インドでは麻薬取引きや人身売買、性加害といった社会問題を多く抱えており、そういったものを題材としたサスペンスやスリラーが年々多く制作されてきている。これらは決してインドだけに限られた問題ではなく、現代社会に生きる誰しもに通じるテーマでもある。
Netflixで配信が開始された『バクシャク -犯罪の告発-』では、児童保護施設での女児虐待というおぞましい事件が隠蔽されていることを知った、地元の報道記者が真相を追う…。

日本においてインド映画というと、劇場で公開されるエンタメ性が高いものばかりを想像するが、配信作品では、毎週のようにサスペンスやスリラーが配信されている。インド本国はもちろん、アメリカやヨーロッパと比べれば、まだまだ観られる作品は限られているが、それでもいくつかの作品は日本では観ることができる。しかし、配信系作品はあまり話題にならず勿体ない。

日本で公開されたことのある作品でいうと、ラーニー・ムケルジー主演の『女戦士』(2014)やNetflixで配信されている『ソニ』(2018)などもそうだ。

レーティングに縛られることがあまりなく、表現の幅が広い配信作品にこそ、実はインドの世界に伝えたい”今”が詰まっているのだから、もう少し目を向けてもらいたいものだ。

闇に埋もれていた犯罪を告発するような内容の作品が増えた大きな要因としては、インターネットの普及によって、声をあげることのできる場が確立されたことが大きい。

『バクシャク -犯罪の告発-』では、世間を揺るがすほどの重大な事件を扱っているというのに、知名度の無い弱小局の報道記者ゆえに、伝わらない苦悩が描かれているのも印象的であった。

知名度やエンタメ性が重要視され、発信力が無い地方や弱小メディアの報道は見過ごされてしまっている。そんな事件もあるということにも気づいてもらいたい、ひとりひとりが気づく力を付けることが必要とされる、そんな情報社会に対するメッセージも込められられているのだ。

ただ、例えエンタメ性の高いニュースの場合であっても、一時は騒がれるものの、そのうち何事もなかったかのようになってしまう。

根本的な問題や、そこにいたる負のサイクルや社会構造やシステムについては掘り下げられず、また同じような事件が起きたときには騒ぐだけの繰り返し、そんな実情にも警鐘を鳴らす。
多くの人は見たくないもの、知りたくないものには蓋をしてしまう。それが現実という強烈な社会風刺でもある。

その点では、角度としては全く違うが、Netflixで去年の12月から配信開始された『そして、見失ったのは』にも多少通じるものがある。

『バクシャク -犯罪の告発-』は、特定の児童虐待や性虐待だけについて触れた作品ではなく、同時にSNSで簡単に他人と繋がれる時代になったというのに、人々の心は離れているということや、インドにおける女性の地位の変化と、その現在地ついても触れている。

そのため少し詰め込み過ぎていて、要点が見えなくなる部分も多少あるかもしれないが、現代人が改めて考えるべき様々なテーマが凝縮されているといえるし、多角的に観ることのできる作品だ。

そして主人公のヴァイシャリは、監督のプルキット自身の想いが強く反映されたキャラクターともいえる。

ヴァイシャリは、規制の多い大手企業から転職し、弱小局で人材と資金不足もあって、記者兼キャスターとして働いている。

自分が想い描いたジャーナリスト像とはかけ離れた、ご近所トラブルや若者の就職問題といったものばかりを報道するなかで、情報屋からとてつもないスクープを持ちかけられる。はじめは半信半疑ではあるが、次第に自身のなかにあるジャーナリズムとは何かに向き合っていくことになる。

大きなスクープをあげたいという野心もあるが、それ以上に彼女を突き動かすのは、正義と真実を求めているからであり、それこそがプルキット監督自身の想いを反映させている部分もあるのだ。

今作の舞台となっているのは、ビハール州のムナッワルプルというムザッファルプルをもじったような架空のものではあるが、描かれていることには、いくつかもモデルが存在している。

ただ政治家や政府機関、警察の汚職なども描かれていることから、さすがに実在の場所を舞台とするのは難しかったのかもしれない。
それでもプルキット監督の想いというのは十分に伝わってくるはず。

プルキットといえば、チャンドラ・ボーズの伝記ドラマ『Bose: Dead/Alive』の全9話のうち7話分を監督して話題になったことも記憶に新しいが、2021年から撮影が開始されている『Dedh Bigha Zameen』も待機中と、社会派な作品を手掛けるクリエイターとして期待できる存在だ。

また一方的な視点のフェミニズム映画にならないように配慮もされている。

プルキットの長編初監督作品『置き去り』(2016)は、突然妻が失踪した男の視点から描かれるサスペンスであった。これは固定概念から脱することができない象徴的な男性像の心境をミステリーとして反映させたものであったが、今作のなかに登場する主人公ヴァイシャリの夫も、そういった一面がある。

しかしその一方で、理解者になれるだけの余地があることも同時に示しており、男性のなかでも少しずつ変わりつつある、変われる可能性があることを直接的ではないが示している。

さらにキャスティングへの拘りも強く感じられる。プルキットの想いを反映させられるだけの演技派な役者たちが集められているのだ。

主演のブーミー・ペードネーカルは、コメディもシリアスな人間ドラマのどちらでも存在感を発揮する演技派女優として知られている。『Toilet - Ek Prem Katha』(2017)や『ドリーとキティ ~輝け人生!~』(2019)などを通して、自己主張の大切さを体現してきた。

一方、後半から登場するムナッワルプル初の女性警視正ジャスミート役サイー・タームハンカルは、もともとマラーティー語映画の女優として知られており2月に公開されたコメディ映画『Sridevi Prasanna』も高い評価を受けているが、近年は『MiMi』(2021)や『India Lockdown』(2022)などのヒンディー語映画にも多く出演しており、同じく演技派女優として注目されている。

このふたりの女優は、保守的な女性像ではなく、自立した強い女性像を体現することが多く、固定概念を打ち崩した女優として評価されている。
今回のテーマにもうってつけではあるが、作品内だけでは完結できない問題を扱っていることもあり、そのもどかしさと同時に未来への希望をこのふたりの女優の演技に任されているようにも感じられた。

そのほかにも、舞台女優として活躍してきたタニシャ・メータにとって初の映画出演となったが、存在感のある演技をみせている。

そして新たな一面をみせたのは、サンジャイ・ミシュラーだ。サンジャイといえば、インドでは名バイプレイヤーとして知られ、『勇者は再び巡り会う』(2015)や『サーカス』(2022)などのローヒト・シェッティ監督作品でもお馴染みの俳優ではあるが、ローヒトの作品のなかではコメディリリーフとしての役割が多い。

しかしその一方で、近年は『Guthlee Ladoo』や短編の『Giddh: The Scavenger』のように歳を重ねた男の孤独感や過去への罪悪感などを表現するのが上手い俳優としても評価されており、今作においても主人公の良き理解者であり、コミカルさを完全に殺さない程度の渋さをみせており、改めて俳優として評価できる演技だったといえるだろう。

【ストーリー】
児童保護施設での女児虐待というおぞましい事件が隠蔽されていることを知った、地元の報道記者ヴァイシャリ。日の目を見ず苦労していた彼女は、執ように真相を追いはじめる…….。

【クレジット】
監督:プルキット
出演:ブーミー・ペードネーカル、サイー・タームハンカル、サンジャイ・ミシュラー、タニシャ・メータほか
2月9日よりNetflixで独占配信中

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