夏が終わり秋を迎え、日本サッカーはそれぞれのカテゴリーで佳境を迎えている。2021シーズンの明治安田生命J3リーグは、残すところあと5節。

上位2チームのみに与えられるJ2昇格の権利、もしくは1つでも上の順位を目指し、15のクラブがしのぎを削っている。

現在首位をひた走っているのはロアッソ熊本。2020シーズンは8位と苦しんだが、11シーズンに渡ってJ2で戦ったクラブの経験値はJ3で頭1つ抜けており、3位カターレ富山との勝ち点差は5。J2復帰は現実的な目標だ。

そのロアッソと勝ち点差3。2位に付けているのがテゲバジャーロ宮崎である。

消化試合が1つ多いとはいえ、クラブ初のJリーグの舞台でビッグサプライズを演じている。昇格したばかりのチームが、予想を覆し優勝争いを演じている。サッカー界広しといえど、これほどワクワクすることは中々ない。

テゲバジャーロ宮崎のなにが凄いのか

テゲバジャーロ宮崎が凄さは、昇格組が2位に付けているということにとどまらない。J2に昇格するためにはクラブライセンス審査を受け、J2ライセンスもしくはJ1ライセンスを交付されなければならないのだが、宮崎はJ3ライセンスしか持っていない。2位以内で今シーズンを終えたとしてもJ2に昇格することはできないのだ。

さらに今季カテゴリーが上がったにも関わらず、目立った補強はしていない。

2021シーズンの決算は発表されていないが、予算規模はおそらくJ3最小クラス。つまり「昇格組かつJ2に昇格することができないクラブが優勝争いをしている」ことである。より付け加えると「昇格組かつJ2に昇格することができない、目立った補強をしていない予算規模の小さなクラブが優勝争いをしている」ことが宮崎の凄さであり、昇格組という条件だけで見ても、仮に優勝するとJ3史上初となる。

なお2014シーズンにツエーゲン金沢がJ3に昇格した1年目で優勝しているが、これはJ3リーグ自体が1年目で全クラブ横並びの状態。また2017シーズンにJ2ライセンスを持たないブラウブリッツ秋田が優勝を成し遂げているが、こちらはJ3で4シーズン目での出来事だった。

なぜ1年目からJ3優勝争いに絡めているのか

宮崎の躍進には複合的な要因が絡まっている。確かなのは、偶然やまぐれでは決してないということだ。

まず親会社の株式会社エモテントを中心とするクラブが、スタッフにおいても選手においても継続路線を選択したことが挙げられる。

宮崎は2020シーズンまで指揮を執っていた倉石圭二氏がJリーグの監督に必要なS級コーチライセンスを保有しておらず、監督を代える必要があった。そこでJリーグでの監督の経験はなかったものの、サガン鳥栖モンテディオ山形でコーチを務め、アンジュヴィオレ広島(現なでしこリーグ1部)や神戸国際大学サッカー部(現関西学生サッカーリーグ3部)、ブランデュー弘前FC(現東北社会人サッカーリーグ1部)、ポルベニル飛鳥(現関西サッカーリーグ1部)で監督としての実績を積んでいた内藤就行氏を招聘。倉石圭二氏をヘッドコーチに据えるという選択をした。

事実上の2頭体制はチーム内の混乱を招く恐れもはらんでいたが、2人のプロフェッショナルはしっかりと役割分担。内藤監督は倉石ヘッドコーチが作り上げたチームを壊すことなく、良さはそのままに細部に自分の色を加えることを選択。

倉石ヘッドコーチは自分が作り上げたチームではあるものの、ピッチ際からの指示などで内藤監督をフォローしている。

また、カテゴリーが上がったクラブは戦力を充実させるために、選手を大幅に入れ替えるということを行いがちだがこれは諸刃の剣。個々の質を上げることはできたとしても、資金とチームとしての完成度を失うことになり得る。その点今シーズンに向けての宮崎は加入が5人、放出が6人。これはJ3の中で最も少ない上に、ただ少数だったのではなく効果的でもあった。

J3の福島ユナイテッドから獲得した前田椋介は、出場停止の1試合を除き全試合スタメン出場。

大阪商業大学から加入した橋本啓吾はここまで6得点、J2のファジアーノ岡山から加わった三村真は2得点ながらいずれも決勝ゴールと、貴重な役割を担っている。

そして内藤監督と倉石ヘッドコーチというプロフェッショナル2人が、昨季までの選手達に新たな選手を加えて作り上げたチームの完成度は非常に高い。システムはオーソドックスな4-4-2を採用し、陣形は縦方向はコンパクト。横方向はボールを持たれている時には狭いがボールを持っている時には広いため、プレスをかけられた時にはSBがボールの逃がし場所になる。

基本的にはGKを含めて最終ラインから繋ぎ、パスを回しながら縦パスを狙っていく。ボールを引き出すために降りてきた選手には相手選手が食いついてくるが、1タッチで繋いでプレスを回避。

この1タッチの精度が高いために、ここから一気にチャンスに繋げられている。とはいえいわゆるポゼッションサッカーではない。宮崎のパス回しはボールを持つためのものではなく、FW目掛けて縦に長いボールを蹴ることにも躊躇がない。

大きな特徴として、安易にサイドに逃げるのではなく攻撃の最優先は中央、無理であればサイドという優先順位を共有できていることが挙げられる。ボールと反対サイドのSHの選手はダイアゴナルランで中央に入ることが多く、運動量豊富な2トップとの連携で中央を崩しての得点も多い。

プレーに迷いがなく、縦への意識が高いため選手にとってもサポーターとしてもストレスを抱えにくいはず。昨季まではリードされた後の集中力を欠いたようなミスが課題だったが、内藤監督が植え付けた戦う姿勢がもたらしたのか、改善されつつある。

躍進するJ3テゲバジャーロ宮崎が目指すもの

今後生じるであろう課題

無失点試合が決して多くなく、高さを含めた守備面の強度にやや欠けるが、どこが相手であっても自信を持ってプレーできており選手達も手応えを感じているはずだ。ただ、現在の完成度はある程度メンバーを固定して戦えているからこそであり、主力に怪我人が複数出るなど入れ替えざるを得なくなった場合に歯車が狂う可能性は否めない。

実際に、第24節の福島ユナイテッド戦では不動のスタメンだった前田椋介を出場停止で欠いた影響があったか、1-2で敗れた。来季以降の課題としては、Jリーグ1年目の今季は追う立場だがこの躍進によって来季は追われる立場となる。他チームから詳しく分析されることは間違いなく、戦術の幅を広げなければ苦戦する試合が増加する可能性は高い。

そして最大の懸念材料は、資金力の大きくないクラブが躍進を見せた場合にほぼ必ず起こること。選手の引き抜きである。今季の宮崎と似た例でいうと、2020シーズン、J2で5位に入ったギラヴァンツ北九州が挙げられる。序盤戦は首位に立つなど見事な成績を残したのだが、主力選手へのオファーが相次ぎ多くがチームを離れた。北九州の場合は期限付き移籍で加入していた選手が多かったこともあるが、今シーズンは一転残留争いを余儀なくされている。

宮崎の場合は期限付き移籍で加入している選手はいないが、中盤の要の千布一輝やJ3屈指のキープ力を持つ梅田魁人、チーム得点王の藤岡浩介、総合力の高いSBの青山生など、他のクラブに狙われるであろう選手は少なくない。また、コロナ禍の影響があるとはいえ、現時点で2位という見事な順位の割には観客数が伸びていないことも気になるところだ。

2021シーズンがクラブにもたらすもの

それでもクラブにとって、2021シーズンが自信となりJリーグで戦うベースとなることは確かだ。

宮崎県内の複数の陸上競技場を使用し、ホームの強みが出しにくかった昨シーズンまでの環境から一変。サッカー専用かつクラブの大きなロゴが入った、ユニリーバスタジアム新富という確固たる「ホーム」を得たことは何事にも代えがたい。

そのユニリーバスタジアム新富にはユニフォームを着て応援するサポーターが増え、ゴール裏の芝生席には宮崎の温暖な気候にピッタリな、牧歌的な雰囲気が溢れている。都会の大規模なスタジアムとは異なる、プロビンチャ(地方都市のクラブ)ならではのサッカーへの愛がそこには存在している。

スペインの田舎町のクラブに過ぎなかったビジャレアルが、フェルナンド・ロッチ会長を得てラ・リーガ1部、どころかEL(ヨーロッパリーグ)で優勝するまでになったように。スタジアムの建設費を拠出するほどのエモテントという親会社を得た宮崎が、2021シーズンの経験をベースにいつの日か日本を代表するプロビンチャになっても何ら不思議ではない。