『推しの子』や『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』など注目作が多かった春アニメと比較すると夏アニメは一見地味な印象を受ける。それでも楽しませてくれるタイトルは多い。
『ゾンビになるまでにしたい100のこと』にはワクワクさせられる。

【画像】『ゾン100』アニメキービジュアル

 本作は“ある日突然人間がゾンビになってしまう”というありがちな設定。ただ、主人公の天道輝(アキラ)はゾンビに侵略されつつある状況を全く悲観していない。それどころかそんな世界を受け入れ楽しもうとしている。というのも、アキラはパワハラやサービス残業が常態化しているブラック企業に勤務しており、心身をすり減らす生活を送っていた。

希死念慮さえ抱くほど疲弊した日々を送っていたそんな時、世界がゾンビに侵略されていることを知ったアキラは「会社に行かなくて良い」ということに光を見出す。
そして、タイトルの通り、「ゾンビになるまでにしたい100のこと」を書き記し、ゾンビが街中を闊歩する中で人間らしい生活を送るために歩き出す、というもの。

 1話ではブラック企業で使い倒されているシーンが長いが、新卒入社して希望に満ち溢れているアキラの目からどんどん光が失われる様相が描かれており、アキラの心境についつい感情移入してしまう。そして、ラストではゾンビに世界が侵食され、退職の意向を伝えるために社長宅にゾンビに追われながらもアキラが走り出すシーンではより一層の疾走感を覚えた。

映像それ自体の躍動感はもちろん、前半の長いフリがあったからこそ、アキラ自身の胸の中に溢れる開放感が映し出されていた。本作の制作会社はバグフィルムが担っているが、制作協力として『魔法少女まどか☆マギカ』や『〈物語〉シリーズ』などでお馴染みのシャフトが携わっている。作画だけではなく演出面でもワクワクさせてくれる。


 もちろん、映像美や見せ方も注目したいが、それでも風刺が効いているストーリーは特筆すべき点と言える。まずゾンビが登場する以前はただただ無心で働くゾンビのような生活を送っていたアキラが、ゾンビの登場によって人間らしさを取り戻すのが面白い。また、“ゾンビに侵略される”という天地がひっくり返るほどの事態が起きなければ、「ブラック企業なんか辞めてしまえ」という発想が起きないこともブラック企業に従事する人の心理を捉えている。

 SNSでも大きな反響を呼んだ漫画『「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由』(あさ出版)ではブラック企業をなぜ辞められないのか、その心理描写が丁寧に描かれていた。ブラック企業に使い倒されると“ゾンビ様にお越しいただけない”と会社を辞めるという発想さえ浮かばないことが理解できる。アキラも親友のケンチョからブラック企業を辞めるように勧められていたが、全く耳を貸すことがなかった。
ゾンビ登場以降のアキラが活き活きすればするほど、ブラック企業は人間らしさを奪い粛々と心身を壊す、ゾンビよりも恐ろしい存在なのだと感じてならない。

 “ブラック企業とゾンビ”だけでなく、2話で登場したヒロイン・シズカとアキラの対比も秀逸。アキラがビールを切らしたことに気付きゾンビに見つからないようにコンビニを到着した時、そこでシズカと鉢合わせする。ゾンビワールドで生き残るため、健康的な生活を送り、合理的な判断を常に行っているシズカ。だからこそ、ビールを手に取るアキラを馬鹿にする素振りを見せるが、本能的に生きるアキラをどこか羨ましそうに思うシーンもあった。

 確かにゾンビの有無に関係なく、シズカのほうが長生きする可能性が高い。
それでもシズカの生き方を通して、「健康のためにあらゆる娯楽にも目を向けずに長生きする道を選ぶことは適切なのか?」という問いを本作から感じる。

最近はコスパやタイパなど効率性や合理性が支持されているが新型コロナウィルスの感染拡大からも嫌というほど痛感させられたが、いつ何時私達の生活が制限されるのかもわからない。シズカのように賢く生きることは素晴らしいが、ブラック企業にもゾンビにも振り回されずに、思うがままにビールを飲むアキラの姿がとても美しい。本作は基本的にはギャグアニメの色合いが濃いが、今私達は正しく生きているのかをついつい考えたくなる。本作を楽しみながらも自分自身の生き方を見つめ直したくなるアニメだ。

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