【関連写真】初登場時、まだまだ初々しい大学生だった愛助(水上恒司)
スズ子と愛助が出会ったのは、愛知県のとある劇場だった。この頃、「福来スズ子とその楽団」は戦争の影響でなかなか公演ができず、地方巡業に勤しんでいたのだ。大人に連れられてスズ子の楽屋にやって来た愛助は、まだ幼い顔つきの大学生。東京の大学から大阪に帰る道すがらに立ち寄った愛知で、まさかスズ子と話ができるとは夢にも思っていなかっただろう。
たまたま宿泊する宿が同じだったスズ子と愛助は、スズ子の一声で一緒に食事をすることに。思わぬ展開に箸が進まない愛助と、「六郎に似ている」と少し意識するスズ子。ここで二人の恋が始まるのか…?と思いきや、翌朝愛助は先に宿を出てしまっていた。
その後、二人は帰りの汽車でも同じになるという偶然を重ね「愛助が立て替えてくれていた宿代を返す」という名目で住所を交換。汽車の中で愛助が大手演芸会社・村山興行の息子ということが明らかになったが、愛助は謙虚な姿勢を貫き続け、スズ子も愛助への好感を募らせていった。
ところが、ここから愛助の猛烈アプローチがスタート。スズ子の実家・はな湯に行って「スズ子さんの原点を感じました」とスズ子に手紙を送ったり、「いい蓄音機があるから」と家に誘ったり…。スイッチが入ると一気に雄弁になり、本人の前でスズ子の素晴らしさを語る愛助の姿は、今の言葉でいう”強火オタク”であった。
また、裕福な家庭に育ったことを隠し「ちやほやされるのは嫌」と言っていたはずの愛助が、”ここぞ”というときに高価な蓄音機を出汁にしてスズ子を家に誘ったというのが何とも大学生らしくて可愛らしい。それにホイホイとついて行ったスズ子も、どこかで距離を縮めるきっかけを探していたのかもしれない。
憧れの”福来さん”から大切な人へ、”六郎に似ている男の子”から大好きな人へ…二人の感情が少しずつ変化していく様子は、じれったくも甘酸っぱく、見ているこちらもドキドキしてしまった。スズ子は、「自分よりも10歳も若い村山のお坊ちゃんと付き合うなんて」と思っていたかもしれないが、愛助も愛助で「あの大スター・福来スズ子と自分が…」と思っていたに違いない。
愛助の滋養のために二人が住み始めた三鷹の家では、スズ子と愛助の生活の様子が丁寧に描かれた。
向かい合う相手がいない孤独、空虚、不安…スズ子だけではなく、ずっと二人の生活を見守ってきた家そのものから、悲痛な叫びが聞こえてきていた。愛助がいないあの家は電球がプツリと消えてしまったように暗く、スズ子の心の明かりも消えてしまったように見えた。そう感じたのは、愛助がいつも半歩先でスズ子の足元を照らしてくれていたからではないだろうか。
村山興行の未来を背負うはずだった愛助は、経営者としての才能でもある”半歩先を見る力”を持っていたように思う。それは簡単に培われるものではなく、よく人を観察し、想像し、行動する3つの力がなければ成立しない。愛助の半歩先を見る力は、これまで沢山スズ子の笑顔を引き出してきた。
愛助とスズ子が出会った日のことを思い出してみてほしい。お金を失くした小夜(富田望生)に泥棒疑惑をかけられていた愛助は、次の日の朝にスズ子たちの宿代の半分を支払っていた。いくら愛助が裕福とは言え、誰にでもできる行動ではないだろう。
夕飯に誘ってくれたことへのお礼の気持ちもあったかもしれないが「宿を出るときに福来さんが困るかもしれない」と、想像力を働かせた上での行動だったに違いない。
また、スズ子が「愛助にふさわしくない」と散々言われていた状況下で、自分が「ふさわしい男になります」と告白した優しさ、器の大きさにも驚いた。坂口(黒田有)に愛助と別れるように迫られても強気に振る舞っていたスズ子だったが、多少なりとも恋心が傷ついたこともあっただろう。スズ子の心情を知ってか知らずか、自分が変わってみせると宣言した愛助の力強い目は、今でも記憶に残っている。
小夜とサム(ジャック・ケネディ)の結婚に反対するスズ子をなだめる姿も印象的だった。「認められるわけないやろ!」と感情をぶつけるスズ子に、小夜が自分とスズ子の交際を反対していたときのことを持ち出し「考え直してあげたらどうや」と声をかけた愛助。
スズ子の気持ちに寄り添いながらそっと背中を押したり、先回りをしてサムの気持ちを聞きに行ったりと、常に先を見てさりげなくスズ子をアシストしていたのだ。
愛助の半歩先を読む力は、自分の体調が思わしくなくなってからも変わらなかった。トミが愛助を大阪に連れ帰ると言い出したとき、トミは「スズ子は用無し」とでも言いたげに話を進めていた。落ち込みを隠せないスズ子に愛助がかけた言葉は「甘いもん食べたいわ、おはぎとか」だった。スズ子は、愛助のためならと闇市に砂糖を買いに行き、一生懸命おはぎを作って愛助に食べさせた。
この愛助の可愛いリクエストは、スズ子が「自分にできることは何もない」と自分を責めぬようにという気遣いから出たのではないだろうか。「スズ子さんにおはぎを作ってもらった」「愛助におはぎを作ってあげた」という分かりやすい”尽くし尽くされた”経験は、どんなに些細な事でも心を満たしてくれるものだ。
さらに、これが「おはぎ」だったことにも意味がある。次の日、トミが愛助に持ってきた見舞いの品もおはぎだったのだ。愛助にとっておはぎは”家族”の思い出の味。これは「スズ子と結婚をしたい」という愛助の強い願いが込められたリクエストでもあったのかもしれない。
愛助が突然誘ったことで決まった箱根旅行も、先見性が際立っていた出来事の一つだ。愛助もスズ子も、これが一緒に過ごす最後の時間になるとは思ってもいなかっただろう。だが、スズ子の記憶の中にいる最後の愛助の姿が、病室で苦しむ姿ではなく無邪気に走り回る姿であったことは、一つの救いになったかもしれない。
スズ子が箱根で撮った愛助の写真は、今も仏壇に置かれている。スズ子の中で笑顔の愛助が居続けられているのは、愛助の「一緒に旅行せえへんか」という提案があったからこそだろう。
最後の最後まで、スズ子を心配させないように「体調が良くなってきました」「もうすぐ帰れると思います」と優しいウソをつき続けた愛助。
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