11月17日から公開が始まったアニメーション映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』が、口コミで大ヒットを記録している。SNS上では「ゲ謎」という略称が広まり、興行収入が3週にわたって右肩上がりを描く異例の事態も話題を呼んだ。
この熱気は一体どこに由来しているのだろうか。

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同映画は、TVアニメシリーズ『ゲゲゲの鬼太郎』の第6期と世界観を共有した作品。しかしこれまでアニメや原作で描かれたことがなかった、“鬼太郎の誕生前夜”に迫った内容となっている。いわば「ゲゲゲの鬼太郎オリジン」とでも呼ぶべき野心作だ。

そこで物語の主役に据えられたのが、「鬼太郎の父」と水木という2人の男。鬼太郎の父といえば目玉おやじだが、今回描かれたのは彼が人間だった頃の話なので、よく知られるマスコットキャラクターのような姿ではない。
劇中では、とあるきっかけから「ゲゲ郎」という愛称で呼ばれることになる。

他方で水木は、原作『ゲゲゲの鬼太郎』やその前身となる『墓場鬼太郎』から登場していたキャラクターだった。原作では血液銀行に勤務するサラリーマンにして、後に鬼太郎の“育ての親”となる人物だが、このあたりの設定が同映画にも上手く取り入れられている。

大まかなプロットとしては、昭和31年の哭倉村(なぐらむら)という呪われた地でゲゲ郎と水木が出会い、邪悪な一族と対峙していくという流れ。一言で説明すると、和風ホラーの世界観で繰り広げられる「バディもの」だ。

定番のジャンルではあるものの、その完成度はきわめて高い。
最初は険悪な雰囲気から始まりつつも、徐々に仲が進展していく王道の展開となっており、「バディもの」として観客から期待されるものを完璧に表現している。

キャラクターの設定も魅力的で、一方の水木は出世欲に駆られたリアリストの典型のような人物。他方でゲゲ郎は、“見えないものが見える”とうそぶく浮世離れした存在であり、対照的な描き方だ。しかし水木は戦時中、兵隊として地獄を見た過去があり、ゲゲ郎も幽霊族の末裔として重い宿命を背負っている。表面的には正反対でありながらも、底の部分では共鳴する部分があるという、巧みな構図と言えるだろう。

こうした設定はほとんど同映画のオリジナルなので、『ゲゲゲの鬼太郎』に関する予備知識がない人でも問題なく楽しめる。
だからこそ水木とゲゲ郎の“関係性”に魅了されるファンが続出し、その評判を聞いた人が新たに劇場へと足を運ぶ……というポジティブな連鎖が起きたのではないだろうか。

さらに口コミ人気が爆発した理由は、心をえぐられるようなハードな展開とも無関係ではないはずだ。

お主、死相が出ておるぞ──。これは同作の序盤に飛び出す、物語の本格的な幕開けを告げるセリフだ。いかにも不気味な雰囲気だが、ただのこけおどしではなく、劇中では“地獄絵図”と言いたくなるような光景が繰り広げられる。

舞台となる哭倉村は、近代社会から取り残された独自のルールで動いており、法や人権が成立しているかどうかすら怪しい。
その土地を牛耳るのは、日本の政財界を裏で操っているという龍賀一族。当主・時貞の死によって、跡継ぎをめぐる醜い争いが始まり、その矢先に村の神社で斬殺事件が勃発する……。

まるで『犬神家の一族』などの横溝正史作品を髣髴とさせる導入だ。実際に序盤はミステリー仕立てのストーリーとなっており、その後はおどろおどろしい惨劇が繰り広げられていく。PG12の年齢制限が設定されており、グロテスクな描写も多いのだが、それよりも精神的な部分で絶望を味わわせてくる。ファミリー向けアニメと侮ってかかると、間違いなく後悔することになるだろう。


人はあまりに大きな衝撃を受けると、それを誰かと共有したくなるもの。ここ数年、SNS上で『呪詛』や『ミッドサマー』といったホラー映画が口コミで人気を博したが、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』もある意味同じ方向性でのヒットと言えるかもしれない。

とはいえ、同映画は決して『ゲゲゲの鬼太郎』の世界観を壊すストーリーではない。むしろ原作のさまざまな要素を回収している上、原作者・水木しげる氏への深いリスペクトを感じさせる出来となっている。それにもかかわらず、原作を知らない人々が全力で楽しめる内容に仕上がっていることに、驚かされるほかない。

ぜひ劇場まで足を運んで、その感想を人と語り合ってほしい。


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