【写真】最新作は奇想天外のエンタメ作品、上田慎一郎監督
――『ポプラン』は10年間温め続けてきた企画だそうですが、当初から今の内容に近いものだったのでしょうか?
上田 当時20代後半でフリーターだったんですけど、「ある朝突然、男性の“アレ”(ポプラン)がなくなってしまったら」という奇抜なアイデアを思いついたんです。すぐに脚本化したんですが、ポプラン探しが自分探しの旅になるというような、今の原型に近いものを書いていました。何度か映画化したいと思うこともあったんですが、なかなか実現には至らず、ようやく今回実現することができました。
――どうして実現まで時間がかかったんですか?
上田 お金もなかったですし、作る環境もなかったんです。一度、映画化のチャンスもあったんですが、そのときはコンペで落選してしまいました。『カメ止め(カメラを止めるな!)』(2017年)以降、ありがたいことに「オリジナルを一緒にやりましょう」と声をかけていただける機会も多いんですけど、『ポプラン』は落選ばかりでした(笑)。
――確かにプロットを聞いた限りでは、かなり際どい内容になりそうだなと危惧しますよね(笑)。
上田 そうなんですよ。メジャーではなかなかできない。だけど今回、「Cinema Lab(シネマラボ)」(※「自由に映画を創る」というスローガンのもと、本広克行、押井守、小中和哉、上田慎一郎と4名の映画監督が設立)という映画実験レーベルを立ち上げるということで、「好きなことをやっていいよ」と言われたので、この企画を出したらスムーズにOKが出ました。
――完成した作品を見させていただきましたが、コメディー要素もありつつ、胸を打つ内容でした。
上田 最初にあらすじだけ聞くと、カルト映画やB級映画を想像するかもしれないんですけど、そういう映画じゃないんですと。一見キワモノに見える題材を、それとは相反する上質な手つきで仕上げた、今までにない映画を作りたいですと、スタッフだけではなく、キャストのオファーをするときにも伝えました。大抵の反応は「上品なイチモツの映画ですよ」「はあ……」みたいな感じでしたけど(笑)。
ある程度は、その時点で伝わったと思うんですが、みなさん完成した作品を見て、「こうなるんだ」と改めてビックリしていました。
――ポプランを失う主人公・田上晃を演じた皆川暢二さんには、どういう風にオファーをしたのでしょうか?
上田 誤解されるのが嫌だったので、事前に資料をお渡しするのではなく、会ってしゃべった方がいいと思ったんですが、時節柄ZOOMでお話させていただいたら、快諾していただきました。これまで僕の映画は、主役はいますけど、群像劇のようなチーム的な側面が大きかったんです。でも今回は主人公が出ずっぱりで、皆川さんは気合いを入れてやってくれました。
――田上は漫画配信で成功を収めた経営者ですが、アベラヒデノブさんが演じる元同僚は今も若い頃と変わらない情熱を燃やしながらマンガを作り続けていて、非常に対照的なキャラクターでした。
上田 ビジネスとして漫画を成功させていくぞという田上がいて、本当に作りたいものを好きな仲間と作っていくカルチャー好きの元同僚がいる。そういうキャラクターにアベラさんがハマりそうだなと感じてオファーしました。
――田上の両親を演じた原日出子さんと渡辺裕之さんもハマり役でした。
上田 原さんと渡辺さんは実際に夫婦なので、その距離感を活かして撮りました。
――田上というキャラクターに、上田監督自身を重ね合わせている部分はありますか?
上田 かなりありますね。そもそも田上というキャラクターは他の作品にも出てきますが、僕の名前を逆にしたものですからね。最初の脚本で田上は小さなバーの店長という設定だったので、当時フリーターだった自分に近いキャラだったんです。それから10年経って、僕もいろんな成功や失敗を経験して、結婚もして子供もできて、自分は誰なのか、自分はどういうものを作りたいのか分からなくなった時期もあったんです。そういった自分の経験が重なっていると思います。
――上田監督自身も漫画好きなんですよね。
上田 今までは映画を題材にすることが多かったので、今回はもう一つ自分が好きなものである漫画を題材にしたいというのがテーマとしてありました。田上の実家の部屋に並んでいる漫画は、ほぼ僕の実家の本棚を再現しているんです。あと田上が学生時代に描いていたマンガノートも、僕が中高生ぐらいのときに実際に描いていたノートなんです。それぐらい昔から漫画が好きだったんですよね。(後編へつづく)
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