【写真】「松坂桃李は三枚目のオタクにもなれる天才」松坂桃李ら映画『あの頃。』の眩しい登場人物たち
──今回の映画化で世間が一番驚いたのは、松坂桃李さんが冴えないオタクを演じるということでした。私自身も劔さんを知っているだけに、ミスキャストじゃないかと最初は心配したんです。松坂さんではイケメンすぎて、劒さん特有の情けなさや頼りなさを表現できるのかなと……。
劔 ずいぶん失礼なこと言ってくれますね(苦笑)。でも、最初から主人公は松坂さんが第一候補だったんですよ。決まったときは「ホントかよ!」と驚きましたけどね。
今泉 もちろん主人公を誰にやってもらうかというのは極めて重要ですから、いろんな意見が出ました。
劔 「あまりにも美化しすぎだろ」という声は発表された瞬間からすごく多かったですけど、もう僕としては堂々とすることにしました。素晴らしい役者さんにとっては、見た目の違いは簡単に乗り越えられると分かったので。
今泉 たしかに松坂さんは誰がどう見ても男前だし、本人もそれを理解しているとは思うけど、そんなことは気にも留めていないというか。見た目の美醜とかで勝負しているような人じゃないんですよね。普段から腰も低くて気さくでいい人ですし、自分だけ特別扱いされることを嫌がるような人なんです。そのへんの謙虚さは劒さんとそっくりだなと僕なんかは感じましたけどね。
劔 本物ですよ、松坂さんは。あれだけカッコいいのに、きちんと三枚目の情けない主人公になりきることだってできるんだから。俳優というのは改めて大変な職業。
今泉 特に演技指導したわけでもないのに、盗まれていたんでしょうね。
──アイドルファンは、松浦亜弥さん役を演じた山﨑夢羽(BEYOOOOONDS)さんにも衝撃を受けるのではないでしょうか。アイドル特有のキラキラ感が半端じゃなかった!
劔 完成した映画を観たとき、実際にあやや本人を目の前にしたときの高揚感が見事に再現されているなと感動しました。もちろん厳密にいうと松浦さんと山﨑さんはまったく同じ容姿ではないんだけど、その微妙な違いというのが逆によくて。芸能人に実際に会うと、「あれ? テレビで観ていたイメージと微妙に違うな」って感じることがありません?
今泉 あぁ、ありますね。「実物は意外に小さいんだな」とか。
劔 そうそう。実際に僕もあの握手会の時、そう思いました。
今泉 現実的な話、若き日のあややを今の松浦さんが演じるわけにはいかないわけですよ。で、どうしようかという話になった時に、「そんなことが可能なら、現役のハロプロメンバーにやってもらいたい」というアイデアが出て。劒さんを含めた詳しい人たちにリサーチしたら、「山﨑さんがいいのでは?」という意見が複数、出まして。みんな、「山﨑さん」「山﨑さん」言うんですよ。それで、僕も写真や動画をチェックしてみたら確かに似ていて。「やってくれたら最高ですね」と盛り上がったことを覚えています。
劔 天使が地上に舞い降りてきたかと見間違えるような感覚……あのキラキラした感じは山﨑さんだからこそ表現されていると思います。本当に素晴らしかった。
今泉 山﨑さんが映っている尺はそれほど長くないのですが、ものすごく時間をかけて丁寧に撮影しました。映画の中で非常に重要な意味を持つシーンですから。あの日はライブシーンも含めて撮らなくてはいけない場面が多くて、エキストラも大量にいたんですけど、ずっと山﨑さんのシーンに時間を割いてしまって。ただ、芝居に関しては僕のほうから伝えたことは特に何もなくて。
──ズバリ、この作品で訴えたかったテーマは何になりますか?
今泉 この作品のキャッチコピー「“推し”に出会って“仲間”ができた」というフレーズが発表された際に、ネット上で少し話題になっていましたが、まさにそこなんですよね。自分が本当に心から好きだという対象ができると、人生が思いがけず豊かになる。腐っているような日々も、なんだか色づいていくように感じられる。なにかひとつ夢中になれるものが見つかれば、そして、それを通じて仲間ができたら、人生が変わるかもしれない。そんな部分がテーマになるのかな、と。もちろん、仲間ができなくても、推しがいるだけで、十分幸せなことだと思いますが。
劔 長い人生の中には、決して恵まれているとは言えない時間もあるわけじゃないですか。特に若い頃は、うだつの上がらない日々を送っている人も多いと思う。実際、僕自身もそうでした。お金もなかったし、将来の見通しも全然立ちませんでしたし。
──そう考えると、アイドルに興味がない層にもアピールできる作品かもしれませんね。
劔 そうですね。多くの若い人たちに観ていただきたいですし、現状に行き詰まりを感じているような方にも観ていただければうれしいです。
今泉 お金があれば人は幸せになれるのか? いい企業に入ることが幸福なのか? 結婚して子供を持つことが幸せの必須条件なのか? このへんの価値観って、時代とともに大きく変わりつつあるじゃないですか。たとえば金銭的あるいは社会的に恵まれていても、心の充足感を得られない人が大勢いるわけで。そういう時代においては「好きなことが共有できて、心を許し合える仲間がいる」ということのほうが、よっぽど幸せなんじゃないかなと思うんです。
──ちなみに今泉監督は乃木坂46のMVを撮ったりもしていますが、アイドルには興味ないんですか?
今泉 正直、僕自身はアイドルはハマったことはないんですよね。というか、アイドルに限らず何かに熱中するということがほとんどない人間なので(苦笑)。
劔 今泉監督の視点も含めて、この作品はハロプロとかアイドルが好きな狭い層だけに向けた内容にはなっていないので、そこはみなさん安心してください。映画を観て、実際にどんなふうに感じていただけるのか? 感想を聞くのを僕自身が一番楽しみにしています。
【前編はこちら】映画『あの頃。』原作者・劔樹人×監督・今泉力哉が語る「ただ泣ける系の映画をつくる気はない」
▽映画『あの頃。』
2月19日より東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国で公開
あらすじ
バイトに明け暮れ、好きで始めたはずのバンド活動もままならず、楽しいことなどなにひとつなく、うだつの上がらない日々を送っていた劔(つるぎ)。そんな様子を心配した友人・佐伯から「これ見て元気出しや」とDVDを渡される。何気なく再生すると、そこに映し出されたのは「♡桃色片想い♡」を歌って踊るアイドル・松浦亜弥の姿だった。思わず画面に釘付けになり、テレビのボリュームを上げる劔。弾けるような笑顔、くるくると変わる表情や可愛らしいダンス…圧倒的なアイドルとしての輝きに、自然と涙が溢れてくる。すぐさま家を飛び出し向かったCDショップで、ハロー!プロジェクトに彩られたコーナーを劔が物色していると、店員のナカウチが声を掛けてきた。ナカウチに手渡されたイベント告知のチラシが、劔の人生を大きく変えていく――。
劔樹人
1979年5月7日生まれ、新潟県出身。 漫画家、「あらかじめ決められた恋人たちへ」のベーシスト。 また、過去にはパーフェクトミュージックで「神聖かまってちゃん」や「撃鉄」のマネジメントを担当。 入江悠監督『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴りやまないっ』(11)には俳優として出演し、また数々のウェブサイトにて漫画コラムを執筆する等、音楽の領域に留まらない幅広い活動が注目を集めている。2月19日には新刊「敗者復活の唄。」(双葉社)が発売される。
今泉力哉
1981年2月1日生まれ、福島県出身。映画監督。2010年『たまの映画』で長編監督デビュー。13年『こっぴどい猫』がトランシルヴァニア国際映画祭で最優秀監督賞受賞。翌年には『サッドティー』が公開され、話題に。近年の作品に『愛がなんだ』(19)、『アイネクライネナハトムジーク』(19)、『mellow』(20)、『his』(20)など。公開待機作に全編下北沢で撮影した若葉竜也主演『街の上で』(4月9日公開)がある。
(C)2020『あの頃。』製作委員会