2021シーズンの明治安田生命J1リーグにおいて、大きなサプライズを起こしたチームの1つがアビスパ福岡だろう。開幕節の名古屋グランパス戦ではあっさりと先制を許すなど開幕直後は躓いたものの、昇格組同士の対戦となった第4節徳島ヴォルティス戦でシーズン初勝利を挙げる。

そこからは調子が上向き、クラブ初のJ1での6連勝を飾るなど、終わってみれば残留争いとは無縁。開幕前には専門家から降格候補筆頭に挙げられていたチームが、目標の10位以上を達成する8位という大健闘を見せたのである。

そんな堅守を最大の武器とするチームを率いるのは、長谷部茂利監督だ。ホーム「ベスト電器スタジアム」でのスターティングメンバー発表時に「冴える神采配」と紹介される長谷部監督の最大の凄さとは何なのか、考察した。

「冴える神采配」アビスパ福岡・長谷部茂利監督の真の凄さとは

長谷部監督のこれまでの道のり

まずは長谷部監督のこれまでのキャリアを振り返ってみたい。現役時代はヴェルディ川崎、ヴィッセル神戸などでプレー。当時からクレバーでキャプテンシーのある選手と評されており、指導者としての下地はその頃から存在していた。2003年に引退し指導者となってからは、着実に歩みを進めてきた。

古巣のヴィッセル神戸でU-15、U-18年代を指導したのち、トップチームのコーチに。2013年にS級ライセンスを受講し、翌年取得。ちなみに同じ年に受講したメンバーには川崎フロンターレを率いる鬼木達監督、ベガルタ仙台を約6シーズンと2021シーズンはレノファ山口を率いた渡邉晋氏、2019年10月~2021年9月まで湘南ベルマーレを率いた浮嶋敏氏、大宮アルディージャロアッソ熊本を率い来季からジュビロ磐田のヘッドコーチに就任することが決まった渋谷洋樹氏らがいる。

監督になる権利を得ると、2016年にJ2ジェフユナイテッド千葉のコーチに就任。監督の職に初めて就いたのはその年の7月だった。

前監督が解任され、さらにヘッドコーチとフィジカルコーチもチームを離れた中で、監督代行としてシーズンの最後まで指揮を執っている。シーズンの最初からチームを率いたのは、2018シーズンのJ2水戸ホーリーホックから。翌シーズンにはプレーオフ出場まであと1得点に迫る7位。水戸史上最高順位に導いたことで名を上げた。

翌年には、J2で同シーズン16位と大きく低迷したアビスパ福岡の監督に就任。水戸で共に戦った「長谷部チルドレン」の前寛之、福満隆貴らに加え期限付き移籍で試合出場に飢えた選手達を補強すると、首位の徳島ヴォルティスと同勝ち点の2位でJ1昇格。2021シーズンは2001年以降20年に渡って続いていた、4年かけて昇格し1年で降格するという「5年周期」に挑み、ついに打破したのだった。

「冴える神采配」アビスパ福岡・長谷部茂利監督の真の凄さとは

神采配?戦術家?真の凄さは…

偶然では成しえない成績を残している長谷部監督は、アビスパ福岡のサポーターからの評価も非常に高い。SNS上では「10年契約を結ぶべき」との声もあるほどだ。

昨年の試合で、試合前半の平均得点が0.71、後半の平均得点が1.37と約2倍になっていることから分かるように、神采配と呼ばれる選手起用や選手交代が優れていることは間違いない。さらに2020、2021のどちらのシーズンも微調整を繰り返し、年間を通してチームの完成度を上げ続けられてきたように戦術家としての才も確かだ。

だが実は、最大の強みは選手起用でなければ戦術家としての姿でもない。「人心掌握術」これこそが、長谷部茂利監督の最大の強みなのだ。

選手から不満が漏れ聞こえてこない

通常、どのような起用をもってしても大なり小なり不満を抱えた選手というものは現れてしまう。当たり前だ。1試合には11人、交代枠をフルに使っても16人しか出場できない。にも関わらず、チームには30人前後の選手が所属しているのだから。

しかもプロの選手になることができているということは、それまでのサッカー人生でチームの中心としてプレーしてきた選手がほとんど。自分に自信を持つことはプロになるために必要不可欠で、試合に満足に出場できない状況に不満を抱かない選手など極々一部だ。

さらに試合に出場できていても不満を抱えることもある。起用法に対する不満や、待遇面に不満を持つ選手も珍しくないからだ。もちろんそれだけの理由ではないにせよ、移籍市場において非常に多くの移籍が発生している一因となっている。チームによっては、所属する選手の半数近くが一気に入れ替わることさえある。

その点、長谷部監督が率いてからのアビスパ福岡ではそういった不満が漏れ聞こえてこない。

そして実際に、主力選手の他クラブへの移籍が非常に少ない。2020シーズンは期限付き移籍で加入していた選手が多くシーズン終了後に彼らはチームを離れたが、完全移籍で加入していた選手では契約満了となったGKセランテスのみ。

2021シーズン終了後にしても12月29日時点で、スウェーデン人のエミル・サロモンソンこそフィアンセの待つ母国のIFKヨーテボリへと移籍したが、それ以外の主力の流出はない。

では長谷部監督はどのように選手の心を掴んでいるのだろうか。

「冴える神采配」アビスパ福岡・長谷部茂利監督の真の凄さとは

長谷部監督の人心掌握術

監督には様々なタイプが存在し正解というものはないが、長谷部監督のようなタイプはなかなかいない。

選手に対して敬語で話し、穏やかでネガティブなことを口にしない。選手からすると一方的な関係性でないことが感じられ、大きな不満になる前に相談することができる。かといって距離感が近すぎることもない。

またサッカーには「勝っている時は選手を変えない」というセオリーがあるが、長谷部監督は勝っていても負けていても、コンディションが良くその試合に最も適していると考えたメンバーを選ぶ。2021シーズン、同じ11人が2試合続けてスタメンに名を連ねたのはわずか2回だった。

30人の選手のうち、リーグ戦で出場機会がなかった選手はGK山ノ井拓己と永石拓海、それとルーキーの森山公弥の3人のみ。しかも、カップ戦を含めると3人ともがスタメン出場している。

つまり選手からすると、実力を付けコンディションを上げればリーグ戦でチャンスが与えられる可能性は十分。そうでなくても練習を積み重ねれば、何かしらの場面で出場機会をもらえる。

それでも不満があれば、気軽に相談することができる。

監督と選手がお互いにリスペクトし、相互的な関係であること。これが長谷部茂利監督の人心掌握術なのである。

Jリーグは戦力差が小さいため、2022シーズンの順位を予想することは極めて難しい。それでも指揮官を含めJ1で8位となった昨シーズンの戦力を維持し、横浜FCから前嶋洋太、浦和レッズから田中達也、ジュビロ磐田からルキアンらをピンポイントで補強した長谷部監督率いるアビスパ福岡が、どの対戦相手にとっても難敵になることは間違いない。

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