井上 今回の参議院選挙(7月21日投開票。対談は7月12日に行われた)は、本当に注目していて。ガチで全国47都道府県の当落予想ノートを作って、東京、静岡、新潟、愛知、大阪……と可能な限り、注目選挙区を見て回っているんです。
齋藤 井上さんの年齢でそんなに政治に関心を持っているなんて、どうしたの? 僕は20歳の頃、政治にまったく関心なかったよ。政治家も大嫌いで、あんないい加減なヤツらと思っていたから(笑)。
井上 そうなんですか! じゃあ、いつから政治に関心を?
齋藤 ちょっと遠回りするけど、僕は大学でハンドボール部の主将をやっていて、体育会バリバリの学生生活を送っていたんだよね。それでも就活の時期がやってきて、最初は商社に入って海外で仕事をすることを考えていた。だけど、東大ということもあって周りには公務員試験を受けるヤツが多くてね。彼らの話を聞いているうちに、環境庁と通商産業省(現・経済産業省)に興味を持つようになったんだよ。
井上 その2つだけなんですか?
齋藤 そう。官僚になりたいわけじゃなかったから。「世の中の空気を綺麗にしてやろう!」と思っての環境庁。
井上 気分ですか(笑)。
齋藤 いやいや、気分良く仕事ができることは大事だよ。本気になれるから。まあとにかく、そういう単純な人間だったの。好きな言葉は、根性、直球だからね(笑)。
井上 青春映画に出てきそうなザ・体育会系男子ですね。
齋藤 おまけに役人も嫌いだったんだよ。ただ、見学に行った通産省で会ってくれた先輩たちが熱くて、面白い人たちで。ここで仕事をしたいなと思った。だから、官僚になりたかったというよりも、通産省で働きたかったんだよね。
井上 なるほど。
齋藤 そうして結果的に官僚と呼ばれる側になり、政治を間近に見るようになってみたら、日本の将来が大変になっていくような課題が山積であることが見えてきた。何とかするには、政治がもう少ししっかりしないといけないと思うようになっていった。これは「政治家が嫌い」とか言っている場合じゃないな、と。
井上 自分がなるしかないな、と?
齋藤 そこまで傲慢な気持ちでもないかな(笑)。なろうにも、何もないから。親が政治家だったわけでも、お金があるわけでも、知名度があるわけでもない。チャンスがない中で、あるとき、自民党が候補者を公募で集めたんだよね。それで手を上げ、選挙に出た。ただ、最初は落選しちゃったんだけどね。
井上 2006年の補欠選挙ですね。995票差だったと聞きました。
齋藤 僅差でも落選は落選。
井上 その間の収入や生活の不安はなかったんですか?
齋藤 いきなり核心を聞いてくるね。もちろん、あったよ。不安もいいところ。
井上 そうですよね。
齋藤 落選した時点で、ほとんどの蓄えを選挙のために使っていたからさ。子どもの学費を払う段になって「ない!」と。
井上 いやー……、大変。
齋藤 それが浪人生活のスタートだった。しかも、衆議院議員総選挙は衆議院解散によって行われるから、いつあるか分からない。常に選挙に備えて運動をやっていなければいけないし、次の選挙で敗れたら政治家として終わりだと思っていたので、働きながら……という中途半端なことはできなかった。ただ、そうすると、その間は収入が途絶えてしまうわけなんだよ。
井上 どうやって生活をしていったんですか?
齋藤 大学で少し教え、企業顧問をし、それで生活費を賄っていた。1万円稼ぐことの大変さを本当に実感したよね。でも、生活できるだけでは浪人の意味がない。政治資金が必要。こちらはね、情けないことに苦しくなると寄付を仰ぎに行っていた。「すいません、お金ください」と。
井上 なかなか想像するのが難しいシチュエーションですね。
齋藤 正々堂々と収支報告に載せるお金だけど、支援者の方から「いくらいるんだ?」と聞かれると、うまく答えられないんだよね。そりゃ多い方がいいですよ。でも、ギブ・アンド・テイクじゃないから、こんな会話になるわけ。「いくらでもご迷惑にならない範囲で」「いや、いくらいるんだ?」「いくらでも、ご迷惑にならない範囲で」「キミはね、そういうことを言わないからダメなんだよ」と叱咤しながら、寄付してくださる。3年4カ月、苦しかったよ。
井上 官僚出身、当選3期目で大臣就任という経歴を見て、エリートのイメージが強かったので驚きました。
齋藤 半年、1年だったら耐えられるけど、3年4カ月、働き盛りの40代後半に定職ナシだから。しかも、次に落選したら政治家の道も断たれる。極まった状態。でも、2009年の選挙で当選して「いい経験だった」と振り返ることができるようになったよね。
井上 2009年の衆議院議員選挙では、自民党が大敗。政権交代が起き、野党になりました。そんななか当選できた秘訣はありますか?
齋藤 秘訣はないよ。根性だね。候補者のやることは小さな違いこそあっても、みんないっしょだから。朝、駅前に立ち、集会を開き、会合に顔を出す。どれだけ1つひとつを徹底できるか。
井上 ちなみに、当選3期目という早さで農林水産大臣に抜擢された要因はどこにあると思いますか?
齋藤 それはね、大臣になる前に2年間、農林水産副大臣を、その前の2年は自民党農林部会長を務めた。じつはこの間、JA改革、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)の交渉をはじめとして大揉めに揉めた厳しい仕事に携わってきた。その仕事ぶりを見て、安倍さんが「総仕上げを大臣で」と考えてくださったんじゃないかな。当選回数よりも、それまでの4年間との継続性を大事にしてくれたのだと思っている。
井上 でも、去年9月の自民党総裁選で石破派の齋藤さんは、現役閣僚の中で唯一、石破茂さんを支持しました。あのときの周りの雰囲気はすごかったんじゃないですか?
齋藤 大臣はみんな安倍さんに任命してもらっているわけだからね。それは空気悪くなるよ。でも、どうってことない。面白かったよ。
井上 私だったら、圧力に負けちゃうだろうなと思うので、「面白かった」と言えるハートの強さがすごいと思います。
齋藤 まあ、政治の世界ではよくあること。大事なのは、自分が信念を持って「これだ」と思うことをやり抜く姿勢。それを他の人がどう見るかなんて関係ないよね。私がなぜ、石破さんに入れたかと言うと、元々石破派なのはもちろんあるけど、あの総裁選では石破さんの負けが決まっていたから。自分の親分の負けが分かっているなら、逃げられないでしょう。理由はそれだけ。何の迷いもない(笑)。討ち死にするなら、討ち死にでいいじゃないか。美学だよ。
井上 かっこいいです。
齋藤 まあ実際、討ち死にしたんだけどね(笑)。
井上 大臣を経験して良かったことはありますか?
齋藤 2つあるね。雨の中にもビラを配り、いつも応援してくれた人たちが本当に喜んでくれたこと。「よくやった!」と涙を流す人もいて、少しは恩返しができたのかなと思った。もう1つは、大臣を経験したことで、ポストが欲しいがために自分を曲げるようなことをせずやっていけるようになったたこと。もし、一度も経験せず、年齢を重ねていったら大臣になりたい……と忖度するような場面も出てきたかもしれない。でも、重要閣僚をやったからこれで十分。あとは忖度せずに思い切ってやっていける(笑)。
井上 徹底すること。自分で決めたことを貫く姿勢には、ハンドボール部時代の経験が生きていますか?
齋藤 確かに、土台にはなっているかな。大学1年生のとき、自分の目の前で関東大学リーグの3部から4部に落ちた。僕は1年の秋のリーグ戦からレギュラーとして試合に出始めて、3年生の後半で2部に引き上げ、1部との入れ替え戦に出るまで強くした。主将としてチームをまとめながら、いろいろ学んだよね。
井上 と言うと?
齋藤 例えば、自分たちより少し弱いチームと試合をするときが一番怖い。なぜなら、自分たちが少し油断するから。逆に向こうは「何とかひっくり返してやろう」と気合が入る。この気持ちの差が怖い。だから、自分たちより弱いチームとやるときに、どうやってチーム全体を試合に向けて集中させるかに気を配った。強いチームとやるときは勝手に「よし、やってやろう!」となるからね。これは選挙でも同じでさ。有利と言われる選挙ほど、注意しなくちゃいけない。仕事も同じ。
井上 少し弱い相手を前にすると気持ちが緩んでしまうのは、よく分かります。私はバレーボール部だったんですけど、最後の試合で負けた原因がまさにそれでした……。
齋藤 チームプレーでは、どうしても自分がやらなくちゃいけない場面が出てくる。苦しい場面で、人に頼る気持ちが出てくるのは人情だけど、それはダメ。「あいつの分もカバーしてやる」って気持ちでいかないと。そういう集中力を1人ひとりがきっちり発揮できれば、いい試合になるから。だけど、どうしても他力本願になるんだよな。「ここで手を抜いても、相手のシュートをキーパーが止めてくれるかもしれない」と。人は自分に甘いからね。そこで徹底できるかどうか。
井上 なるほど。
齋藤 スポーツでも、政治の世界でも、井上さんの仕事でも、差が出るのはそこ。「頑張ろう」「全力を出そう」と響きのいいことを言うのは簡単。だけど、実行できるかは別問題だよね。人間1人ひとりの発想は、大きく違うわけじゃないから。考えを徹底できるか。一瞬一瞬の選択の結果で、人生が決まっていく。つまり、一瞬一瞬が勝負だと思って徹底してやっていこう。話していたら、ハンドボールやりたくなってきたな。
(『月刊エンタメ』2019年9月号掲載)
「取材を終えて」~井上咲楽の感想~
参院選関連の取材中、齋藤さんのように大企業を辞めて出馬した候補者に出会いました。そういう人生を懸けている人の気持ちを伝えられるように、使命感を持って取材をしていかなければと気が引き締まったイノサクです。質問に対してうまく避けて答える政治家の方に悔しい思いをすることも多いですが、齋藤さんをはじめ石破派のみなさんは本音っぽく話してくれるので、話しやすかったです。
齋藤議員が <新たに選挙権を得た若い世代> に読んでほしい1冊

『ローマ人の物語』(塩野七生 著/新潮社 刊)
オススメは、歴史上の人物について詳細に書かれた本。その時代を築いた人間の判断や生き方について学べるし、刺激を受けるよね。例えば、塩野七生さんの『ローマ人の物語』はいいかもしれない。古代ローマは今と制度こそ違うけど、政治の勉強にもなる。そこで彼らが、どういう判断をしていたのか。読むなら簡単な本よりは、難しい本がいいと思います。難しい本ということは詳細に書かれているということで、読むと判断力の訓練になるんじゃないかな。
▽井上咲楽(いのうえ・さくら)
1999年10月2日生まれ、栃木県出身。A型。現在は『くすぐる』(テレビ愛知)などにレギュラー出演中。
Twitter:@bling2sakura
▽齋藤健(さいとう・けん)
1959年6月14日生まれ。東京大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2009年に初当選。2017~18年に農林水産大臣を歴任。