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一度、止まっていた時計の針がやっと動きはじめた。
兒玉遥、復帰。
2017年の冬からステージを離れていた彼女は、1年数カ月の休養期間を経て、芸能界へ戻ってきた。
2011年に1期生としてHKT48に加入した兒玉遥は、初代センターとしてグループを牽引。『はるっぴ』の愛称でファンに親しまれ、AKB48選抜総選挙では9位に輝くなど、グループの枠を超えて活躍してきた。数多くの雑誌表紙を飾ったこともある、トップアイドルだった。
それだけにファンも「アイドルとしての帰還」を待っていた人も多かったし、そうやって待っていてくれる人たちの支えを、兒玉自身、ありがたく感じていた。
でも、ギリギリまで悩んだ末、彼女はアイドルとしてではなく、女優として舞台に上がることを選択した。
「待っていてくださるファンの方もいるし、仲のいいメンバーもいてくれるから、アイドルとしてグループに戻るのが、本当は一番よかったんだと思います。
でも、それって私にとって『甘え』にしかならないんですよ。
お別れ公演もなく卒業してしまったことにがっかりしたファンも多いかもしれないが、彼女が「甘え」を拒絶した以上、一瞬でもアイドルに戻ってしまったら、次の一歩を踏み出すのに、いろいろと支障をきたしてしまっていたかもしれない。
だから、兒玉遥はまっすぐ前に、新しい道を進むことに決めた。
「復帰するにあたって、というか、今年の私のテーマは『自立』なんですよ。
今までは本当に周りに甘えていたというか、集団で動いていたので、恵まれた環境にいたんですよね。
ほとんどドアtoドアで仕事の現場まで送ってもらえて、現場に行けば衣装もあるし、お弁当だってある。自分は動くだけでよかったんですよ。それってすごく贅沢なことじゃないですか?
それに常にメンバーが周りにいてくれた。メンバーは分かってくれているじゃないですか、私のことを。こうやって取材を受けるときも『はるっぴはこういうの苦手だよね』って、他のメンバーがどんどん前に出てしゃべってくれたりもした。
そうやって頼ってばかりじゃダメだな、と思ってはいたんですけど、いつのまにかメンバーの優しさに甘えている自分がいたんですよ。
でも、これからは全部、自分1人でやっていかなくちゃいけない。だから『自立』しなくちゃいけないんですよ、私は。
もちろんマネージャーさんやスタッフのみなさんに支えていただいて、初めてお仕事ができるんですけど、少しずつ『自分のお世話は自分でする』ことを意識しながら活動しているんですよ。
たとえば、ちょっとした移動は1人で電車に乗ったりもしてますよ。今まで、そんなことをしたことがなかったので、自分で乗り換え方を調べて、自動改札をピッ! って通るのは、それだけですごく新鮮です。うふふふ!」
15歳でこの世界に飛び込み、いきなり第一線で活躍することになったので、彼女には「普通の生活」という経験値が欠けている部分がある。
これから女優として、いろいろな役を演じていく上で、それはマイナスになってしまう。復帰する前に「普通の生活」を体感できていることは、非常に大きなことだ。
ここでハッと気がついた。
インタビューをしている部屋の壁にかけられた時計と、兒玉遥の息遣いがしっかりとリンクしている。
冒頭で「一度、止まっていた時計の針がやっと動きはじめた」と書いたが、それはここで撤回しなくてはいけない。
彼女の時計の針は、一度も止まっていない。
ただ、本当に忙しかった時期は秒針がものすごいスピードで回転していたり、すべての針がめちゃくちゃに動いているように感じることもあった。
それが今、世の中の流れと同じテンポで時を刻みはじめ、彼女もそのテンポで歩いている。
「本当に心身ともに健康になったし、ありがたいことに、こうやってゆっくりとしたペースで復帰させていただくこともできました。
だから、まだ女優としてやっていく、という実感はあんまりないんですよ(このインタビューは7月25日に収録)。8月になって舞台のお稽古が本格的にスタートしたら、スイッチも入ると思うし、この記事を読んでくださっている方にも、そういう動きをもっとお伝えしたいので、これからはSNSや動画で私からどんどん配信していきたいと思っています。今の段階では実感がないって言ってますけど、この本が出るころには(※インタビューの初出は『月刊エンタメ』10月号)、もう稽古がはじまって、また違う感情が生まれていると思うので」
これまで彼女は、あまりSNSなどでの発信が得意な方ではなかった。真面目すぎるがゆえに「くつろぎながら配信する」ことに抵抗がある、と当時から彼女は言っていた。
「そもそも使い方がよく分からないんですよ(苦笑)。今の若い子たちは、そのあたり、よく分かっているじゃないですか? でも、私たちの世代はこの仕事をはじめてから、どんどん、そういうものが発達していったから、完全に時代から取り残されていってしまいました(笑)。
でも、これも『自立』の1つだと思うんですけど、私はファンのみなさんとの距離を今までより遠いものにはしたくないんですよ。
握手会はなくなっちゃいましたけど、これからも定期的にファンの方と交流できるイベントを開催していきたいと思っているし、すぐにできることとして、どんどん発信していきたいなって。
あと、最近、コスメにすごく興味があるので、女の子向けに美容についての動画なんかもどんどん配信できたらいいなって思っています。
アイドルじゃなくなっても、はるっぴははるっぴなので! みなさんにはいままで通り『はるっぴ!』って呼んでもらいたいし、こうやってインタビューを受けるときに、よく『新しい自分をアピールしてください』って言われるんですけど、人間って、そう簡単に中身は変わらないんですよね(苦笑)。
だから素の部分は今まで通り。新しい部分とか、変化っていうのは、これから舞台でお見せできたらいいな、と思います」
9月13日から舞台「私に会いに来て」が開幕する(9月16日まで東京・新国立劇場 小劇場にて。9月19日から20日まで、大阪・サンケイホールプリーゼにて公演)。
この舞台で彼女は女性記者の役を演じる。いままで経験したことのない役柄を「現実の私とはギャップだらけ!」と評する。
これまでもたくさんドラマには出演してきたが、基本的には48グループのメンバーに囲まれての演技で、そこに数人、プロの役者さんが加わるという座組みになっていた。
だが、今回は当然のことながら、全員が初共演となる役者さんたちばかり。ここでも甘えは許されない。
「私、人見知りなんですけど、もうそんなことも言ってられないので、自分からグイグイ、コミュニケーションをとっていきます!
本当にいつもの私とは全然、違う役柄なので、ファンの方はそのギャップだけで楽しめると思うんですけど、初めて私を見てくださる方も多いと思うので……ここで評価していただけないと、次につながってはいかないので、丁寧にしっかりと演じていきたいな、と思います」
そもそも彼女は「マルチタレントになりたい」という夢を掲げていた。今でもその夢に変わりはなく、基本的には女優業をメインにしながら、いずれはいろんな仕事にチャレンジしていきたい、という。
「1つの夢として、やっぱり華やかなレッドカーペットを歩いてみたい、というのがあるので、映画にも出てみたいなって思うし、お話があれば歌も唄っていきたいです。
あと、ピンポイントな話になっちゃうんですけど、今までやったことがない『1人で外ロケ』をテレビでやってみたいんですよ。所ジョージさんの『笑ってコラえて!』(日本テレビ)で『朝までハシゴの旅』ってコーナーがあるじゃないですか。あれに出てみたいんですよ。
お酒は強いのかどうか、自分でも分からないんですよね。めちゃくちゃ酔っぱらった経験がないので。でも、朝まで飲みながら、ずっとおしゃべりしているのは好きなので、いつか絶対に出たいです!」
最後にいささか失礼だが、ファンも多いに気になっているであろうことを聞いてみた。兒玉遥といえば、その「滑舌」がキャラになるほど有名だが、女優業をやる上で大丈夫?
「大丈夫です! ちゃんとボイストレーニングも受ける予定だし、もともとセリフさえいただければ、私、滑舌、大丈夫なんですよ、アハハハ。本当かどうかは舞台を観に来ていただいて、確認してください」
令和元年9月13日。
兒玉遥の歴史は新しい幕を開ける。
▽兒玉遥(こだま・はるか)
1996年9月19日生まれ、福岡県出身。158センチ。O型。
舞台「私に会いに来て」
2019年9月13日(金)~16日(月・祝)/東京都 新国立劇場 小劇場
2019年9月19日(木)・20日(金)/大阪府 サンケイホールブリーゼ