東京五輪に参戦するU-24日本代表は大会前最後の強化試合(7月17日)でスペインと対戦した。今回のスペイン代表には「UEFA EURO 2020サッカー欧州選⼿権(ユーロ2020)」でベスト4に進出し、7月6日の準決勝イタリア戦に出場したメンバー6人が選出されており、スペインは東京五輪の優勝候補筆頭国である。

強化試合ではスペインに圧倒的にボールを支配されながらも、粘り強く守って徐々に陣地を回復した日本が先制。42分にトップ下に入ったMF久保建英が左サイドに流れてゴールライン際まで突破すると、グラウンダーのマイナスクロスに10番を背負うMF堂安律が合わせ、ワンタッチで豪快な左足のミドルシュートを炸裂させた。後半は両チーム共に多くの選手交代を行い、中盤にスペースが出来て間延びする傾向が強くなる。78分にスペインの怒涛の攻撃から途中出場のMFカルロス・ソレールに押し込まれ1-1となったが、その後も両者に得点機が訪れる好ゲームのままに引き分けた。

同試合10日前にはユーロ準決勝を戦っており調整と連携が圧倒的に不足しているとはいえ、金メダル候補のスペインと引き分けた日本は順調な強化の一途を辿っている。日本は7月22日に南アフリカとの初戦を迎え、7月25日にメキシコとの第2戦。グループリーグ最終節となる第3戦は7月28日にフランスと戦う日程となっている。日本にとってこのスペイン戦は、スペインと地理的に近い「仮想フランス」ではない。「仮想メキシコ」だった。

2012年のロンドン五輪初戦でスペインとの対戦が決まった際、日本は大会直前にプレースタイルや選手の体格が似ているメキシコとの強化試合を組んで最高の準備を終えた。その後、日本は見事にスペインを1-0で下してベスト4に進出。また、日本を準決勝で破ったメキシコは初優勝の栄冠に輝いたのである。

今回はその時とは逆だ。メキシコとの本大会での対戦が決まったからこそ、スペインと強化試合を組んだのである。これでメキシコ対策は万全である。

そして「仮想フランス」は、7月12日に日本が3-1で勝利した相手ホンジュラスだったはずだ。卓越した身体能力を押し出し個人技で勝負してくる中南米の強者は、プレースタイル的にアフリカ勢にも酷似している。つまり初戦で対戦する「仮想南アフリカ」にもなっているはずだ。

東京五輪サッカー男子、スペインに善戦もフランスを侮るな!ペドリも真っ青のムブクらに注目

五輪を巡る欧州勢のメンバー選考が大苦戦

欧州勢は、五輪イヤーにFIFAワールドカップ以上のハイレベルな大会であるユーロがあり、五輪後には休む暇もなくクラブサッカーシーズンの開幕を控えている。そのため、毎回五輪出場に選手を出し渋る傾向が強い。また、選手たち自身も移籍を控えるなどの事情で出場を辞退することが多い。

スペインがベストメンバーを揃えられたのは、国民的スポーツ行事には「選手を義務的に参加させなければいけない」“スポーツ法”というスペイン国内の法律が有効であるからだ。実際、2012年のロンドン五輪にも直前のユーロ2012で優勝したフル代表から主力の左サイドバックであるジョルディ・アルバを始め、ベストメンバーを招集していた。ただし、スペイン国外のクラブにはこのスポーツ法は適用されない。

今回の東京五輪に参戦するドイツやフランスはいつも以上に選手選考で苦戦している。

有力選手を集めるどころか、1チーム分の選手を集められないほどである。

ドイツはU-24代表チームを率いるシュテファン・クンツ監督が「100人に連絡した」はずが、東京行きの飛行機に乗ったのはGK3人を含む18選手のみ。東京五輪ではバックアップメンバー4人の枠も追加することが認められて、22人の登録が可能になった。しかし、東京出発の当日にも出場辞退者が出たドイツは、4つもの枠を余らせたまま来日した。

日本と対戦するフランスも例に漏れず、フル代表(A代表)のエースでもあるFWキリアン・ムバッペは招集されず。また、7月2日には1週間前に発表したメンバーのうち11人が招集を断念したことが発表されるなどし、当初の構想とは全く異なるメンバー編成となった。

これまで報道されているところによると、フランスでは21人のメンバーがエントリーされているのだが、そのうちGKディミトリ・ベルトーとFWイザーク・リハジの2人は負傷などがあった際に日本へ向かうバックアップメンバーであり、来日するのは19選手のみであるようだ。すでに負傷でMFジェレミー・ジェランが辞退を発表したのだが、FWリハジの来日はあるのだろうか?

東京五輪サッカー男子、スペインに善戦もフランスを侮るな!ペドリも真っ青のムブクらに注目

ぺドリも真っ青!突出した個の打開力を持つムブク

スペインと堂々と渡り合うチカラを持つU-24日本代表。開催国である地の利を活かせる環境面のアドバンテージや、他国に比べて圧倒的優位を見せるコンディションの良さがあれば、そんな不安定な「フランス相手にも勝算あり」の法則は納得できなくもない。

しかし、今回のフランス代表メンバーにも当然強者たちはいる。35歳のFWアンドレ=ピエール・ジニャックは、長らくメキシコのティグレスでプレーしているためか「ピークは過ぎた」とされるも、今年2月に開催されたFIFAクラブW杯で得点王に輝くなど決定力は錆びついていない。クラブW杯でも守備に献身的なプレーも見せるなど、闘争心やキャプテンシーがあるだけに怖い存在だ。また、今夏からジニャックの同僚となるフロリアン・トヴァンと、2018/19のリーグ・アン(フランス1部)のアシスト王であるテジ・サヴァニエという、オーバーエイジ2人のチャンスメイカーも曲者である。

そんな中、筆者が最も脅威に感じているのが、スタッド・ランスに所属する19歳のナタナエル・ムブクだ。2年前の「FIFA U-17W杯ブラジル大会」に出場し、3位に入ったフランスで5得点を挙げてシルバーシューズ(得点ランキング2位)に輝いた快速ウインガーである。

同大会の準々決勝では東京五輪に出場するMFぺドリ擁するスペインとも対戦し、何と6-1の圧勝。「イニエスタの再来」と評されるぺドリも真っ青になるほど、スペインが個人能力の差を見せつけられる試合となったのだが、その試合で最も輝いていたのがムブクだった。

左利きで主に左ウイングを務めるムブクは、すでにリーグ・アンでもレギュラーとしてプレーしている。31試合(先発27)に出場しながら4ゴールは少ないが、とにかく縦への突破力や推進力が半端ない。1対1や1対2でのドリブルによる局面打開力だけでなく、オフ・ザ・ボールの動き出しからスルーパスやスペースへのパスを受けて突破するのも巧い。170cmと小柄だがパワフルであり、瞬発力と加速力に優れるスピードは破壊力満点。「1度観たら忘れない選手」だ。

ちなみに前述した今回のU-24フランス代表のバックアップメンバーであるFWリハジも、ムブクと同じU-17W杯に出場しており、こちらも右ウイングとして大会中3得点を挙げるなど大活躍している。所属するリールが今季リーグ優勝するなど緊張感のあるシーズンだっただけに15試合の出場に終わったが、日本戦でエントリーされれば非常に怖い“助っ人”になるだろう。また、同じくU-17W杯に左SBとして出場し、大会中に2得点していたティモテー・ペンベレも金の卵的タレントである。

東京五輪サッカー男子、スペインに善戦もフランスを侮るな!ペドリも真っ青のムブクらに注目

クインシーやイ・スンウに翻弄された日本の育成年代

日本の育成年代の代表チームは試合内容で圧倒しながらも、突出した個人能力を持つ相手選手の一発に沈んで来た歴史がある。

1996年のアトランタ五輪でブラジルに勝利した「マイアミの奇跡」時は、ブラジルとハンガリーに勝利しながら2勝1敗でグループステージ敗退となった。唯一喫した1敗の相手は、同大会で初優勝を遂げるナイジェリアだった。FWヌワンコ・カヌ(アーセナルやアヤックスなどで活躍)や、MFジェイジェイ・オコチャ(PSGやボルトンなどで活躍)の個人技は誰にも止められなかった。観る者全てを魅了するオコチャのドリブルやフェイントは筆者もよく真似をして練習したものだ。

2005年に「U-20ワールドユース(現FIFA U-20W杯)オランダ大会」の開幕戦で開催国オランダと対戦した際は、ウインガーのクインシー・オウス=アベイエ(アーセナルなどでプレー、その後フル代表はガーナ代表に鞍替え)にMF本田圭佑らが複数人でファウルで止めにかかった。しかし、逆に日本の選手たちがなぎ倒され、自陣からゴールライン際まで突破を許してアシストを記録されるなど、強烈なインパクトを見せつけられた。

2014年の「AFC U-16選手権」では、「韓国のメッシ」FWイ・スンウ(シント=トロイデンVV)に何度も何度も無双され、ドリブルで50mを独走されてゴールを奪われた。当時は左SBとして起用されていた堂安律やDF冨安健洋は貴重な世界大会「FIFA U-17W杯」出場権を逃した。

クインシーとイ・スンウは、プロカテゴリーに入ってからは素行不良の問題などもあって大成していない未完の大器である。しかしボールのない時の動きも巧みであるムブクは、すでにフランスリーグでも活躍しているように、“大人のサッカー”でも成功している逸材である。

グループステージだけでなく、スペインやブラジルなど優勝候補国よりも、局面での1対1で最も脅威となるのはこのフランスのムブクだろう。マッチアップが予想される右SB酒井宏樹は、同じフランスリーグで長くプレーしておりネイマールやムバッペらと対戦してきた歴戦の猛者だけに勝算もあるが、まだスカウティングが進んでいないムブク相手には苦戦するかもしれない。

そもそも単純なスピードでは歯が立たない。

ムバッペやMFエドゥアルド・カマビンガといったレアル・マドリード入りが噂される2人などが出場しないとはいえ、「有力選手が出場を辞退したフランスは恐れるに足らず」では地獄を見る。スペインとの立派なゲームを見せた日本だが、飛車角抜きでもフランスを侮ると痛い目に遭いそうだ。

U-24フランス代表、東京五輪メンバー

登録選手(所属クラブ)※バックアップ □オーバーエイジ

GK
ステファン・バジッチ(サンテティエンヌ)
ポール・ベルナルドーニ(アンジェ)
ディミトリ・ベルトー(モンペリエ)※
DF
メルビン・バード(リヨン)
アントニー・カチ(ストラスブール)
イスマエル・ドゥクレ(バランシエンヌ)
ピエール・カルル(ミラン/イタリア)
クレマン・ミシュラン(ランス)
ティモテー・ペンベレ(パリ・サンジェルマン)
モディボ・サグナン(レアル・ソシエダ/スペイン)
MF
アレクシス・ベカ・ベカ(カーン)
エンゾ・ル・フィー(ロリアン)
テジ・サヴァニエ(モンペリエ)□
フロリアン・トバン(ティグレス/メキシコ)□
リュカ・トゥサール(ヘルタ・ベルリン/ドイツ)
FW
アンドレ=ピエール・ジニャック(ティグレス/メキシコ)□
ランダル・コロ(ナント)
イザーク・リハジ(リール)※
ナタナエル・ムブク(ランス)
アルノー・ノルディン(サンテティエンヌ)

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