* * *
去る10月31日、「AKB48グループ歌唱力No.1決定戦」第2回決勝大会が開催された。135人ものメンバーが参加した予選を勝ち抜いた上位20人が、この日の決勝にコマを進めた(STU48の矢野帆夏は怪我のため出場辞退)。
すでに報じられているように、優勝を飾ったのはAKB48の矢作萌夏だった。キャリア2年弱にしてAKB48の最新シングル『サステナブル』でセンターという大役を任された矢作だが、そんなスーパールーキーとは対照的な道のりを歩んできた、非選抜の19歳がファイナリスト8人にその名を刻んだ。あの日、歌うまキャラでもなんでもなかった秋吉優花は一世一代の大勝負を迎えていた。
ダイアナ・ロスの『If We Hold On Together』を歌い、予選を全体4位で通過した秋吉は、決勝大会は第2組に登場。5人ずつ分けられた組の上位2名しかファイナルには進めないわけだが、秋吉は中村中の『友達の詩』を選曲し、見事2位通過。今年1月の前回大会では進出できなかったファイナルへと進んだ。
最終歌唱で選んだのは、ホイットニー・ヒューストンの『I will always love you』。
前回大会で力を発揮しきれなかった秋吉は、終演後の舞台裏で誰よりも泣いたという。その悔しさを晴らすべく、今回エントリーしたはず。ひとまずはリベンジに成功した。

秋吉がHKT48に合格したのは、同グループが結成された翌年(2012年)のこと。2期生としての入門だったが、同期の田島芽瑠、朝長美桜の後塵を拝した。2ndシングル『メロンジュース』、3rdシングル『桜、みんなで食べた』にこそ選抜メンバー入りを果たしたが、それ以降、選抜には5年以上も声がかかっていない。
彼女が目立つのは、コンサートのMCだ。何か言われた際、一言で返す能力が高かった。自分の容姿をイジることも厭わず、彼女によるおにぎりの被り物は定番となっている。
2014年3月、福岡で観たコンサートのMCがきっかけで、私は秋吉と、これまた口がやたら達者な田中菜津美に雑誌連載をオファーした。2人とも同学年。まだ中学生だったが、トークに光るものを感じたからだ。選抜ではなくても個性を発揮する場所はあるということを本人たちに知ってほしかった。
連載の取材を通じて、秋吉のキャラを深く知るようになるわけだが、彼女の長所は「真面目」の一語に尽きる。そもそも学習能力が高く、高校に入ってからは学年1位を貫いた。取材中、彼女が知らない言葉を私が使うと、「それ、どういう意味ですか?」と貪欲に聞いてきた。知らないままで済ませるのが嫌なのだ。
ダンスも見違えるほどに上達した。身長の低さをカバーしようとして、大きく踊るよう努めた。レッスン場が彼女の生息地だった。
趣味で始めたギターは、今では客前で弾き語りを披露するレベルにまで到達。動画配信サイト「SHOWROOM」でその姿は確認できる。また、中国のファンのために中国語を習得しようと励んでもいて、中国語が話せるAKB48のスタッフに教えを請う場面を目撃したこともある。そのうえ中国語教室にも通っているのだから、どれだけ本気かおわかりだろう。
「大好きな音楽を仕事につなげられるよう、普段からギターを猛練習する姿はよく目にしています。最近のHKT48は個別握手会でアカペラのステージを用意するようになりましたが、その発起人は秋吉で、メンバーに歌を教えるなど熱心な姿勢がうかがえます。先月、行われたコント劇ではリハーサル初日から周到な役作りを見せ、周囲を笑いで包んでいました」(HKT48スタッフ談)
歌、ダンス、ギター、中国語、コント劇。いずれも数年前から取り組んできたものだ。身につけたいと思ったら、四の五の言わず実行する。歌唱力を上げるために、自費でレッスンに通ってもいる。この経験が「歌唱力No.1決定戦」への参加につながる。

「前回大会ではファイナルに進めず、とても落ち込んでいました。
その場にとどまることなく前に進む。この姿勢はファンにも届いている。AKB48選抜総選挙では3年前に72位で初ランクイン、一昨年は83位と惜しくも圏外に終わったが、昨年は73位にV字回復。地道な努力が応援の気持ちを生んでいる。
成績優秀な秋吉だが、大学進学の道を自ら断った。この道で生きていきたい。そのためには自分にできることを続けるしかないという決意をした。アイドルとしてはドジでのろまなカメかもしれない。だが、カメがウサギに勝つ方法を彼女は知っている。もし「第3回歌唱力No.1決定戦」が開催されたのなら、ファンは彼女の歌声により強い衝撃を受けるだろう。
