戦をぶち上げた。
日本武道館での髪切りマッチに勝利して手に入れた白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム選手権)はいまだ中野たむの腰に巻かれている。その王座を奪取することでアイドル時代には「雲の上の存在」だった恩師を超えてみせる、と上谷は誓ったのだ。
「プロレスラーになっても、たむさんは私にとって『超人』でした。実力、キャリア、経験値……どれをとっても敵わない。場数が違いすぎました。でも、2年弱ですけど、私もキャリアを重ねてきたし、トーナメントに優勝したりして経験値も積んできた。
そう上谷は語るが、かつての恩師の目は厳しかった。
「たしかに上谷の動きや飛び技はすごいですよ。でも、試合中に技を綺麗に決めようという部分に気持ちが向きすぎちゃっているんじゃないかな? 技の綺麗さ、正確さを競うんだったら、別にプロレスじゃなくてもいいじゃんって私は思うんですよ。別に上谷のような動きや飛び技をできないから僻んでいるわけじゃないですよ(笑)。動きの美しさを見たかったらシルク・ド・ソレイユとかに行けばいい。プロレスはなにが違うかって『感情』ですよ。人と人の心の葛藤、人と人とが魂を、そして命を燃やして闘うところ。それが私の考えるプロレスの魅力。それが技に乗っかることで見え方は全然、違ってくる。
私は正直、強くないですよ。それでも武道館でジュリアとの髪切りマッチで勝てたのは、もう情念だけです! 以前から私は『赤いベルトは技術のベルト、白いベルトは感情のベルト』だと思ってきたんですけど、私が白いベルトを巻いたことでいろんな選手の感情と共鳴しはじめましたよね。おかげで回数は少ないんですけど、結構、ハードな防衛戦が続いています(苦笑)。
上谷が技を綺麗に決めることに神経を使っていることは筆者も感じていた。たしかに観客の目を惹きつけることはできるが、なかなか感情移入がしにくいタイプのレスラーかもしれない、と。きっと、それは言葉では本人に伝えることが難しい。だから中野たむはプロレスに引き入れた責任として、試合を通じて伝えることを選んだ。
(後編へ続く)
【後編はこちら】スターダム・上谷沙弥が“恩師”中野たむの顔面をビンタ「私たちの『執念のドラマ』は終わらない」