格差・貧困問題に取り組み、メディアで積極的に発言をしている作家・雨宮処凛が、バンドやアイドルなどを愛でたり応援したりする“推し活”について深堀りするコラムシリーズ。4回目のテーマは、死刑囚と「推し活」。なぜこのようなテーマに至ったか、きっかけは2005年に始まった、死刑囚の絵画や文章が展示される「死刑囚表現展」だった。
彼らは獄中の中で一体どんな作品を制作しているのか? 生でそれらの作品を見て、作家・雨宮は衝撃を受けたという(前後編の後編)。文・雨宮処凛

【前編はこちら】死刑囚のイラスト展示に若者殺到、獄中作品から見えた秋葉原事件・加藤智大元死刑囚の心境の変遷

【写真】加藤智大ら死刑囚が描いたイラスト

「死刑囚表現展」に初めて行くまで、展示作品は、「写経」とか水墨画とか、事件への贖罪に満ちた文章だとか、そういうものだと私は勝手に思っていた。

しかし、初めて行った時、面食らった。そのような作品もあるにはある。が、他はカオス。きわどいヌードの絵があれば、お世辞にも上手いとは言えない自画像もある。また、昨年は、やたらと『鬼滅の刃』のイラストが多かった。「YOASOBI」の『夜を駆ける』の歌詞を描いたものもあった。このことに、私は衝撃を受けた。

死刑囚といえども、「こっち」のブームは届くのだ。私たちは同時代に生きているのだ、と。

また、不謹慎を承知で言うと、「推し活?」と思うような作品も多かった。

アイドルなのか芸能人なのか、女性を描いた作品。頑なに女性のヌードイラストばかりを描き、毎年応募し続ける死刑囚。

その中でも面食らったのが、寝屋川市中1男女殺害事件の溝上浩二(旧姓・山田)のものだ。加藤同様、ものすごい数のイラストを応募しているのだが、描いているのは『鬼滅の刃』をはじめとして、『呪術廻線』『SPY×FAMILY』『東京卍リベンジャーズ』などなど最新のアニメや漫画。一方、『ドラゴンボール』や『新世紀エヴァンゲリオン』『キャプテン翼』のイラストも描いている。

それだけではない。イラストの中には「乃木坂46」や「欅坂46」(現・櫻坂46)のメンバーもいれば、「BTS」の姿もある。そうかと思えば、86年に飛び降り自殺したアイドル・岡田有希子を描いたものもある。そう、溝上は決して若くなく、現在50代前半。50代でこのようなイラストばかり描くことには一種異様な感じを受ける。YOASOBIの歌詞を描いていたのもこの人だ。

ちなみにイラストは模写したかのように正確なのだが、「死刑囚表現展」の立ち上げに関わった評論家の太田昌国さんによると、獄中では本は購入可能、差し入れも一度に3冊までできるという。ということは、溝上は『少年ジャンプ』などを購読しているのだろう。

アイドルにも詳しいわけだが、死刑囚はDVDなどを自由に観られる環境にない。拘置所が指定したビデオリストの中から、処遇によって週に一度くらい観られるなどの規定になっているそうだ。そこにアイドルDVDはないだろうから雑誌のグラビアなどで見たのだろうか。YOASOBIの曲などは、ラジオで聴いたのでは、ということだ。ちなみに勝手に予測すると、今年の彼の応募作品には『【推しの子】』がありそうな気がする。

また、絵画作品の多くはカラーシャープで描かれているということも付け加えておきたい。21年まで色鉛筆が使えたのだが、鉛筆削りで自殺した死刑囚が出たため、法務省が訓令を改正。「保安上の理由」でカラーシャープしか使えなくなった。

さて、「死刑囚が推し活なんてしていいの?」と思う人もいるかもしれない。が、「死刑囚の心情の安定」というのが拘置所がもっとも重要視することである。それに資すると判断されればOKだ。なぜ、「心情の安定」が大切なのかと言えば、メンタルを病まず、自殺など決してさせず、心身ともに健康な状態で処刑することが拘置所側に課せられたもっとも重要な任務だからである。

さて、このような「推し活」的な作品がある一方で、事件の贖罪に満ちたものもある。

それは響野湾子の短歌。

「処殺さるる前にひとたび法廷に立ちたし遺族に叫び詫びたし」
「物思へば胸の闇よりあふれ出すあの夏の日の被害者の声」
「声を枯らし我が罪業を詫びたき日獄舎は重き静けさにあり」

また、今日こそが執行の日かと怯える様子が伝わる短歌もある。

「刑死無き御用納めの十時過ぎ我が吐く息の音に気づけり」

年末の仕事納めの日、午前10時を過ぎればもうこの日の執行はなく、休み明けまでの数日の命は保証される。確定死刑囚にとって、数日後に自分が生きていると確信できることなど滅多にない。

そんな響野湾子の死刑は、19年に執行されている。

ちなみに響野湾子という名前はペンネーム。性別は男性だ。表現展の応募者の中にはペンネームの人も少なくない。

「犯罪を犯した自分が、実名でこんな表現をしていることを遺族が知ったらどう思うか、ということで匿名にしている人もいます」と太田さん。

さて、「推し活」ということで言えば、我が師匠・見沢知廉さん(82年にスパイ粛清事件で懲役12年の判決を受けた)はよく、「12年の獄中生活を乗り切れたのは蘭ちゃんのおかげ」と言っていた。

「蘭ちゃん」とは、昭和のアイドル「キャンディーズ」の伊藤蘭(わからない人は周りの50代以上に聞こう)。逮捕前からファンだったそうで、見沢さんは刑務所にて、伊藤蘭のファンクラブ誌を購入していたという。

そんな見沢さんは刑務所に入ってから最初の3年間は雑居房にいたのだが、その後8年半を「反抗囚」として厳正独居で過ごしている。きっかけとなったのは、アイドルのグラビア。

灰色の刑務所生活の中、伊藤蘭のファンクラブ誌と並んで、それはかけがえのない慰めだったという。しかし、ある日突然刑務所の検閲が厳しくなり、それまでは見られたヌードや水着が閲読不許となってしまう。せっかく買ったグラビア誌に、べったりとスミが塗られることになってしまったのだ。

愕然としたのは見沢さんだけではない。刑務所は騒然とし、大学の法科出身だった見沢さんは他の囚人たちに「あんた法律には詳しいだろ。頼むよ、俺たちを代表して、これに抗議してくれないか」と泣きつかれたという。

これを受け、見沢さんは法令や判例を出しながら教育課長に猛抗議するという「グラビア闘争」を繰り広げたのだが、このことによって刑務所側から目の敵にされ、以降8年半、壮絶な嫌がらせや虐待を受けることとなる。

私はこの8年半が、見沢さんを徹底的に破壊したと思っている。そうしてその傷を癒す間もなく多忙な作家生活に入ったことが、彼の命を縮めたと思っている。

ただ、彼が「グラビア闘争」に必死になったのも、死刑囚表現展を見ていると改めて理解できる。囚人たちにとって、「推し」であるアイドルのグラビアや漫画のキャラクターを見ている瞬間が、唯一くらいに現実を忘れさせてくれる時間だということが伝わってくるからだ。

さて、死刑囚について書いてきた今回だが、死刑について賛否がある人もいるだろう。

一方、死刑について初めて関心を持ったという人がいたら、『弟を殺した彼と、僕』という本を勧めたい。保険金殺人事件で弟を殺された著者が、なぜ弟が殺されなければならなかったのかという思いから加害者である死刑囚・「長谷川君」と面会し、死刑の停止を求めるものの、死刑が執行されるまでの経緯を綴った貴重な本だ。被害者遺族として生きる中での苦悩と孤独にも圧倒される。

そしてもし、この原稿を読んで興味がわいたら「死刑囚表現展」にも足を運ぶといいだろう。今年は11月3~5日、松本治一郎記念会館にて開催予定だ。