『オードリーのオールナイトニッポン』『星野源のオールナイトニッポン』など、数々の伝説のラジオ番組のディレクターとして携わってきた、石井玄。深夜ラジオファンなら「石井ちゃん」「ひかるちゃん」などの愛称でおなじみだ。
そんなニッポン放送のラジオマン、石井玄が9月15日に初のエッセイ『アフタートーク』(KADOKAWA)を上梓した。ラジオに救われた若き苦悩時代や、番組が最終回を迎える葛藤など、激動の “ラジオ人生”について話を聞いた(前後編の前編)。

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――『アフタートーク』を読んで、(リスナーとして)ラジオに「救われた」経験が石井さんの仕事につながっていることがわかりました。

石井 大学時代、何も目的がないから授業が楽しくないし、いわゆるキャンパスライフにも溶けこめなくて。「このまま漠然と生きていいのだろうか」と悩むようになっていたんです。そんな時、高校時代に好きだった深夜ラジオをまた聴くようになって、特にJUNK(TBSラジオ)で伊集院光さんや爆笑問題太田光さんが話すエピソードに救われました。

伊集院さんは「昔から小さいことで悩んでいるし、今も悩んでる」といったトーンで話しつつもそれを笑いに変えていたし、太田さんでいえば、高校3年間、ひと言も言葉を発しないのに皆勤賞だった、と。そんな人たちがラジオのパーソナリティをしていることが救いになったというか…。「自分だけじゃないんだ!」と思えて、勝手に「生きていていいよ」というメッセージに捉えたんです。ラジオを聴いていれば余計なことを考えなくて済むし、来週も聴くために生きよう、というサイクルが生まれました。

――日本全国でラジオを聞いているリスナーたちにも「救われた」感覚があることは、ラジオ業界に入る前に気づいていましたか?

石井 大学生の時は気づいてなかったし、ラジオ業界を目指して入った専門学校でラジオが好きなヤツらと会うんですけど、そこでも「この番組が好き」みたいな話で止まっていたんです。ラジオ業界で働きはじめても、そういう話にはならなくて。


明確に「救われている人がたくさんいるんだ」と思えたのは、2017年に星野源さんが『星野源のオールナイトニッポン』でギャラクシー賞のDJパーソナリティ賞を獲って、そのスピーチで「ラジオは命を救うメディア」という言葉を聞いた時でした。星野さんも番組構成作家の寺坂直毅さんも「ラジオに救われた」経験があって、そんな3人で『星野源のオールナイトニッポン』を作っていたんです。

――ラジオ制作会社に入社後、ADを経て、石井さんが最初にオールナイトニッポンのディレクターとして関わった『アルコ&ピースのオールナイトニッポン0(ZERO)』は、ドラマチックな展開が魅力でした。

石井 『アルコ&ピースANN』は、スタッフが作りこんだ台本をベースにしてパーソナリティが表現するという、後にも先にもないような形の番組でした。ここでディレクターとしてやるべきことのすべてを学んだ気がします。番組構成作家の福田卓也さんはリスナーとの共犯関係を築くことを目指していたんです。

テレビドラマは一方通行になるけど、アルピーのANNではメールを送ったリスナーと一緒に作っている感覚を演出して、メールを送っていないリスナーには「私も参加できるかもしれない」と思わせました。ANNでは昔からある手法なんですけど、それに特化させたことで、熱狂的なファンが生まれたんです。と、今なら分析できるんですけど、当時はただガムシャラでした。

――『アフタートーク』では福田さんとのやりとりを中心に書かれていましたが、アルコ&ピースさんのすごさを教えてください。

石井 まず年下のスタッフの指示や台本を全部受け入れてくれる芸人さんがあまりいなかったので、僕らを信頼してくれたことがすごいなと。しかも、その台本を演じ切れる表現力があって、リスナーからのメールに対する反射神経もすごい。
僕らが決めた方向性から外れずに面白くできたのはアルピーさんだからできたことだと思います。そもそも、『有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(FM-FUJI)に平子さんがアシスタントで出た時、福田さんが「自分の世界観に近い平子さんとなら面白いことができるはず」と感じて特番をやった経緯があるんです。

――『アルコ&ピースのANN』が終わってしまったことに後悔があるそうですが。

石井 一生懸命やった結果、「面白い」と言われるようになって、1部に上がったり2部に戻ったりの紆余曲折を経たけど、結局終わってしまった。終わったことを一瞬「仕方ない」と思ったけど、最終回にたくさんのリスナーが出待ちしている姿を見て、「こんなに支持されているんだから、続けたほうがよかったんじゃないか」と後悔したんです。

なぜ終わってしまったのか考えた時に、編成権があるニッポン放送の社員に番組の魅力を伝えきれていなかった僕の責任だと感じました。だって、小説(佐藤多佳子『明るい夜に出かけて』)になるラジオ番組なんてないじゃないですか。

――TBSラジオで始まった『アルコ&ピース D.C.GARAGE』にANNのスタッフが参画したのは当時驚きました。

石井 それも『アルコ&ピースのANN』が面白かった証明になっていますよね。TBSラジオの宮嵜さん(プロデューサー)がアルピーさんはもちろん、スタッフによる作り込みも評価してくれたんです。

――「ANNよりJUNKのほうが面白い」という認識が共有されていた時期もありましたが、この2、3年は「『オールナイトニッポン』って攻めてるな」という印象が強くなりました。

石井 当時は、ニッポン放送の局内にも「JUNKには勝つことはできない」という空気があったんです。
僕がTBSラジオで仕事をするようになって、JUNKを担当している同世代のディレクターたちがめちゃくちゃ優秀だとわかって「このままじゃマズい」と思い始めて。それからニッポン放送は何を変えたらいいんだろうと考えるようになって、2年後にチーフディレクターになった時に実践したんです。JUNKは芸人の枠だけど、ANNは誰がしゃべったっていい。そこが勝てる要素のひとつじゃないかと。その時に始まったのが佐久間(宣行/元テレビ東京プロデューサー)さんのANN0だったんです。

――佐久間さんの丁寧に振って、キレイに落とすトークは、石井さんたちが助言したんですか?

石井 いや、始めからできてました。最初の特番で、佐久間さんが自分で考えて勝手にしゃべり出して、オチもしっかりあったので、「なんて面白い話をするおじさんなんだ」と思ったんです。普段テレビで、芸人さんのトークを自分で編集しているので、どう構成すれば面白くなるかわかってる。佐久間さんは、ひとつのトークをパッケージで話せる編集力の高さがあるんです。あとは、番組でもよく言ってるように、会議でトークを試してスタッフの反応を見ている(笑)。(後編へつづく)

【後半はこちら】オールナイトニッポン元チーフディレクター・石井玄が語る仕事論「今後は“外側”からラジオを盛り上げたい」
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