広瀬すず主演映画『遠い山なみの光』(9月5日公開)で監督を務める石川慶氏が日本外国特派員協会の上映に出席、記者会見に応じた。
『遠い山なみの光』は、ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロ氏の長編デビュー作を、石川慶監督が映画化。
この度、東京・丸の内の日本外国特派員協会にて上映会が行われ、上映会後の記者会見にメガホンをとった石川慶監督が登壇した。石川監督は「(同所での 記者会見は)実は今回3回目になりまして、『10年』と『ある男』なんですけど、毎回、刺激的な質問をいただくことが多いので、今回もみなさまからのご感想を楽しみにしています」と流ちょうな英語で挨拶。
本作を制作するにあたり、過去の戦後の話を舞台とした作品から影響を受けたか尋ねられると「最初に(悦子の義理の父役の)緒方役の三浦(友和)さんとお話をしたときに、三浦さんが開口一番『僕に(東京物語の)笠智衆をやれってことじゃないよね』っておっしゃったんです。それくらいこの題材プラス長崎、原爆というのは重いトピックとしてあって、いま自分たちの世代が何をできるかということを考えると、すごく難しい映画ではあると思っています」と吐露し、「その中で小津(安二郎監督)、成瀬(巳喜男監督)の映画をもちろん参照しながらも、自分たちのストーリーテリングでこの時代のことを語っていきた いなと。そういう意味では昔の映画というよりも、資料を漁って当時の長崎がどれくらい復興していて、そのときの女性たちが どういう生き方をしていて、どういうファッションで、どういうものを食べていてというものに手がかりを求めようと、美術部スタッフ、キャストと話して作っていきました」と明かした。
過去の作品を含め、複雑で重いテーマを題材にしている作品が多い石川監督は、自らそのようなテーマを見つけ出しているのかと聞かれると「そんなに複雑なものだけを選んでいるつもりはないんですけど、映画って何年もかかる仕事なので、それだけの時間をかけてでも、どこかに消化しきれない何かだったり、よくわからないな、もうちょっと探っていきたいなと思えるようなものを探すと、必然的に複雑で重くて答えがなかなか出ないものになってくるのかなと思います」と自己分析した。
音楽に関する質問で、小説ではクラシックのメンデルスゾーンについて書かれているが、本作ではイギリスの伝説的なバンド、ニュー・オーダーの楽曲を使ったことと、本作の音楽を手掛けたポーランド人の作曲家パヴェウ・ミキェティンとコラボした経緯を尋ねられると「まずニュー・オーダーなんですけど、第一にあったのが、今回若いスタッフの方と話したときに、80年代って彼らにとっては時代劇だって言われて(笑)。そうなると50年代に至っては室町時代みたいな感覚なんだろうなと思ったときに、そのままやるとまずいなと思って。そのときに思いついたのが80年って、ファッションも今に通じている し、ニュー・オーダーの音楽もたまに街中で聴くし、今の人たちに響く音楽だし、女性運動とか環境問題とかもこの時期にかなり大きく広がっていると考えると、娘のニキがキーポイントだなと。そこから広げて、あえて50年代の歴史的な写真にニュ ー・オーダーを乗せてみようかと思いました」と明かし、「最初は違和感があって不謹慎かなと思ったんですけど、白黒の戦後の焼け野原の長崎をアップデートするには、これくらい大きな決断が必要なのかなと思って、今回使いました」と力強く語った。
また、パヴェウ・ミキェティンを起用した点については「もともと自分がポーランドで映画を勉強して きたということもあって、普段からポーランドのカメラマンと一緒にすることがあるので、ナチュラルなチョイスではあったんですけど、今回、音楽を考えたときに日本の作曲家、イギリスの作曲家からリサーチしたんですけど、どっちを探してもどちらかに偏っちゃって、地球儀を眺めながらポーランドって真ん中あたりにあるなと思って(笑)」と茶目っ気たっぷりに笑い、「音楽もすごくいいなと思って。イエジー・スコリモフスキ監督の『EO』(パヴェウ・ミキェティンが音楽を担当)とかもすごく好きだったので、知り合いから紹介してもらって連絡してみたら、すぐに『いいね』って返事が返ってきて、間のポーランドというのをポストプロダクションにすることによって全体がまとまる気がするなと。そういうプロセスでした」と経緯を説明した。
この小説を映画化しようと思った理由と、戦後80年というタイミングでの映画化という点に意味はあるのかと質問されると、もともとこの小説を映画化したいと思っていたが、原爆や戦争というトピックは、自身より上の世代の戦争を経験した人たちが作るべきという思いがあったと答え、「今、戦後80年で、戦争を経験された方たちがどんどんいなくなっていくって考えたときに、自分たちのストーリーじゃないって逃げていたら、今までは記憶の話だったのに、これからは記録の話で歴史になっちゃうじゃないですか。でも、もっと小さな記憶の話として語り継ぐという意味でいうと、自分たちがやる必要があるなと思いました」と胸中を明かし、「この話で自分が勇気づけられたのは、カズオさんが遠くイギリスから長崎のことを イメージしながら書かれて、しかも英語で書かれていて、この距離感というのは自分たちとこのトピックの距離感とすごく近いと感じましたし、語り口もすごく現代的であったので、オールドジェネレーションの方たちのやり方をそのままトレースするんじゃなくて、自分たちのやり方でこの時代を語れるんじゃないかなと思ったことが、今回映画化に踏み切った大きなモチベーションでした」と目を輝かせた。
(C)『遠い山なみの光』製作委員会
【編集部MEMO】
原作者、エグゼクティブ・プロデューサーのカズオ・イシグロは、本作で描かれる長崎県の出身で、幼年期に渡英したのち、1983年にイギリス国籍を取得。2017年にノーベル文学賞を受賞している。本作以外にも映画化された作品は数多く、『日の名残り』『上海の伯爵夫人』『わたしを離さないで』『生きる LIVING』は、日本でも公開されている。