「クレヨンしんちゃん」の劇場版第31弾にして、番外編となるのが、8月4日に公開された『しん次元! クレヨンしんちゃん THE MOVIE 超能力大決戦 ~とべとべ手巻き寿司~』である。アニメシリーズの劇場版ながらも原作を意識したものとなっており、しんちゃんの服も原作と同じ黄色っぽいオレンジ色で、キャラクターの顔もどことなく原作寄りだ。


【写真】『しん次元! クレヨンしんちゃん THE MOVIE 超能力大決戦 ~とべとべ手巻き寿司~』名シーン

今作は、2001年のテレビスペシャル内で『エスパー兄妹 今世紀最初の決戦! 』としてアニメ化もされている原作エピソードを下敷きとしている。

それをただ最先端技術でリメイクしたということではなく、『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018)やドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』(2022)などで知られる演出家、映画監督の大根仁によって、大きく脚色されており、オリジナル要素が強いものとなっている。

劇場版シリーズとしては初で、おそらく今回限りになるであろうフル3DCGアニメーションというスタイルを活かしたダイナミックなアクションシーンの数々は必見だが、そういったダイナミックな画を通常時でもやってしまうのが「クレヨンしんちゃん」の劇場版シリーズでもある。あえていつものスタイルで今作を観たかったという気持ちもあったりして、そこは複雑な心境にもなる。

もともと劇場版の「クレヨンしんちゃん」は、子供向けらしからぬ社会問題を取り入れた作風が大人のユーザーも魅了してきたわけだが、近年はマンネリ化を避けるためにもアニメ畑の監督や脚本家だけではなく、実写映画の監督や脚本家を起用する動きが目立ってきている。

今作の大根仁もそうだが、『クレヨンしんちゃん 激突! ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』(2020)では、『死刑にいたる病』(2022)や『夜、鳥たちが啼く』(2022)といった、人間の脆さや不器用さを描くことを得意とする脚本家の高田亮を起用している。

実際に『クレヨンしんちゃん 激突! ラクガキングダムとほぼ四人の勇者』は、デジタル化が進む現代の子どもにおいての”自由”とは何かを問いかけた作品で、デジタル化が決して悪ではなく、互いを理解し、共存することも必要という深いテーマを描いていた。

アニメ映画に実写映画の監督・脚本家を起用する流れは、「クレヨンしんちゃん」だけではなく、「ドラえもん」や「名探偵コナン」のいわゆる”東宝御三家アニメ映画”にもあって、あくまで子ども向けだからといってマンネリ化や妥協ができないという意思のもとに制作されていることから、毎回油断できないクオリティに仕上げてくるのだ。

2010年以降の劇場版シリーズを支える、うえのきみこによる脚本の場合は、社会問題というよりは、最終的に感動に向かうものが多く、前作の『クレヨンしんちゃん もののけニンジャ珍風伝』(2022)や『クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』(2021)などもそうだ。それはそれで、良い作品も多いのだが、映画畑の脚本家を起用したときのほうが社会問題を扱う傾向が強いともいえる。

そして今作は、大根仁を起用している時点で、一筋縄ではいかない。やはり社会問題を扱っているのだ。


大根仁は、様々な作品で描いてきた理想と現実、過去と現在の間で起こる出来事の数々が人間性を構築していく過程で、何かが狂ってしまったとき人はどうなるかを描いてきたが、今作でもそれは健在だといえるだろう。

例えば作中に推しのアイドルが結婚したことから逃避するために、そのアイドルに少し似た、よしなが先生がいる、ふたば幼稚園に非理谷充(暗黒のエスパー/声・松坂桃李)が立てこもるシーンがある。このシーンではしんちゃんが、覚醒したサイキック能力を駆使しながら園児たちを救出する。結果的にコミカルに描かれているものの、不審者が幼稚園に立てこもるという展開は、現実的に考えると、なかなか恐ろしい事件。

シンプルな正義と悪のサイキックバトルという設定のなかにファンタジーとコミカルな要素でコーティングしてあるものの、今作の悪役は、日本の現代社会が生み出した闇そのもので、あらゆる事件と結びつきそうな設定だ。

社会から見放された、見放されたと思い込んでいる者が犯罪に走ってしまうブロセスを描いて、それを防げるのは、どんな社会システムやプログラムでもなく、結局は人間同士の絆や思いやりが必要だという根本的な部分に戻ってくる……。少々説教臭い部分がないこともないが、なかなか的を射ている着地点だといえるだろう。

今後も「クレヨンしんちゃん」の劇場版には期待したい!!

【ストーリー】
ノストラダムスの隣町に住むヌスットラダマスはある予言を残していた。「20と23が並ぶ年に天から二つの光が降るであろう。一つは暗黒の光、もう一つは小さな白い光…やがて暗黒の光は強大な力を持ち、平和をごっつ乱し、世界にめっちゃ混乱を招くことになるんやでえ」そして2023年、宇宙から二つの光が接近。夕飯を待ちわびるしんのすけに白い光が命中する。体にみなぎる不思議なパワー。
「お尻が…お尻がアツいゾ…」力を込めるとおもちゃがフワフワと宙に浮いた!エスパーしんのすけ誕生の瞬間である。一方、黒い光を浴び、暗黒のエスパーとなった男の名は非理谷 充。バイトは上手くいかず、推しのアイドルは結婚、さらには暴行犯に間違われ警察に追われていた彼は、力を手に入れたことでこの世界への復讐を誓う。世界の破滅を望む非理谷 VS しんのすけ。“すべてが、しん次元”なちょー超能力大決戦が今、幕を開ける!

【クレジット】
原作:臼井儀人(らくだ社)/「月刊まんがタウン」(双葉社)連載中/テレビ朝日系列で放送中
監督&脚本:大根仁
声の出演:小林由美子、ならはしみき、森川智之、こおろぎさとみ
声の特別出演:松坂桃李、空気階段、鬼頭明里
主題歌:サンボマスター「Future is Yours」(ビクターエンタテインメント)
(C)臼井儀人/しん次元クレヨンしんちゃん製作委員会
8 月 4 日(金)、全国東宝系にてしんちゃんの夏、来たる―

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