だが、そもそもインドでは、ヒンディー語の映画は「ボリウッド」、タミル語映画は「コリウッド」、テルグ語映画は「トリウッド」、マラヤーラム語映画は「モリウッド」とも呼ばれ、映画のテイストもジャンルも、宗教性も違った様々な作品が混在していて、実は「インド映画」と一括りにできるようなものではない。
世界に目を向けると、様々なジャンルのインド映画が供給されている。アメリカのDisney+Hotstarでは、『Bhoot Police』(2021)や『Sadak2』(2020)といった、オリジナルのインド映画が世界に向けて配信されており(日本は配信されていない)、6月から日本でも配信されているマーベルの新作ドラマ『ミズ・マーベル』ではポリウッド俳優を積極的に起用し、いたるところにインド映画ネタが散りばめられている。Amazonプライムビデオでも多くのインド映画やドラマが配信され、人気を博している。
近年では、ハリウッドの方もインドに近づいていっている。その背景には中国離れがある。ハリウッド映画は大きな収益を上げる中国市場を視野に入れて作られてきた。だが、『プーと大人になった僕』(2018)で習近平の体系にプーさんが似ていて公開中止になったというのは、ネタのような本当の話で、何が基準で検閲に引っ掛かるかわからない。マーベルの『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)、『エターナルズ』(2021)、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)が続々と公開中止となった。中国市場をあてにしたビジネスには多大なリスクが付きまとうのが現状で、Netflixはすでに中国に見切りをつけて、撤退している。
チャイナマネーを失ったハリウッドにとって、次なるパートナーを探すとなると、自然な流れとしてインドに行き着く。
2016年にはNetflixがインドに進出した。当初インドでは、自国の映画が好まれるため、普及は難しいとも言われていたが、それは経済学者たちの勝手な思い込みであったようで、映画自体が好きなインド国民は海外の作品も受け入れた。Netflixは近年、加入者が伸び悩んでいるが、これはDisney+HotstarとAmazonプライムビデオといった、他の動画配信サービスも進出したことによるもの。インドは配信戦国時代に突入しており、Netflixも加入者数を増やすために2021年12月に月額利用料を149ルピー(約220円前後)まで値下げしている。
動画配信の普及を受けて、インドではある意識も芽生えはじめた。それはインドの映画を他国に配信しても恥ずかしくないものにしたくないという意識だ。この意識改革は、自国のためだけに作っていた、お祭り的なものという映画に対しての考え方そのものが覆されたと言っても過言ではない。
さらに2025年までに極端に田舎の方にまで光ファイバーが行きわたるとされ、本格的なデジタル化を目前としている。実際に『グレート・インディアン・キッチン』(2021)や『ジャッリカットゥ 牛の怒り』(2019)の舞台となっている南インドのケーララ州という極端な田舎であっても、スマホを使って動画を観たり調べものをするシーンがあるほど、ネット社会になりつつある。
また、インドの音楽レーベル兼映画製作会社である「T-Series」は、配信作品の製作を本格的化させることを発表しており、それに続くように他の製作会社も積極的な姿勢をみせている。年間に1900本以上の映画が制作されているといわれているインド。この流れを受けて、2~3年のうちにインド発信のコンテンツが大量に世界に出回ることになるだろう。
今回、インド映画と言えば歌って踊るという日本のステレオタイプを打ち破るオススメの4作品をご紹介しよう。いずれも日本でもパッケージ化されている作品のため、興味を持った人にはぜひご覧になっていただきたい。
■1『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』(2019)
2021年に日本でも公開された本作は、世界から遅れをとっていた宇宙事業に対して、後を追うという姿勢から、追い越してしまおうという姿勢への変化を描いたものであった。宇宙事業に限らず、インドの向上心は物凄いものがある。
宇宙を夢見て就職したが、日々の業務に追われたり、生活に手いっぱいだったりで、自分がどうしてこの職業についたのかが、わからなくなってしまった。そんな人々が立ち上がる王道のサクセスストーリーとして構成されている。
海外市場を意識していることがわかるほど、マサラ映画的な詰め込みはなく、かなりスマートな内容であることから、これを入口としてインド映画を楽しむのには良い作品だ。(ちなみに「マサラ映画」というのは、ダンス、アクション、コメディ、サスペンスなど様々なジャンルを詰め合わせたジャンルだ。今も作り続けられているジャンルのひとつ)
すっかりお母さんのイメージが定着したヒディヤ・バランに加え、タープスィー・パンヌーやキールティ・クルハーリーといった、若い世代の演技派俳優が揃っているのも見どころのひとつ。
■2『SOORYAVANSHI/スーリヤヴァンシー』(2021)
インドでオープニング成績・77億ルピーを稼ぎ出した、警察とテロリストの対決を描いた大ヒットアクション大作。残念ながら日本では劇場公開されなかった。
ステレオタイプからの脱却に挑戦し続けている監督のひとり、ローヒト・シェッティの最新作。『チェンナイ・エクスプレス~愛と勇気のヒーロー参上~』(2013)は、アメリカ市場を視野に入れて作られた作品であったが、あえてアメリカ映画の『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』(2012)のパロディシーンを入れるなど、模索していた感がある。
近年は、ハリウッド作品のオマージュを多く取り入れた作品を制作しており、『勇者は再び巡り会う』(2015)では、『ワイルド・スピード」シリーズやマイケル・マンの『ヒート』(1995)などのオマージュを行っている。
海外のトレンドに敏感であり、その中でスタートした「コップ・ユニバース」もハリウッド映画への愛が溢れているし、ツッコミ所満載というのも、ハリウッドへの愛にも感じられる。今までのシリーズに登場したキャラクターが集結していく様子も、アメコミ映画を意識したものだ。
海外の要素を取り入れ、独自のものに変換していくのは、世界中で行っていることであり、パクりではない。もちろん日本も行ってきている。インドのアクション映画界は、まさに過渡期といえるだけに、どんな発展を遂げるのかを見届けるのが楽しみでならない。

『SOORYAVANSHI/スーリヤヴァンシー』(2021)
DVD 2022年9月2日発売(発売元/販売元:ツイン)
■3『マイネーム・イズ・ハーン』(2010)
監督・カラン・ジョーハルが、911テロ以降のアメリカにおけるイスラム教信者への差別と偏見を、シャー・ルク・カーン演じるアスペルガー症候群の青年リズワンの視点から描いた人間ドラマで、かなり重厚なテーマを扱っている。
前半はカジョール演じるマンディラとの恋模様が描かれる。
前半のコミカルなメロドラマテイストは一気に暗い影に覆われて、後半になるにつれて、作品のテイストが911テロ、イラク戦争後のアメリカにおいて、イスラム教徒への偏見や差別が描かれていくことになる。
イスラム教徒の人々は、風評被害を恐れて、自分の宗教を隠そうとする中で、リズワンは、アスペルガーであることから、そもそもイスラム教自体が悪いというわけではなく、一部の偏った思想、リズワンから見た「悪い人」が起こしたテロであって、そうでないイスラム教徒の自分たちが、宗教を隠さなければならない事実が理解できない。
宗教や人種の違いはあくまで個性であって、この地球にいるのはいい人か悪い人だけ。そんな単純なことなのに、人々は見失ってしまっている……。アスペルガー症候群の主人公の目線から、あえて複雑化させる世界の矛盾を指摘していく。これはインド映画どうこうという以前に、観ておかなければならない一本だ。
■4『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』(2012)
カラン・ジョーハルが『マイネーム・イズ・ハーン』の次にぶつけてきたのは、開き直ったかのような「マサラ映画」だった。これは諦めたわけではなく、ステレオタイプから一気に脱却するのではなく、受け入れながら、内部から変えていく方向性に舵を切ったのだ。
カラン・ジョーハルの初監督作品『何かが起きてる』(1998)のセルフパロディのようなシーンも多く、原点回帰といった作品でありながら、『glee』や『ゴシップガール』といった海外の学園ドラマの要素を詰め込み、最先端エンターテイメントとして完成させた。「マサラ映画」のイメージが強いなら、「マサラ映画」のイメージ自体を世界に通用するように変えようとしたのだ。
今までは全ての年齢層が楽しめるように、シャー・ルク・カーンやサルマン・カーン、アビシェーク・バッチャン、ジョン・エイブラハムといった中年のスターを多く起用していたが、思い切って、若い世代を中心とした起用。
実際にその後に制作された若者向けの作品は、ポップで現代を舞台にしたものが多くなり、パーティーシーンが多く盛り込まれたり、ヒッピー的な自由恋愛が描かれたりで、「マサラ映画」というものの毛色が少しずつ変わっていった。本作の出身者も今では、立派な中堅俳優となり、様々の映画やドラマで活躍している。

『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』(2012)
DVD販売中(発売元:メダリオンメディア/アンプラグド
販売元:インターフィルム)
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