【関連写真】号泣するスズ子を抱きしめる六郎、姉弟愛あふれる感動シーン【5点】
スズ子の唯一の姉弟として描かれた六郎は、思ったことはすぐに口に出す素直さを持つ、それはそれは純粋無垢な少年だった。これまで、スズ子の親友・タイ子(子役:清水胡桃)の好きな男の子をバラしたり、スズ子に「本当の姉弟ではないかもしれない」と言ったりとヒヤヒヤさせられる場面もあったが、それすらも可愛く思えてくるほど、とにかくピュアで愛らしい。それでいて、時に勘が鋭く、真実を見抜いたような発言に驚かされることもあった。
そんな六郎は、姉・スズ子のことをとても信頼していたように思う。スズ子が香川で自分が花田家の本当の子ではないと知り号泣していたとき、真剣な顔でスズ子を抱きしめた六郎の姿には、なんていい子に育ったのか…と親目線で見守った視聴者も多くいたことだろう。また、スズ子が六郎に「香川であったことは父ちゃんと母ちゃんには内緒に」と言いつけた場面を覚えているだろうか。六郎がバラしてしまうのではないか、と心配する声もあったが、六郎は最後までスズ子との約束を守り抜いた(下宿先の食卓でポロリと言いかけたのはセーフにしたい)。
さらに、赤紙が届き喜んでいた六郎が、スズ子にだけ「死ぬのが怖い」と本音を打ち明けていたことからも、姉への信頼度の高さがうかがえる。これまで亀以外に友達と呼べる存在が出てこなかった六郎にとっては、姉であるスズ子が唯一心を開いて話せる相手だったのかもしれない。
そんな六郎の戦地での様子は、物語では一切描かれることはなかった。時たまスズ子と梅吉に手紙が届いていたが「亀が亀が」と亀の心配ばかりしていて、今どんな思いでいるのか、元気で過ごしているのかなど、六郎自身のことは何も綴られていなかった。六郎の死についても細かい描写はなく、役場の人間が持ってきた紙切れ一枚だけで戦死が知らされた。だが、どんな残酷な死の場面よりも、”紙切れ一枚”の方が、当時、兵士の死が当たり前の日常であったというリアルさが伝わるひと場面でもあったように思う。
六郎の戦死を知り、スズ子はこれまでのように歌えなくなってしまった。「六郎のことやら色々浮かんで、喉が詰まるんです」と羽鳥善一(草彅剛)に打ち明けたスズ子の表情は、歌手としての人生を諦めようと覚悟しているようにも見える。そこで羽鳥がスズ子に手渡したのが『大空の弟』の楽譜であった。『大空の弟』は週タイトルでもあり、六郎の死を示唆しているものと思われていたが、まさかスズ子の新曲タイトルであったとは、誰も予想していなかっただろう。
そして第49回で、スズ子は茨田りつ子(菊地凛子)との合同コンサートで『大空の弟』を披露した。柔らかなピアノの旋律と「かねてより我らを苦しめた 憎い顔した敵軍ども」から始まる歌詞からは、優しく朗らかな六郎の姿と、そんな六郎を亡き者とした戦争への憎しみや怒りが伝わってくる。続けて「ラジオや新聞に もしや六郎の部隊の名が書いてないかと」「○○○ではわからない」と、届く手紙は伏せ字だらけで六郎の居場所が分からないもどかしさも込められていた。
1番の歌詞には「○○部隊 六郎より」と、六郎からの手紙を思わせる描写があり、2番では「いつもあなたのお話ばかり」「遠い戦地を忍ぶごと あつい感謝に泣けている」とそれにスズ子が返事をするように書かれている。
この『大空の弟』は、昭和10年(1938年)に羽鳥善一のモデルとなった服部良一によって作られた一曲。長らく曲名しか残されていないとされていたが、2019年に服部家の楽譜庫に眠っていた楽譜が見つかった。楽譜はひどく傷んだ状態だったようで、ところどころしか読み取れなかったという。
実際の歌詞は、劇中で披露された歌詞よりも過激な言葉が並んでいたことから、『ブギウギ』プロデューサー・橋爪國臣のXより「ドラマに合わせて少しだけ歌詞をアレンジしています」と歌詞の変更が明らかにされている。『大空の弟』は笠置シヅ子の数少ない”軍歌”とされているが、軍歌と一言で言い表せないほどに、戦争で弟を失った、恐ろしさ、悲しみ、やるせなさ、…そんなあまりにも悲痛な思いが込められている曲である。
『大空の弟』は、2019年に公演された笠置シヅ子の歩みを描いた舞台「SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE ~ハイヒールとつけまつげ~」で披露されているが、ほとんどの人が今回『ブギウギ』でこの曲の存在を知ったことだろう。これまで秘められていた『大空の弟』が、このような形で全国区へ解き放たれたことは、笠置シヅ子の歴史上において大きな出来事であったに違いない。
スズ子の歌声は時を超えて、令和の時代を生きる私たちに戦争の残酷さを語りかけてくれた。我々視聴者は、当時どれだけの人が”大空”の兄、夫、父、恋人らに思いを寄せて『大空の弟』を聞いていたのか、もう一度深く考えなければならないだろう。
【あわせて読む】『金八先生』から朝ドラ『ブギウギ』主演まで…新時代の演技派女優・趣里のキャリアを辿る