これに加え、今2024/25シーズンからフロントや現場のコーチ陣に複数の日本人スタッフが加わり、クラブの日本化が加速していることでも話題となっている。ベトナムクラブ初の日本人CEOに就任した足達勇輔氏を直撃して、野心溢れるビンフオックについて話を聞いた。
足達氏はJAPANサッカーカレッジや横浜FCの監督、AC長野パルセイロのスポーツダイレクター、JFAのナショナルトレセンコーチ、指導者養成インストラクター、AFC Elite Instructor、香港FA Elite Development Coachなどを歴任し、2020年から2023年まではベトナムサッカー連盟(VFF)の技術委員長を務めていた。

日本化が進むビンフオック
ーまずはチュオントゥオイ・ビンフオックFCというクラブについて教えてください。足達:もともとビンフオック省のクラブでしたが、昨年10月にチュオントゥオイ・グループ(林業、農業、不動産業、教育業などを手掛ける)のファム・フオン・ソン会長が譲り受けてプロ化した非常に新しいクラブです。クラブ名にチュオントゥオイを冠して現在の名称になりました。その後、グエン・アイン・ドゥック監督(元ベトナム代表)が招かれ、トップチームだけではないクラブ作りが本格的にスタートするなか、私に声をかけていただきました。日本式のクラブ運営を目指すことになり、現在のような日本人スタッフが揃う環境となりました。
ー本拠地を置くビンフオック省は東南部の地方都市ですが、地元サッカー熱やクラブの認知度はいかがでしょう?
足達:認知度は徐々に上がっていて観客数にも反映されており、1部クラブよりも多くの観客がスタジアム(6000収容)に足を運んでくれています。今季初戦となったホームのカップ戦では、5000人の観客動員がありました。コンクリートベンチだったバックスタンドを全て個別シートに変えたのですが、それがほぼ埋まるぐらいの観客が入っており、メインスタンドは常にいっぱいです。クラブとして認知度を上げるための活動にも力を入れていますし、プロサッカークラブが何のために存在しているのか、というところからクラブ作りに取り組んでいます。
チケットは昨季まで無料でしたが、今季から販売を開始しました。
この点については、日本のプロクラブの考え方からすると、もっとチケットを売るべきじゃないかという話も出ましたけれど、ベトナムの文化やビンフオック省という土地柄、まだ我々が2部で戦っているということなどを踏まえて、来季に向けたステップと考え、このような対応になりました。

CEO就任の経緯や業務は
ー日本人として初めてVリーグのクラブCEOに就任されたわけですが、改めて就任までの経緯をお聞かせください。足達:直接お話をいただいたのはソン会長からなのですが、アイン・ドゥック監督が私のことをよく知ってくれていたのも大きかったと思います。日本式クラブを目指すなら、ベトナムサッカーを熟知している元VFF技術委員長の足達さんが適任だと進言してくれたと聞いています。
ー外国人がテクニカルダイレクター(TD)や顧問に就任するのはベトナムでも珍しくないですが、CEOは初です。CEOとしての具体的な業務はどんなものがありますか?
足達:ベトナムにはベトナムの文化があります。日本とも違うし、欧米とも違います。ですので、他国のやり方をそのままコピーして持ってくることはできません。そういう意味でも外国人CEOが難しい役割であるのも確かです。
ただ、意思決定の道筋であるとか、物事を発想していく提案の方法だとかを日本式に倣った合議制で進めていくこと、クラブ全体で皆が把握しながら事業を進めていくことなど、従来のベトナムのクラブや企業と違った意思決定の仕組みを作っていくよう心がけています。これにより、クラブ運営が強くなり、長く続けられるようになります。誰かが抜けて頓挫することがなくなり、皆で補いながら少人数でも強いクラブを作っていく。そういう組織作りという点では、日本人がやっていることの意味があるんじゃないかなと思っています。
ービンフオックは今季、日本人スタッフが急増しました。現在いる日本人スタッフの構成とクラブ内での役割を教えてください。
足達:現在は私を含めて6人の日本人がいます。まずトップチームのコーチに小原一典(元カンボジアサッカー連盟技術委員長、元ブータン代表監督)が就任しました。その後、Jクラブで長く監督を務めた、実力ある指導者である上野展裕(ツエーゲン金沢、レノファ山口、ヴァンフォーレ甲府、鹿児島ユナイテッドなどの監督を歴任)がコーチ陣に加わりました。それから、日本代表チームでトレーナーをされていた並木磨去光さんの紹介で、メディカルスタッフに松木仁志が入って、以上がトップチームに係わる3人です。
そして、アカデミーダイレクターには山本義弘が就任しました。

日本化失敗例との違い
ー日本人スタッフ急増は、霜田正浩TD(のちに監督)や松井大輔、高崎寛之を補強して話題になった数年前のサイゴンFCを彷彿とさせます。サイゴンは日本化を境にクラブが低迷し結果的に解散したとして、国内では失敗例と見なされています。そのため、日本化というクラブの方針転換を不安視する声もあるかと思うのですが、ファンやメディアからの信頼獲得、また新規ファン獲得のために、どのような施策を取っていますか?足達:もちろんサイゴンFCのことは存じておりますが、我々が目指すのは、トップチーム作りではなく、ソン会長の強い意志でベトナムのサッカーの景色を変えるためのモデルとなる日本式育成型クラブ作り。実際にやろうとしていることは、だいぶ異なります。アカデミーについては、クラブがACLを目指す上で必要不可欠のもの。クラブライセンスの発行だけでなく、普及活動を含む地域との結び付きや、アカデミー、サテライト、トップチームへと繋がるクラブの組織作りを目指すという点が、サイゴンFCと異なる点です。
ビンフオックFCでは今年、U-12チームを立ち上げました。セレクションで選んだ選手は、ほぼ全てが地元の選手たちです。ベトナムのアカデミーでは全国から選手を集めるという傾向が強く、皆で良い選手を取り合っている状況。我々は探すよりも育てることに主眼を置いています。ビンフオック省には11の区がありますが、これから各区に支部を作っての普及活動を計画しています。
そこで育った選手がアカデミーに入り、将来的にトップチームを目指すという道筋を作りたい。地域の人々にとっては、日頃自分たちが見て知っている子供たちが、5~10年後にトップチームで活躍する姿を見られるわけですから応援にも力が入ってきます。今のベトナムにはない、ホームグロウン選手という認識がここから見えてくると思っています。
子供の成長というのは、やはり親と一緒に進むというのが自然な姿だと思います。U-12の選手たちは平日クラブから学校に通っていますが、週末は親元に帰るという形にして、親との接点をしっかり持ちながら育成するようにしています。こうしたアカデミー運営がビンフォックFCの特徴で、地域に根差したクラブであると地域の皆さまに感じていただけていると思います。

日本でプレーしてきたコン・フオン
ートップチームの強化面について伺います。ビンフオックは今季移籍市場で、現役ベトナム代表や元代表クラスを多数獲得し、特に横浜FCから加入したグエン・コン・フオンの電撃移籍は大きな話題になりました。コン・フオン獲得の狙いは何でしょう?また新戦力たちにはどんな期待を寄せていますか?足達:まず多数の選手を獲得した理由の1つとして、昨季クラブを譲り受けた際にレンタルで選手を獲得していたことがあります。半数以上がレンタルした選手でした。そういった選手を育てても翌年にはいなくなってしまいます。今季はレンタルの選手は1人だけ。成長した選手のレンタルを延長したいと打診しても、断られてしまいました。
そんな中、コン・フオンを獲得することになりましたが、ビンフォックFCが日本式クラブ作りをしているということは彼の耳にも入っていました。彼自身、現役生活の終盤に差し掛かっており、引退後のことも考えて育成の重要性を痛感していたようです。彼は日本でのプレー経験もありますので、選手の母数を増やさないことには国力が強まらないと理解しています。そのために彼は国内でスクールも立ち上げていますし、我々の取り組みにも非常に興味を持ってくれました。
我々が目指すのは彼がこれまで触れてきた日本スタイルのサッカーであり、外国人助っ人の個に頼らずに、グループで崩してグループで守るという、ベトナムサッカーが将来に向けて絶対に取り組んでいかなければならないもの。アタッキングサードの狭いエリアで彼の高い技術は生きますし、チームのラストピースになると考えています。実際、ここまでの3試合(カップ戦1試合、リーグ戦2試合)でチーム全得点となる3得点をコン・フオンが挙げています。
ー現在トップチームを率いているグエン・アイン・ドゥック監督は、足達CEOにとってAFCインストラクター時代の教え子でもあります。2部ロンアンFCで選手兼コーチを経て、昨季から本格的に監督としてのキャリアをビンフオックでスタートさせ、昨季3位という好成績を残しています。かつての教え子の成長をどう見ますか?
足達:ものすごく柔軟な思考を持つ男だと思います。
ベトナムサッカーの未来に絶対に必要となるものを、彼は今まさに身につけようとしていますので、どこまで成長していくのか楽しみです。他人を見る目、周囲の空気を感じ取る力、学び取る力というのを持っていますし、末恐ろしいですよ。彼のような新しい世代の指導者が国内で力を持つようにならないと、ベトナムサッカーは変わっていかないと思います。

「選手を“探す”よりも“育てる”ということ」
ー開幕前のキックオフイベントでは、アカデミーのお披露目もありました。就任会見での足達CEOの発言や先程のお話でもそうですが、今後は特に育成に力を入れるという意思を感じます。新たに発足したアカデミーの理念やビジョンをお聞きかせください。足達:やはり選手を“探す”よりも“育てる”ということ。国内アカデミーやVリーグクラブの下部組織においてU-12年代で純粋に育成されている選手数というのは非常に限定的です。例えば、今後U-17代表を選ぶにあたっても、その限られた母数の中からしか選べないという現状があります。タレントは全国にいて、どこかにかたまっているわけではないと思うんです。
ビンフオック省にもタレントはいるはず。でも、それを見過ごしていて、機会が与えられていない。タレントがサッカーを目指すような取り組みができていない。だから、ビンフオック省にはタレントが少ないという現状になっています。これはかつての日本も同じだったかもしれませんが、タレントは場所を選んで生まれてくるわけではありません。ベトナムには1部・2部合わせて25のプロクラブがありますが、それぞれが地域で育成の取り組みをすれば、確実に母数は変わってきます。そのロールモデルになるというのが、我々がアカデミーを作る上での一番の理念。このことがベトナムサッカーの分岐点になって欲しいと思います。
しかし、12歳の選手がトップチームに上がるには約8年という時間がかかります。ベトナムの課題として、この中期ビジョンに堪えられるのか、目標を見失わずに進めるのか、というのがあります。見えない目標に向かって、地域とクラブが一丸となって努力し歩んでいけるのかというのが、私の挑戦。これに成功すれば、このクラブは間違いなくベトナムのロールモデルになると確信しています。
ー足達氏がクラブCEOになったこと、そして日本式アカデミー誕生により、日越サッカーの繋がりにはどんな影響が出てくるでしょうか?
足達:アカデミーの方針の一環として、“学業かサッカー”ではなく“学業とサッカー”というのを掲げており、両方できる人材を育てることを目指しています。ありがたいことに、クラブには日本人スタッフと通訳合わせて10人の日本語話者がいますので、子供たちへの日本語教育も始めています。通常の学業についても科目ごとに家庭教師を雇って成績を落とさないよう勉強時間を設けています。宿舎内に教室も作りましたし、学業にはサッカーと同じぐらい力を入れています。
日本サッカーには、他の国には見られないユニークなパスウェイとして、部活動だったり、大学サッカーだったり、または社会人、アカデミーなど色々な道筋があります。日本語力をつけたベトナム人選手が日本の大学でサッカーをしながら学士を取得して、Jリーグを目指すとか、あるいはVリーグに戻ってくるのでもいいですし、サッカーと学業を両立できる環境が日本にはあるので、そういうところに選手を送り出したい。これは一つの例ですけど、日本とのかかわりという意味では多岐にわたります。Jクラブとの育成提携を結んで、選手を派遣するというのも考えています。

指導者養成、スポンサー集めも
ー元Jリーガーとしてコン・フオンが加入したわけですが、今のところJリーグで成功したと言えるベトナム人選手は出ていません。今後Jクラブでプレーするベトナム人選手は増えると思いますか?足達:指導者のクオリティが上がらない限り、ベトナムサッカーは現在の域から抜けられないと思います。指導者のクオリティというのは、グラウンドで指導するのにとどまるものではなく、例えば母数が足りないなら、増やすための組織作りをするというのも育成年代の指導者の仕事になります。サッカーに理解のある指導者が増えていく、あるいはそういった指導者養成を行っていかないと、越僑選手や帰化選手を探すという方向に向かってしまうと思います。
育成というのは草の根から始まりますので、コミュニティサッカーがVリーグクラブの傘下に入って良い影響を受けたり、カリキュラムを共有したりして、選手を育てていくとか、育成と普及で大きな変革がない限り、ベトナムから世界で活躍する選手が出てくることはないでしょう。そういう意味で、我々のクラブが一つのロールモデルにならなければならないと強く感じています。
ー経営面について伺います。多くのベトナムクラブは力がある一部のオーナー企業に依存している状態ですが、ビンフオックの現状はいかがでしょう?
足達:ソン会長が省から譲り受けて、設立間もないクラブということで、現状では他のVリーグと同じような状況です。ただ、私が考えるクラブ作りはそういうものではないので、こちらも改革には着手しています。町田運営部長が赴任したことで、既にセールスシートを作成してスポンサー集めに動き出しているところです。我々クラブにとっては、選手やサッカーの試合が商品に当たるため、今季はチケットも販売しましたし、ユニフォームの販売も始めました。移籍金に関しては10年後になってしまうかと思いますが、スポンサー収入とチケット販売、マーチャンダイジング、移籍金という収入の4つの柱を少しずつ拡大させているところです。
ー例えば、サイゴンFCでは日本化を契機に日系スポンサーが急増しました。ビンフオックは育成面では、地域密着という話でしたが、スポンサー集めも地域にこだわっていくのでしょうか?
足達:そこはビンフオック省の企業にこだわってはいません。我々日本人のスタッフがいて、1部昇格するとなったら、日本人選手を獲得(2部は外国人選手登録が禁止)しようという流れになるでしょうし、日系企業にも興味を持っていただいて、日本とベトナムの懸け橋となれるようなクラブになりたいと考えています。教育分野であったり、地方農業であったり、あるいは日越を繋ぐ活動の分野など大きな視点でスポンサーは探していきたいです。我々の取り組みに共感していただける企業には、是非協力をお願いしたいです。

今季の目標は優勝しての1部昇格
ー今季はもちろんのこと、ビンフオックは昨季も集客面では他クラブを上回る観客動員があったかと思います。集客方法やスタジアムのエンタメ化についてのお考えを聞かせていただけますか?足達:集客に関しては、まだ我々の考えていることが反映されているとは言い難いですが、ファンサービスの仕方などの部分では少しずつ日本式を取り入れています。集客では、コアサポーターの中心メンバーの方々が非常に積極的に動いてくださり、情報告知などで協力してもらっています。
スタジアムの遊園地化については、つい先日の定例会議でも案が出たところです。サッカーを観たいお父さんがサッカーを観るだけの場所じゃなく、家族で楽しめる場所、子供も楽しめる場所にしていきたい。キックターゲットやミニゲームで所属選手と触れ合う機会を作ったり、それ以外にも日本食デーやタイ料理デーといったイベントを企画したりするなどの案が出ており、将来のアリーナ化に向けて動き出しているのは確か。スタジアムには潜在的に活用できるキャパシティがあると思っていて、今はまだ競技場の色が強いですが、それをスタジアムに、ゆくゆくはアリーナへと進化させたいと考えています。
ー現在2部を戦っているビンフオックですが、近いところで今季の目標と、将来的に目指すクラブ像を教えてください。
足達:ズバリ今季の目標は1部昇格。プレーオフではなく、優勝しての1部昇格です。昇格後はVリーグの中位ぐらいに安定して定着すること。そこからはACLに向けてシフトアップしたいです。5年後ぐらいには、ACLにチャレンジできるところまで持っていきたいと思っています。