映画コメンテーターの有村昆が、読者からのお悩みにあわせて、オススメ映画を紹介するシリーズ企画「映画お悩み処方箋」。第6回目の今回は、18歳の女子高生が、電車でマナーが悪い人が許せないという日々のストレスを吐露。
アリコンが選んだ解決につながる2作とは…?

【写真】今回の相談者におすすめする2本

▽相談
電車で足を開いて座っているおじさんが許せません。2人分の席を使っているのだから、切符代を2倍払ってほしいくらいです。他にも、ドアの入り口に棒立ちになっている邪魔な人、大声でしゃべっている人など、電車内ではマナーが悪い人をたくさん見かけますが、怖くて注意することができません。毎日の通学で非常にストレスを抱えているのですが、どのように心を落ち着かせればいいでしょうか?(18歳 女性 高校生)

このお悩みというか、ご意見に対しては2つの真逆なタイプの映画から立体的にお答えをしたいなと思いまして、まず1つ目におすすめしたいのは、ジム・キャリー主演の『イエスマン “YES”は人生のパスワード』という作品です。

相談者さんは、電車のマナー違反の方々に対して憤りを感じてますけど、言い換えると、基本的に「ノー」の思考になっているんじゃないでしょうか。

もちろん、マナーが悪いのはよくないことなのですが、「この人は迷惑だ」とか、「マナーが悪いおじさんは電車に乗るな」などと、すべてを否定しまって受け入れることができない。

この『イエスマン』の主人公のカールも、最初はそういうタイプの人間として登場するんですよ。彼は融資の仕事をしているんですけど、困ったお客さんが来ても片っ端から断っていく。同僚が遊びに誘っても「やらない」。今夜パーティをやると言っても「行かない」。人生のすべてにノーという生き方なんですね。

そんな後ろ向きな男が、ひょんなことからあるセミナーに参加するんです。
そこには教祖みたいな人がいて、「なんでも『イエス!』と言ってみなさい」と説くんです。

カールも、ちょっとだけ感化されて、その帰り道にホームレスがヒッチハイクしてきたところを、いつもなら絶対断るのに「イエス」と言うんですよ。

それで、ちょっと遠くの山の公園みたいな所まで送っていって、最後にホームレスから「カネ貸してくんねえか」と言われて、それにも「イエス」で有り金を渡しちゃう。あげくにガス欠になってクルマが動かなくなって、「なんにも良いこと起きないじゃないか」なんてグチを言いながら、数キロ先のガソリンスタンドまで歩いて行ったら、そこで、めちゃくちゃ可愛い女の子に出会うんです。そこから、さらに「イエス」と言い続けることで、恋愛に発展したり、人生が好転していくというストーリーです。

興味がなかったことでも「イエス」と受け入れてやってみると、世界が広がっていく。すると、さまざまな場所で出会いが待っていて、幸せの選択肢が増えていくんですね。

今回の質問者さんのケースで言うと、足を開いて座っているおじさん、棒立ちになっている邪魔な人、大声で喋っている人、確かにいろいろ言いたいことはあるんだけど、一旦肯定してみて、「なんでこの人たちはこんな態度を取っているのか」ということを前向きに捉えると、いままでと違う発想が生まれてくるかもしれないよってことなんです。

脚を開いて座ってるおじさんは、マナーとしてはダメですけど、そのダメさ具合を味わうというか、そういう発想も必要なんじゃないかなっていうのは、すごく僕は感じるんですよね。

みうらじゅんさんが書いた『そこがいいんじゃない!』という映画批評本があるんですけど、ヘンなB級映画とか、残念な映画ばかりを紹介して「そこがいいんじゃない!」と、その作品のダメなところを評価していくんです。日常でも、こういう考え方になれたら最強じゃないですか。

相談者さんはまだ若いので、そこまで悟るのは難しいかもしれないですけど、僕なんかは自分でいろいろ失敗をしてわかるようになったというか、例えば世間で叩かれている人に対しても「それもその人の魅力だよね」と違う見方ができるようになりました。


まったく参考にならないかもしれないですが、まずは「ダメなところがいい」という考え方も世の中にはある、ということだけでも知ってほしいですね。

そしてもう1本は、逆説的な視点の作品を紹介します。

電車の中の迷惑な人たち、言うならば社会のクズみたいな奴らには制裁を加えるべき。そんな考えを推し進めたら社会がどうなるかということまで描いてみせるのが、ホアキン・フェニックス主演の『ジョーカー』 です。

先ほどの『イエスマン』は、人生に対して「北風と太陽」でいうところの太陽的な生き方ですよね。『ジョーカー』の主人公であるアーサーも、最初は太陽側の人だったんです。それが貧富の差や家族の問題に陥ってしまい、仕事もうまく行かないことで社会的に追い詰められていく。

そして、ある日電車に乗っていた時に、3人組のサラリーマンに絡まれてボコボコにされてしまう。彼ははそこで何かがプチンと切れて、銃で反撃してしまうんです。

アーサーは犯罪者となって追われてしまうわけですが、「よくぞ生意気な連中を射殺してくれた」という称賛の声も出てくる。そんな民衆の想いを背負わされ、さらに自らの葛藤によって、アーサーは「ジョーカー」となっていってしまうのです。

この映画が示唆しているのは、社会全体の構造として、必ずどこかに悪のマインドが蔓延っているということです。
正義がいるから悪が生まれる。そのどちらでも無い人々も、流されるように反社会的な行動を起こしてしまう。

で、相談者さんに戻ると、電車の中でイラっときたのは「正義」だと思うんです。こんなオジサンはいなくなればいいのにという「怒り」もあります。でも、そういった感情というのは慎重に扱わなきゃいけない。

それぞれが正義を主張するほど、悪が増幅して社会が崩壊していくということを、この映画は教えてくれます。

『ジョーカー』は、処方箋としてはかなり劇薬かもしれませんが、『イエスマン』とセットで観ることで、より考えさせられる部分はあると思います。どちらも極論ですが、その生き方を突き詰めるとどうなるのかまでを描いているので、ぜひ観てほしいです。

その上で、イエスマン対ジョーカー、この2人が戦ったらどちらが勝つか、みたいなことまで考えられたら面白いですね。

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