サッカー戦術分析YouTuber、レオ・ザ・フットボール(本名:名久井麗雄氏)。YouTubeチャンネル『Leo the football TV』の登録者数は22万人以上。
Jリーガーや海外プロ選手の個人分析官も経験し、現在はシュワーボ東京(東京都リーグ4部所属の社会人チーム)のオーナー兼監督を務めている同氏に、6月2日に発売される新書籍『蹴球学~名将だけが実践している8つの真理~』(著者:Leo the football、木崎伸也/出版:KADOKAWA)に込めた想いを存分に語ってもらった。
ここではインタビューの後編を紹介する。(インタビュアー:今﨑新也)
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「サイドバックは低い位置で張ってはいけない」
ー書籍内の8つの真理のひとつ、ビルドアップ(GKや最終ラインからのパス回し)の際に「サイドバックは低い位置で張ってはいけない」論は理に適っているように思えます。日本代表やJリーグの試合で、サイドバックが低い位置で張ってしまっている場面が見受けられることには、どんな原因や理由が考えられますか?
レオ:複数ありますけど、1つは昔からそうだったから。2つ目は、サイドバックが低い位置で張っていたほうが、1回目については自分がパスを受けやすいから。ボールを受けていない、イコール試合で何もしていないと捉えられがちなので。
そもそも、ある選手がそのスペースにいることで他の選手を引きつけて、別の選手を活かしたという見方ができる指導者が少ないですよね。戦術が無いなかでサッカーをさせられたら「目立たなきゃ」という気持ちになって、まずはボールを受けようとする。そうなると、ボールを前に運べない、奪われやすい位置でも受けようとしてしまいますよね。
僕は別に技術的に優位に立っているチームとか、選手に任せておけば何とかしてくれるチームを率いているわけではない。当時はロングボールという選択肢も持ち合わせていないチームだったので、パスを繋ぎやすい配置と構造を考えることに向き合ってきたんです。
例えば、いつも相手のプレスに嵌まるのは、自分でボールを受けようとしたサイドバックが低い位置へ降りたときだなと。
自分で自分を持ち上げるわけじゃないですけど、(真理に基づいたサッカーと向き合う人が)いなかったから「サイドバックは低い位置で張ってはいけない」が気づかれていないんでしょうし、それを(中途半端に)やるよりかはロングボールを蹴ったり、上手い人にボールを預けたほうが良いですから。ある意味僕が他の指導者よりも不器用で、ロマン派なところがむしろ現実的というかサッカーのセオリーに近かった。僕が駄目だったからこそ、メリットが生まれた感じですね。

ーご自身のYouTubeチャンネルで、日本代表DF酒井宏樹選手にこの理論が真理かどうかを質問されていましたが、お答えを聞いてどんな感想を抱きましたか?
レオ:一人でサッカーは変えられないなと感じましたね。たとえば、酒井選手が理論を分かっていて、自陣の大外のレーンに張っていると危ないからペナルティエリアの角あたりへ移動する(内側に絞る)。もしくはセンターバックが外側に開いたうえで、酒井選手が一列前に上がったとします。でも、そのときにウイングの選手が降りてこなかったら、大外に何もない(パスコースがない)状態になるんです。酒井選手が内側に絞って、ウイングの選手が降りてくるまでが正しい戦術なので。
でも、日本代表の試合を見ているとウイングの選手が高い位置をとったままで、センターバック同士も広がらない。真理に気づいていない人、本質を分かっていない人がその戦術を採り入れると、まさに机上の空論になってしまうんです。ヨーロッパで流行っているから、とりあえずやってみようという感じになる。
僕の場合、ヨーロッパで流行っているからその戦術を採り入れたわけではありません。自分のチームでボールを繋がせるために、サイドバックは低い位置で張らないほうが良い。これとウイングの選手はどこにいれば良いか、サイドバックはどういう状況で内側に絞れば良いかを突き詰めたことで上手くいったので。
「攻撃が上手くいかないのはボール保持者がミスしているからだ」と、可視化しやすい成功やミスでサッカーを判断していると、ずっと上手くいかない。ただ、いろいろな人の話を聞いていると、基本的にそういう考えの人が多そうですね。なので、今後も日本には正しい理論が根付く確率は低いと思います。

ーヨーロッパで流行っている戦術を、表面的に真似するのは駄目ということですよね。
レオ:本当にそう。ただ、ヨーロッパでもちゃんとやれている人は少ないんですよ。
どの業界にも「なんでそこまで突き詰められるの」と尋ねたくなる人がいますよね。芸術の分野で言うと、岡本太郎を日本人だから凄いという人はいないですよね。岡本太郎だからできるみたいな。これと同じで、スペインだからみんな正しいサッカー理論を実践できるわけではないんです。スペインにも、ビルドアップのときにサイドバックを低い位置で張らせる監督はいますし。ベルギー人という括りでも、コンパニ以外に真理に基づくサッカーをできている人は見たことないですから。
指導者として、サッカーに異常な熱と知性を注げる人が、それぞれの形でそこ(真理)に行き着いているだけなので。そういう指導者がたくさんは出てこないでしょうけど、能力を持った人間に、良い環境が与えられる日本であってほしいと思っています。

センスではできない選手への向き合い方
ー書籍で解説されている、パスの受け手となる選手のY字ポイントへのアピアリング(移動)について。シュワーボ東京で実際に指導するなかで、想定外の難しさはありましたか?
レオ:アピアリングについては、選手個々の才能の部分が大きいですね。
ーではセンスで出来ない選手に対しては、どんなアプローチや指導を心がけましたか?
レオ:体の向きを含めて、今回の本にもある原理原則を理詰めで教えます。例えば、ライン間(相手の最終ラインと中盤のラインの間)でのターン。進行方向とは逆に体を向けて、そのまま一回転しながらボールを受ける選手がいるんですけど、ちゃんと半身を作って、進行方向を見ながら片足(進行方向側の足)でボールを受ける。こうすると視野を確保しやすいですし、片足でボールを扱ってそのまま進めば加速しやすい。
ただ、これを教えることはできるんですけど、教わった選手が試合で実践できるかは違うフェーズになります。その選手が試合でミスし続けるからといって、成長を待つために何日もかけられない。そういう場合は別のポジションで起用する。できなくても、その選手には他の良さがあるので。

クロス対応の真理とは
ー守備編では「同サイド圧縮」「ロック」「T字」も解説されていて、シュワーボ東京に落とし込んでいると思います。この結果得られた手応えや、指導するうえで感じた難しさは何ですか?
レオ:守備から着手すべきだったと思うくらい、失点が減りましたね。これは僕の子どもっぽいところで、攻撃が好きなんでしょうね。ビルドアップという言葉があるくらい、攻撃も(大事なのは)土台作りじゃないですか。そこに着目していましたし、ヨーロッパのトップレベルだと、教え方の違いはあれど、今回の本に載っている真理に近づくようなチーム作りはしていると思うんです。デ・ゼルビやアルテタは攻撃が注目されがちですけど、本当に隙がないのは守備ですからね。
シュワーボに関しては当初、クロス対応の原則であるロック(ボールとマークすべき相手選手を同一視野内に入れ、且つクロスが上がったときにボールを先に触れる位置に立つ)とT字を、しっかり落とし込んでいませんでした。なので守備者が自分の背中に相手を入れてしまう。
ただ、最近聞いたんですけど、日本のサッカー界で広まっているクロス対応の仕方は、センターバックはゴールエリア付近から動かない。ゾーンディフェンスで、入ってきたボールを跳ね返す。
トップクラスのサッカーだと、右ウイングの選手がクロスを上げたときに左ウイングがゴール前に侵入してきます。何ならサイドバックもゴール前に入ってくるくらい。こうなると、日本で広まっている守備の仕方では対応できないですよね。ゴール前の人数で負けるので。センターバックが守れない、マイナスのクロス(ゴールから離れていく軌道のクロス)が来るゾーンをボランチが埋めるT字の原則が浸透していないチームは、いつもマイナスのクロスで失点します。
守備が堅いチームとそうでないチームのクロス対応を研究したんですけど、失点が少ないチームはロックとT字をちゃんとやっている。これを映像を見せながら選手たちに納得してもらいました。シュワーボの失点シーンも、ロックとT字ができていないときでしたね。この原則をもっと早く落とし込んでいたら、今まで出会ってきた選手に与えられるものはより大きかったと思います。
ーでは守備という側面でも、今シーズンのシュワーボは楽しみですね。
レオ:僕は攻撃面、特にビルドアップについてちゃんと喋れる人間なので、そのイメージが先行しがちですけど、練習をご覧になられて分かる通り、シュワーボは異常なハイプレスをするじゃないですか(笑)。そのわりには相手にスペースを与えている感じがしない。今はロックとT字、同サイド圧縮(どちらかのサイドにボールを追い込み、同サイドでマンツーマンに近い形でプレスをかける守備)の原則を徹底しているところです。良いチームが例外なく実践している原則なので、相手にバレたところで、これ以外に良い守備はないです。

「論理性に注目が集まるサッカー界になってほしい」
ーシュワーボでは、選手獲得のためのセレクションを実施されています。今回の書籍で紹介されている理論への順応性が高い選手は、どれほどいましたか。
レオ:2回目のセレクションでは誰も獲っていないですし、1回目も100人参加してくれて最初に入団を認めたのが14人くらい。そこから今残っているのが5人くらいですね。
ーそれを踏まえると、この書籍を世に出す意義は凄くありますね。
レオ:そうですね。ただ、僕に言われて直せる選手と、今までやってこなかったからできない選手の両方が当然いますね。僕はバスケットボールをやってきた人間で、サッカーの技術のつけ方については真っさらな状態でした。なのですぐに正対理論などを覚えることができたんですけど、そうでない人にはなかなか浸透しないです。
未だに「ショートパスのときに出し先を見ろ」といった指導が広まっているそうで。ショートパスの蹴り方についても、自分の理論が正しいかどうか、僕はいろいろなYouTubeチャンネルを見て研究しました。それで分かったのですが、考え方や言っていることが僕と一緒の人が良いパスを出せているんです。
反対に、あるJクラブのYouTubeチャンネルに登場した指導者は、未だに「出し先を見てしっかりやろう」と言っている。権威性のあるほうが逆にアップデートしないものですね。そうした場で育って、プロになれなくてうち(シュワーボ)に来た選手が、「今まで教えられてきたことと違う」という話になる。それまでのノウハウで活躍してくれれば良いですけど、僕の理論は活躍している人の共通点から作られたものなので、当然その選手は活躍できない。
人間誰しも、肩書で人を見るものですけど、上手くなるための論理性に注目が集まるサッカー界になってほしいですし、この本がそれの礎になれば嬉しいです。
ー理論はあるけどノウハウが書かれていなかったり、ノウハウは書いてあるけど何が本質になって生まれたメニューなのかが不明瞭と、大半のサッカー書籍がどちらかに当てはまるんですよね。ここまで理論と実践が噛み合った書籍はなかったと思います。
レオ:僕の場合、その瞬間のミスを指摘したくないんです。ミスが起こりにくい方法を教えるのが、指導者の本来の役割なので。上手くない人に上手くないと言うのは簡単ですよね。「ワンタッチパスを浮かすな」ではなく、「ボールを平行に蹴れば、ワンタッチパスは浮かない。軸足を固定してしまうと、振り足が下から上に上がってボールが浮きやすい。軸足の力を抜けば、振り足が平行にボールに当たりやすいから、ダイレクトパスでも浮きにくいよ」といった指導を心がけています。
これを教えると、上手いけどダイレクトパスが浮いていた選手から「こうやれば良かったんですね。何で知っているんですか」という反応が返ってくる。これは僕が上手い人たちやそうでない人たちの蹴り方を見て、ポイントを整理して、自分で確かめたもので、下手な僕でも上手くいきました。それを知ってくれた選手から「この人のチームにいれば上手くなれるし勝てる」と思われる。だからこそ自分の理論に自信が持てましたし、この内容を授業や本にできました。そういったところが伝わって嬉しいです。

サッカーの考察に必要なのは
ー競技、選手、チーム、監督の本質を伝えることに心血を注いできたレオさんが考える、サッカーの批評や解説に必要なものは何ですか。日本のサッカーメディアへの提案や提言があればぜひ。
レオ:物事の真理を知る力、人間の真理を知ろうとする力ですね。これまでの話は、サッカーに関して共通点を見出すという話でしたよね。それによってサッカーの解像度が上がっていきます。これに加えて人間の解像度を上げる。サッカーは人間がするものなので。
例えば、記者会見で怒りやすい監督は試合中の修正が下手なんですよ。なぜかと言うと、冷静になれないから。意地悪な質問をされたときに怒っていたら記事にされて、それが燃え広がって自分への逆風が強まる。冷静な監督は、意地悪な質問に面白く返して、それによってサポーターからの信仰心を勝ち取る。これでいい流れに持っていけるんです。
要は「風が吹けば桶屋が儲かる」です。Aが起きたら、B、C、D、Eまで考えられるから、Aの行動をしっかり考えようみたいな。人間という観点で注目すると、監督の選手交代の意図が分かりやすいですね。「あのときに怒っちゃって、この試合もこんな采配して、本当に悪いポイントを修正していない。だから次の試合も良くならないだろうな」という真理が見えてくる。
それで本当にその監督が解任されて「レオさん、何であのとき分かったんですか」というオカルト的な話になるんです。僕の予想が当たるのは、人間とサッカーの真理の解像度が、サッカーの話をする人のなかでは高い部類に入るから。この両方を勉強していく感じですかね。
ー長年サッカーという競技を探究されてきて、今になって分かったサッカーの魅力や醍醐味を教えて下さい。
レオ:一人では行けない場所に行かせてもらえる経験の有り難さですね。今一番それを感じているのは、監督業のなかで選手がゴールを決めたり、良い守備をしたり、試合に勝ったとき。自分ひとりでは、ここまで感動できないですから。危機を乗り越えた先の喜びも醍醐味です。
ー現時点で考え得る、レオさんの究極的な目標を教えて下さい。
レオ:シュワーボのクラブW杯制覇です。そのときにその大会があったらですけど。僕らがJリーグに上がるうえで一番大変なのは、スタジアムや練習場など、設備面でJリーグ100年構想の規定を満たせるようなクラブになること。そういう環境を用意できるのは、資本的なバックがあったとき。
今後僕は監督としてよりも、オーナーとしての能力を伸ばさないといけない。基本的にスポーツ界では、オーナーはお金を出す人と思われているんですけど、全てはリーダーであるオーナーで決まるので。いろいろな企業の社長さんとか、Jクラブのオーナーの方の足元にも及んでいないので頑張ります。
ーこの書籍を手にとってくれるであろう、サッカーを愛する皆さんへのメッセージ、そしてご自身の活動に関する、今後の抱負をお願いします。
レオ:ネガティブな意味ではなく、僕はこの書籍を遺書だと思ってます。人生は映画と違って、ここというクライマックスがあるわけではないですよね。「あそこがクライマックスだったな」と後で気づくわけで。なので、僕はいつもそう思って生きるようにしています。
今まで出したこと無いようなフルスロットルの本を出します。僕が事故かなんかで亡くなったときに「これ書いた人凄いな」と思われるような本にしたいと思い、妥協せず(株式会社KADOKAWAの)笠原さんにわがままを言って、こだわりを込めた箇所もあります。読む人が肩に力を入れる必要はないですけど、そのくらいの気持ちで書いたので、ぜひ手にとって頂けたら嬉しいです。
(了)