東南アジア最強国を決めるASEAN三菱電機カップ2024が12月8日に開幕する。かつてはタイガーカップやスズキカップの名で開催され、前回大会から三菱電機が冠スポンサーに就任。
サッカー熱が高い東南アジアにおいては、各国がプライドをかけて激突する重要な大会で、元タイ代表MFチャナティップ・ソングラシン(元北海道コンサドーレ札幌、元川崎フロンターレ)や元ベトナム代表FWレ・コン・ビン(元北海道コンサドーレ札幌)など、過去の優勝国からは多くのスターが誕生して、東南アジアサッカーの歴史を彩ってきた。

そんな東南アジアが熱狂する今大会には、国籍を変えて第2の故郷で代表選手となることを選んだ日系帰化選手たちが出場する。ここでは、高校サッカーの名門である市立船橋高校でキャプテンを務め、FC琉球、アルビレックス新潟シンガポール(アルビS)を経て、カンボジアに新天地を求め、今年からカンボジア代表としてプレーしているMF水野輝(33歳)にインタビューを行い、帰化するまでの経緯や日本との関係も深いカンボジアサッカーについて話を聞いた。

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東南アジア最強決定戦に挑む日系帰化選手。水野輝インタビュー

カンボジアに辿り着くまで

ー水野選手は市立船橋、明治大を経て、2014年にFC琉球でJリーグデビュー。そこからアルビSでプレーして、現在のカンボジアへと活躍の場を移されています。海外挑戦を決めた理由と、カンボジアに辿り着くまでの経緯を教えてもらえますか?

水野:琉球でプレーしていたときは、アマチュア契約で働きながらサッカーをしているという状態で、サッカーと仕事の両立が辛い日々でした。サッカーが楽しめていないと感じることもあって、海外に出てサッカー1本で挑戦してみたいと思ったのが最初の理由です。それで、環境を変えてアルビSで海外挑戦をスタートしました。

アルビS所属時に出場したシンガポールカップで、招待出場だったカンボジアのスヴァイリエンFCと対戦して、そこからカンボジアも視野に入れるようになり、現地でトライアウトを受けました。スヴァイリエンの監督や選手が対戦した僕のことを覚えてくれていて、そこで1~2週間の練習参加を経てから契約となりました。

ーそれまでに経験してきた日本サッカーとカンボジアサッカーの間には、どんな違いがありますか?

水野:カンボジアの1年目で大きく感じたのは、足元でボールを扱う技術やテクニック面の差です。パス一つ、トラップの仕方一つ取ってもそうですけど、ビルドアップやボールの動かし方も日本とは全然違って全体的に未成熟でした。
今では若手を中心に徐々に改善されてきているとは思いますが、当時はそんな印象でしたね。

東南アジア最強決定戦に挑む日系帰化選手。水野輝インタビュー

カンボジアリーグにいる日本人選手

ー現在のカンボジアリーグには、日系クラブのアンコールタイガーFCや、既に解散してしまいましたが元日本代表の本田圭佑氏が実質的オーナーを務めたソルティーロ・アンコールFCなどもあって、日本人選手や日本人指導者が活躍している印象です。リーグには現在、何人ぐらいの日本人選手がプレーしているのでしょうか?

水野:かなり多いです。タイガーなんかは3~4人いますし、僕が所属しているスヴァイリエンにも僕を含めて3人います。調べたところリーグ全体だと、帰化選手を含めて22人の日本人選手がいます。

ー水野選手が移籍した当初はどうでしたか?

水野:僕が来た当初からも結構、日本人選手は多くて、他には韓国人やナイジェリア人が多かったですね。今は日本人とブラジル人の助っ人が多いです。

ー日本人選手が増えているとのことですが、日本人助っ人に対する現地の評価はいかがですか?

水野:チームのために献身的に動くというのが日本人選手のベースにあると思います。監督が目指す戦術への理解度だったり、チームメイトとのコミュニケーション能力なんかも高いので、チームの輪を乱すことなく、チームのために働く存在として欠かせない存在になっているのかなと思います。

ー水野選手がカンボジアに渡った2016年と比べて、どんな変化がありましたか?

水野:リーグ全体が盛り上がってきているというのは、ここ最近感じています。リーグの質もそうですし、サッカーの質も上がってきている印象です。以前までだと、カウンターの応酬みたいなサッカーで、一本のロングボールから決まっちゃうみたいなことが多かったんですが、今は戦術的なサッカーへと変わりつつあります。

ー2021年に現在のカンボジア・プレミアリーグとなって以降、日本人CEOの就任などでリーグ運営のテコ入れがあったかと思うのですが、リーグ運営のプロ化というのは感じていますか?

水野:プレイヤー目線でも運営側がプロモーションに力を入れて、すごく宣伝してくれて、リーグを盛り上げようとしているのは伝わってきました。
全試合をライブ配信したり、メディア露出が増えたりして、そういう面では改善を感じています。

東南アジア最強決定戦に挑む日系帰化選手。水野輝インタビュー

カンボジア国籍に変更したきっかけは

ー日本国籍からカンボジア国籍に変更されたわけですが、いつごろから帰化を意識したのでしょうか?

水野:僕自身はっきり意識し始めたとうのはなくて…。5年居住したら取得できるというのは知っていましたが、当初はこんなに長くカンボジアにいるとは思っていなくて、ただ長年カンボジアに住んで代表の試合もよく観に行っていたので、いつかこの舞台に立てればいいなというのを少しずつ感じるようになりました。昨年キリボンにローン移籍したんですが、そのときにクラブから帰化の打診があって、カンボジア代表でプレーしたいという気持ちが強くなりました。

ー二重国籍を認めている国とは違い、日本人が国籍を変えることは、なかなかハードルが高いと思いますが、決めるまでに葛藤はありましたか?

水野:正直、僕はそこまで悩んだりというのはなかったです。一生に一度の経験でしょうし、誰もが経験できるわけでもない。これだけ長くカンボジアに住まわせてもらって、何かの形でカンボジアに恩返しじゃないですけど、貢献したい気持ちが強かったです。

ー今大会のカンボジア代表には水野選手を含めて、小川雄大選手(元FC岐阜)、大瀬貴己選手(元HBO東京)と計3人の日系帰化選手が招集されていますが、現チームには何人の帰化選手がいるのでしょうか?

水野:全部で6人ですね。日系3人と、あとはコロンビア、コートジボワール、南アフリカからの帰化選手です。

ーインドネシアやフィリピンをはじめ、自国にルーツを持つヘリテイジ型の帰化戦略で代表チームを強化している東南アジアの国は多いですが、カンボジアサッカー協会の帰化戦略に対するスタンスは?

水野:協会も前向きに考えていると思います。ただ増えすぎると、カンボジア国民からの心象としては、あまり良くないのかなとも思います。やっぱり純粋なカンボジア人選手のプレーする機会を奪ってしまうことになるので、そのバランスは難しいと思います。ヘリテイジ型で言うと、カンボジアにルーツを持つ選手を発掘して、代表で練習参加させてみるという動きは出てきています。
実際、アメリカ人とのハーフの選手(FWニック・テイラー)なんかも呼ばれています。

ー日系帰化選手は今後も増えると思いますか?

水野:そうですね。結構長くプレーしている選手もいるので…協会の判断にもよると思いますけど、今後も出てくる可能性はありますね。

東南アジア最強決定戦に挑む日系帰化選手。水野輝インタビュー

本田圭佑GM時代のカンボジア代表

ーカンボジア代表で日本人ファンが思い出すのは、2018~2023年に実質的監督を務めた本田圭佑GM時代です。カンボジアでプレーする日本人選手として、当時のカンボジア代表をどう見ていましたか?

水野:若手を積極的に招集していて、試合を観ていても色々と新しいことにチャレンジしていたように思います。戦術理解やサッカーへの理解度を上げるよう取り組んでいたので、当時呼ばれていた代表選手たちは、かなり頭を使いながらプレーしていると感じます。代表チームでは、これまでクラブでやってこなかったような指導を受けていたと思うので、選手たちは大変だったかもしれません。

ー本田実質監督が就任する数年前、代表ブームが過熱してスタジアムが超満員になるという現象が起きていたかと思うのですが、当時のブームが起きた理由というのは何だったのですか?

水野:僕がカンボジアに来た当初も代表戦は、5万人収容のオリンピック・スタジアムがほぼ満員になるぐらい入っていました。当時はアイドル的な選手(元藤枝MYFCチャン・ワタナカなど)が数人いて、その人気もあって一大ブームになった感じです。その時はお祭り騒ぎという感じで、今はファンも段々と目が肥えてきて、自分なりのサッカー論を持つようになり、今の代表チームはこれじゃだめだよね、あまり勢いがないよね、というふうに考え始めているのかなと思います。

ーカンボジア代表では、本田体制が終わった後、佐川印刷などでプレー経験があるフェリックス・ダルマス監督が復帰して、今年9月中旬からはU-23代表を率いていた行徳浩二氏が暫定監督として指揮しています。日本人や日本と所縁がある指導者が指揮する時代が続いていますが、現地での日本人指導者に対する評価は?

水野:日本人指導者に対するリスペクトを感じます。日本サッカー協会との繋がりもあって、指導者間の交流もありますし、日本人指導者から学びたいという人が多いです。
現地の指導者たちが学ぶ姿勢を持っているので、日本人指導者にとっても、やりやすい環境だと思います。

東南アジア最強決定戦に挑む日系帰化選手。水野輝インタビュー

日系選手が監督から求められるものは

ー代表デビュー戦となった9月のアジアカップ予選プレーオフのスリランカ戦(2試合トータル2-2でPK戦の末に敗退)を振り返っていただけますか?

水野:初戦はアウェイだったんですけど、緊張と責任を感じました。実際にカンボジア代表のユニフォームを着て、ピッチに立っている自分の姿が信じられないという気持ちと、いざピッチに出ると、国を背負って戦うんだという気持ちが強くなりました。やはりクラブでの試合とは違う緊張感がありました。

ー間もなく東南アジア最強決定戦のASEAN三菱電機カップが開幕します。国内での盛り上がりはいかがでしょう?

水野:メディアを中心に盛り上げてくれているので、以前のように大勢のカンボジア国民がスタジアムに足を運んでくれることを願っています。

ー行徳監督の就任後、10月にチャイニーズ・タイペイ(3-2)と香港(0-3)と国際親善試合を行っていますが、監督が目指すサッカーはどんなものですか?

水野:シンプルにパスを繋ぐというのと、流動的に動いて空いているスペースがあったら、どんどん走っていく。オープンスペースとスペースメイクを意識した練習や、シンプルなサイドチェンジとか流動的なサッカーを目指していると感じます。

ー日系選手たちは監督から、どんな役割を求められていますか?

水野:日本人同士コミュニケーションが取りやすい部分があるので、うまくバランスを取りながら、チームのウィークポイントをカバーしたり、カウンターの芽を早めに摘んだりとか、機転を利かして色々なところを見るようにしてほしいというのをプレーしていて感じます。

ーグループステージ同組のシンガポール代表は、小倉勉監督が率いているほか、日系帰化選手の仲村京雅選手(元ジェフユナイテッド市原・千葉)も招集されています。日系帰化選手対決になりますが、特別な感情はありますか?

水野:国際試合で日系帰化選手対決なんて、そうそう見られないと思うので、面白い試合になりそうです。

東南アジア最強決定戦に挑む日系帰化選手。水野輝インタビュー

最大のライバル、今後の展望は

ーシンガポール代表MF仲村選手にもインタビューしたのですが、対戦を楽しみにしていると話していました。絶対に負けたくないとのことです。


水野:

ーズバリ今大会の目標は?グループステージ突破で最大のライバルになりそうなチームは?

水野:まずはグループステージを突破というが大きな目標です。最大のライバルは、帰化選手も多い初戦のマレーシア。それにシンガポール、もちろんタイも強豪ですし、東ティモールも侮れません。カンボジアにとっては、1試合も簡単な試合はないなというのが本音です。

ー今大会で対戦してみたいチームというのはありますか?

水野:別グループなんですけど、インドネシアとは対戦してみたいです。W杯最終予選でも、あれだけの結果を残していますし、その強さは実際に戦ってみないと分からないので、対戦してみたい。今大会に呼ばれていない選手も多いですけど、それでも力があるチームだと思います。

ーカンボジア代表選手となったことで、近い未来、日本代表との試合も実現するかもしれません。生まれ育った国の相手と戦うことを考えたことありますか?

水野:カンボジアも日本との関係性は強いので、親善試合などで対戦することがあれば、僕的にはすごい楽しみです。生れた国の代表チームというのは、やっぱりサッカーを始めた小さい頃から夢見ていた存在ですし…。今は関係こそ違えど、国を代表して対戦できる。もしそれが実現したら、特別な感情が押し寄せると思います。


ー最後にカンボジア人フットボーラーとなった水野選手の今後の展望を聞かせてください。

水野:カンボジア人になったので、その強みを活かして、ここで出来るところまで現役を続けたいという気持ちです。体が動く限り、チームが必要としてくれる限りプレーしていきたいです。
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