四天王プロレスの一角を担って一時代を築いた田上明は、現在、妻の経営する『ステーキ居酒屋チャンプ』(茨城県つくば市)に常勤しながら余生を送っている。ノアの社長職を退いてからはほとんど表舞台に出る機会もなかったが、初の自伝『飄々と堂々と 田上明自伝』(竹書房)出版を機に封印していた過去を明かし始めているのだ。


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 2016年のノアの身売り劇では、丸藤正道や杉浦貴などといった他の役員が取締役を辞任したため、田上1人で団体の負債4億円を抱え込むことに。その結果、自己破産を余儀なくされ、宅配便業者で仕分けのアルバイトをしながら生活を立て直していたという。また18年には胃がん発覚から胃の全摘出手術も受け、ファンを大いに心配させた。

 ENTAME nextは渦中の田上をキャッチすることに成功。だが、いざ取材を始めると、本人は質問をのらりくらりと得意の“ぼやき節”でかわす。「よく覚えてないな。そのへんの細かいことは、こいつに聞いてよ」そう言って声をかけたのが店内にいた妻だった。その結果、“田上明の苦労話を、夫人から伺う”という異質のインタビューが成立した。前後編の後編では現在の田上の生活を中心に話を聞いた。(前編は下の関連記事からご覧ください)

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「このお店もね、プロレスファンの方がわざわざ遠くから足を運んでくださったりするんですよ。この前なんて、ドイツのデュセルドルフから来たという方もいましたし。嫌なら調理はしなくてもいいから、せめてファンの方と一緒に楽しく写真を撮ったり、当時の話をしてあげてほしいんです。
だけど実際は隅の席に座ってお酒を飲みながら“話しかけるなオーラ”を全開にしているものだから、そこで私としょっちゅう喧嘩になる(笑)」

 現役時代から無骨な男として知られていただけあって、スマートに愛想を振りまくことが苦手な様子のダイナミックT。しかしそんな朴訥としたキャラこそ、まさに田上の真骨頂ともいえる。「あんまりしつこくされると困るけど、応援していたって言われるとやっぱりうれしいよね」とはにかんだ。

「何をしたいとか、こうするつもりだとか、自分から能動的に動くことはまずしないんですよ。肉だって上手に捌けるくせに、『今からじゃもうできない』とかお客さんが来ているのに言うんですよね。何かあると、すぐ弱音を吐くわけです。ヤマト運輸での仕分けバイトにしたって、『家でゴロゴロしているくらいなら、短期でも働いてみたら?』って私が持ちかけた話で。とにかくまったくもって仕事をしたがらないので、ついつい私もキレてしまうんですよ」

 このあたりは力士時代から練習嫌いで知られていた田上の“ものぐさイズム”が、いまだ健在ということだろう。しかし愚痴をこぼしつつも、ファンやレスラー仲間に慕われ続ける田上の人望に対しては妻としても一目置いているようだ。

「不思議なんですけど、なぜか人には好かれるんですよね。松永さんもそうですし、ジャイアント馬場さんからもすごく可愛がってもらいました。ノアの社長になったときだってそうですよ。
当時はすでに団体経営が傾いていたから、正直言うと貧乏くじみたいなところもあったんです。小橋(建太)くんも断ったという話ですし。だけど後輩レスラーたちが次から次へ主人のところに電話してきて『田上さん、お願いします!』と頼んできたものだから、断るに断れなかった。

もっともここまで経営状態が悪化していとは、蓋を開けてみるまでわからなかったですけどね。お人好しと言われたらそれまでかもだけど、いまだに選手やOGが主人の顔を見に店に訪れてくれるし、人を惹きつける要素があるんだとは思います。昔から野望とか上昇志向が一切ない人だから、それで周りが安心するのかもしれませんね」

 ノアの負債・4億円を抱えて自己破産した際は、自宅や車などの個人資産をすべて処分することになった。幸い『チャンプ』は夫人名義だったため売却を免れたものの、文字通り田上自身は裸一貫の状態。さらに弱り目に祟り目で、18年には胃から大量出血があり緊急入院。ここで胃がんが発覚して、胃の全摘手術も行うことになる。

「選手や社長を辞めても何不自由なく生活できるって一部で書かれたことがあるんですけど、全然そんなことないですよ。ノアが身売りしたときも給料は出し続けるという話だったけど、実際は3回しかもらえなかったですし。本当だったら年金がもらえる年になったら隠居して、お店も週末だけやるくらいの計画でいたんですけど……。
ここに来て肉も値上がりしているし、神様もなかなか楽させてくれないなと(笑)。

私は主人がプロレスを始める前に結婚したし、選手として活躍すると姿にもまったく興味がなかったんです。でも主人の活躍によって勇気づけられた人が少なからずいたことは、このお店をやっていて非常によくわかりました。これからも主人と『チャンプ』の応援をよろしくお願いします!」

 これだけ献身的に支えてくれる奥さんに対して感謝の言葉はないのか? そう田上に話を振ると、「ねぇよ。目の前にいるから照れ臭いし、言葉にしたら弱みを握られることになるからな」と苦笑いする。

それでも昔から応援してくれているファンに向けては「身体もボロボロだけど、なんとかこの土地でやっていることを知ってもらいたいな。すでに起こってしまったことは後悔しても仕方ないし、粛々と毎日を過ごしていますよ」と控え目ながら前向きな言葉を口にしていた。

【前編はこちら】自己破産、胃がん…60歳目前の危機を乗り越えた田上明…それを支え続けた妻の独白
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