【写真】若い妻の不倫を心配する男…『サン、セバスチャンへようこそ』場面写真【13点】
そのため少しメタ的な要素もある。それでいて映画業界への皮肉をぐちぐちと言っている内容ということもあり、現地で観た場合は、より身近なものとして感じられたのかもしれない。言ってしまえば内輪ノリの強い作品ではあるがそれもウディ作品の良さともいえる。
ウディ・アレンといえば、映画界の皮肉屋。常に自分自信の女性関係や生活環境、そして映画業界などに対しての皮肉というよりも、一方的視点からの愚痴というべきだろうか、作品を通して愚痴を描き続けてきた。実際にウディ自身が主演を務めることもあれば、役者に演じさせることもあったりするが、全体的な構造はいつも同じである。
それが良いと感じるか、もしくは老人の個人的愚痴を聞かされているだけと思うのかは、人それぞれである。時代にそぐわない男尊女卑な部分は実際にあるため、その点も好みは別れるだろうが、それもウディの個人的視点や妄想の映像化と思えば、あくまで個性として楽しむことができた。
ところがハーベイ・ワインスタインの性加害問題への告発をきっかけとして強化された「#MeToo」運動の影響によって、過去のパワハラや性加害問題が明るみとなった。ウディは事実でないと反論しているものの、世間からの評価と、これまでの作品、そして未来に作られる作品への影響は大きく、あくまで作家性と捉えられていたウディの描く女性への視点がフィクションとして観られなくなってしまった部分はどうしてもあるため、ウディの作家性としては絶望的ともいえる。
例えば、ウディにとっては珍しく、セレーナ・ゴメスやティモシー・シャラメといった、ティーンムービーのような若者うけするキャスティングで現代社会のフラットな恋愛観や価値観を描いた『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(2020)もその影響を避けられず、アメリカでは公開中止となってしまった。実際に映画業界の権力者による性加害を連想させるようなシーンもあったり、出演者が出演を後悔する発言をしたりで、もはや恋愛映画、とくに映画業界を舞台としたものは、かなりアウェーな状態となることが避けられないのが現状である。
そんななかで制作されたのが、今作であるが、こともあろうか今作も映画業界を舞台とした作品となっているのは驚かされる。
描き方としては、ある程度の配慮があるように感じられるものの、若い妻をもつ男が、妻の不倫を心配しているが、妻の心を留めさせるだけの材料がもはや自分のなかには無いと感じている。そんな老人の奮闘をコミカルに描きながらも、自身も新しい恋の可能性にシフトしていこうとする身勝手さ。いつまで経っても男は本能に従う生き物で、常に自分が中心に世界が回っているかのような錯覚をしているウディの作家性が強く反映された作品といえるだろう。
そのなかで『市民ケーン』『81/2』『突然炎のごとく』『男と女』『勝手にしやがれ』『仮面/ペルソナ』『野いちご』『皆殺しの天使』『第七の封印』といった名作、ヨーロッパ映画へのオマージュも含まれているが、熱量としては不足しているように感じられる。というより世界が自分中心という視点を助長するのに使われているようにも思えてしまうのだから、一度付いたイメージが作品全体の視点を変えさせてしまう恐ろしさすら感じてしまった。
ちなみに去年公開された新作『Coup de chance』もフランスが舞台となっていることからも、アメリカを舞台とした恋愛映画はしばらく撮ることが難しいのだろう。しかし、ウディの作品を観ていると、こちらも独自の視点から恋愛映画を撮り続けるスタンスであることは伝わってくる。
たとえ時代にそぐわないとしても、それがウディの信念で作家性だと思う側面があるのも確か。ウディ作品のファンはそれを求めているが、時代がそれを求めていない。そんな絶妙で極端な位置にある作家性のウディが、今後どのような作品を撮っていくかは、気になるところではあるが……。
【ストーリー】
かつて大学で映画を教えていたモート・リフキンは、今は人生初の小説の執筆に取り組んでいる熟年のニューヨーカー。
【クレジット】
脚本・監督:ウディ・アレン
出演:ウォーレス・ショーン、ジーナ・ガーション、ルイ・ガレル エレナ・アナヤ、セルジ・ロペス、クリストフ・ヴァルツほか
2020年/92分/スペイン・アメリカ・イタリア
英語・スペイン語・スウェーデン語
原題:Rifkin’s Festival
日本語字幕:松岡葉子
提供:ロングライド、松竹
配給:ロングライド
2024年1月19日新宿ピカデリーほか全国公開中
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