井上 私、内閣総理大臣を経験した方とお話するのは初めてで、聞きたいことがたくさんありすぎて困っています!
野田 ハハハ、何でもどうぞ。
井上 まず、新聞には必ず「首相動静」という総理の1日のスケジュールを書く欄がありますよね。
野田 そうですね。総理大臣は公人中の公人ですからね。
井上 すべての行動が筒抜け状態で、私だったら絶対ストレスになると思うんですけど……。
野田 やむを得ないと納得しつつ、でも、実際には首相動静に出ないこともいっぱいあるんですよね。
井上 そうなんですか!?
野田 例えば、表向きのスケジュールはホテルでの会食。でも、隣の部屋で要人と打ち合わせとか、公邸に戻って休憩のはずが人を呼んで会っているとか。どれも公務ですが。
井上 寝る時間はありましたか?
野田 寝ないと疲れが溜まりますから、なるべく5時間は寝ていましたよ(笑)。ただ、1日丸々休みということはまずなかったですね。
井上 総理大臣になってから初めて感じるプレッシャーなどはありましたか?
野田 はい。野党のとき、財務大臣のときには感じなかった感覚がありましたね。総理大臣は、1億2000万人超の国民の生活がかかっている幾多の政策の最終決断を下す立場です。しかも、総理大臣の後ろには誰もいません。相談相手もさらなる責任者もいない。その状況は、やはり一際緊張感があるものです。
井上 見える風景も変わってくるものですか?
野田 総理大臣になると、移動にはいつも警備の車が5台くらい一緒についてきます。交差点の信号も優先的に青に変わりますから、基本的にノンストップです。それでも渋滞にハマり、ターミナル駅前のスクランブル交差点で止まることがあります。すると、道行く人の顔が見えるわけですよ。信号待ちをしているサラリーマンが暗い顔をしていると「景気が悪くて苦労しているのかな……。僕のせいかな」と思うわけです。
井上 ずしりと重いです。息抜きはしていましたか? コンビニとか普通に行けるんですか?
野田 行けますよ、もちろん。ただ、どこに行くにもSPさんが一緒ですからね。
井上 行きたいときに行きたいところにはなかなか行けないんですね。
野田 あと好きな食べ物を食べられないのは少しさびしかったですね。「ああ、ラーメン屋に行きたいな」、「牛丼屋行きたいな」とか。1回、九州へ出張があったとき、「とんこつラーメン食べたいな」と秘書官に漏らしたら、用意してくれたんですよ。
井上 おお!
野田 だけど、十数人のSPと秘書と私で、店は貸し切り。
井上 今は、国会議事堂に出店していますよね。
野田 そうなんだよ。でも、当時はなかったからね。だけど、焼き鳥なんかもそうだけど、やっぱりお店の雰囲気込みで食べるのが好きなんですよね。その辺は我慢した分、今、地方へ講演に行ったときなど、路地裏で店を探して楽しんでいます。
井上 食べログを見たりして?
野田 この歳になると自分なりの嗅覚があるからね。お店の佇まいを見て入ります。もちろん、外れることもあるけど、それも込みで楽しんで。SPもいないし、1人ですからね。
井上 野田さんは大学を卒業後、NHKと読売新聞から内定をもらっていたと聞きました。
野田 学生時代は政治部の記者になりたいと思っていました。
井上 それがどうして、1期生を募集し始めたばかりの松下政経塾に入ることになったんですか?
野田 ある日、新聞広告を目にしたんですよ。“政治を正さなければ日本はよくならない”といったメッセージと、松下政経塾第1期生募集という。それでパンフレットを取り寄せてみたら、実績がないからすべてイラストで。でもね、ふと応募してみようと思っちゃったんですよね。
井上 でも、今でこそ松下政経塾出身の政治家さんはたくさんいますけど、当時は卒塾したとして政治家になれるかどうかも分からないわけですよね。安定した就職先を蹴るのは不安じゃなかったんですか?
野田 不安はありましたけど、ここに行けば自分も書く側ではなく、実際に何か物事を動かす側になれるチャンスがあるのかな、と。だけど、入塾してみると、「カリキュラムは自分たちで作れ」、「人間を知るには机上ではなく、実際の労働の中から考えるのが良い」という考えのもと、工場や販売店で実習もあれば、サバイバル訓練もあってね。先生が政治を教えてくれるわけじゃない。政経塾の寮室で1人になると、天井を見上げながら「こんなことやっていていいのかな?」と思っていましたね。
井上 辞めようと思ったことは?
野田 当時、松下政経塾は5年制で、入った以上は卒塾しようと決めていました。ただ、22歳で大学を卒業して、27 歳。同級生は就職して5年目でしょう。
井上 想像しただけで、焦りますね。
野田 焦りもあり、どっこいなんでも生きていけるだろうという思いもあり、葛藤しながら卒塾でしたね。
井上 すぐに政治の世界へ入ったんですか?
野田 2年後の千葉県議会議員選挙に出ました。それまでは家庭教師やプロパンガスの店でガス漏れの検診をしながら食いつなぐ生活。今で言うフリーターですね。月10万円を稼ぐのは、えらい大変なことなんだなと思いながらやっていました。
井上 とりあえず就職、という道は考えなかったんですか?
野田 会社に入ると政治活動をする時間が日曜日くらいしか取れなくなっちゃいますから。僕は誰かから地盤を引き継いだわけでも、著名人であるという看板があったわけでもありません。
井上 その頃、13時間連続で演説したこともあったという記事を読んだんですが……。
野田 やりましたね。朝7時から夜8時まで。「おはようございます」と送り出した通勤通学の人たちを「おかえりなさい」と出迎える。「本当に続けていたのか!」と驚かれました。
井上 それはどんな効果を狙っていたんですか?
野田 とにかく自分を知ってもらわなければ選挙に出ても、票になりません。それで、毎朝街頭演説をしていましたが、選挙が近づくと他の候補も街頭に立つわけです。地盤がある人、看板がある人もいます。29歳の新人は埋没します。そこで、公民館で集会をやってみました。
井上 演説会ですね。
野田 電話作戦、ポスティング。あらゆる手段で呼びかけ、座布団をいっぱい敷いて準備万端で開始時間を迎えたら、来てくださったのは1人だけ。弁士1人、聴衆1人。緊張感がすごかったですよ。来てくれた人もね、自分が帰ったら悪いなと思うから立つに立てない(笑)。
井上 確かに(笑)。
野田 そんなことがあったので、「まだ箱モノをやるのは早い。アウトドアで勝負だ」と。で、巻き紙を作り、「今日は13時間街頭やります」、「5時間経過」、「ただいま野田はトイレに行っております」、「残り2時間」と、イベント化してみたんです。そうしたら朝は皆さん急いでいますから「やっているな」くらいの反応だったんですが、夕方以降は足を止めてくれる人が増え、最終的に500人くらいの聴衆が集まりました。
井上 500人!
野田 公民館では1対1が自分の限界だったのに、体力の限りを尽くして一生懸命やったらアウトドアで500人のタウンミーティングができた。あれが僕の政治家としての原点ですね。
井上 いや、すごく響きました! 私もいろんなタレントさんがいるなかで、人と同じことをやっているだけじゃダメだってよく言われるので。
野田 何にも持っていないとね、人間、必死で考えますよね。苦し紛れのアイデアでもコツコツが大事なんですよ。コツコツやってみて、飛躍するときは言葉は悪いかもしれないけど、ある種の狂気が必要。
井上 野田さんは当時おいくつだったんですか?
野田 29歳。千葉県議会議員に初当選しました。
井上 野田さんが首相を務めた後、民主党はバラバラになりました。民進党になり、立憲民主党と国民民主党に分かれ、他の野党と統一会派を作り、野田さんは無所属で。私たちから見ると、野党はくっつたり離れたり、結党したり解党したり、最終的なゴールはどこにあるんだろう? と思ってしまいます。
野田 もう1回、政権交代可能な国にしたいと思っています。与党がミスをしたら、国民の皆さんの気持ちの受け皿になる野党が次の政権を預かる。自民党一強を作っているのは多弱ですから。野党の多弱。それを克服するためには野党第一党を中心にまとめて、きちっとした対立軸を作っていきたいですね。
井上 ムーブメント起こし、政権交代を……というのは、本当にできることなんですかね?
野田 やらなきゃいけないと思っています。
井上 もし政権交代が行われたら、もう1度、総理大臣になりたいと思いますか?
野田 いや、自分がどうのっていう気持ちは、正直もうないですね(笑)。総理はなろうと思ってなれるもんじゃないですから。やっぱり何らかの天命、運命みたいなものがないと。今の選挙制度、小選挙区比例代表制は振り子現象が起こりやすい仕組みですから。今は振り子が片側で止まっていてこちらにこないですが、それは受け皿がないから。国民民主党にも、立憲民主党にも、政策立案能力のある国会でいい仕事ができる中堅と若手が揃っているので。彼らを活かしながら、共存共栄でお互いに党勢を拡大していく。与党に対抗できる受け皿にするため、自分に何ができるのかを考え、行動していきたいですね。
「取材を終えて」~井上咲楽の感想~
元総理にインタビューするのは初めてで、すごく真面目で堅い人なのかなとドキドキしていたのですが、総理時代の話も聞けてうれしかったです! お話を聞いているうちに、野田さんの「野党をまとめたい」という思いを強く感じました。細野豪志さんをはじめ、参院選を睨んで動き始めた与野党議員。とにかく選挙のために動く人が勝つのか、野田さんのような信念を貫く人が勝つのか。参院選が楽しみです。
(『月刊エンタメ』2019年4月号掲載)
野田議員が <新たに選挙権を得た若い世代> に読んでほしい1冊

『男子の本懐』(城山三郎 著/新潮社 刊)
学生時代によく読んだのは3人の作家の時代小説です。司馬遼太郎作品の志と夢の世界、藤沢周平作品の凛とした佇まい、山本周五郎作品の人情の機微。時代小説には政治に必要なエッセンスがすべて込められていると思います。最近、改めて読み返しているのは城山三郎さんの『男子の本懐』や『落日燃ゆ』。いわゆる政治家の伝記物で、本当に勉強になりますし、やはり心が強く動かされますね。
▽井上咲楽(いのうえ・さくら)
1999年10月2日生まれ、栃木県出身。A型。
Twitter:@bling2sakura
▽野田佳彦(のだ・よしひこ)
1987年に千葉県議会議員に初当選。1993年、日本新党より衆院選に出馬し、衆議院議員に初当選。民主党政権では財務大臣、第95代内閣総理大臣を務めた。