Jリーグ初代チェアマンで、日本バスケットボール協会(JBA)前会長の川淵三郎氏が、1月21日に開かれた会見の中で、NBAロサンゼルス・レイカーズに所属する八村塁の言動について苦言を呈した。

八村は2021年の東京五輪以降、バスケットボール男子日本代表への招集を拒み続け、自国開催だった2023年W杯(FIBAバスケットボール・ワールドカップ)にも出場していない。
2024年パリ五輪には負傷を押して出場したものの、試合前に選手が入場する際にチームスタッフ全員とハイタッチする場面で、八村はヘッドコーチのトム・ホーバス氏を無視し、その不仲ぶりが話題となっていた。

ホーバス氏は東京五輪でバスケットボール女子日本代表を率い、銀メダルに導いた功績として、横滑りする形で男子日本代表のヘッドコーチに就任したのだが、八村はその人事に不満を持っていたようだ。全敗に終わったパリ五輪後の2024年11月、米国メディアの前でホーバス氏の指導能力について「練習のやり方、ミーティングも世界レベルではないんじゃないかと思う」と不満をぶちまけ、返す刀でJBAに対しても「プレーヤーファースト(選手第一)の精神が見られない。そういう方針の日本代表ではプレーしたくない」とぶった切ったのだ。

ここでは、このバスケ界の騒動がサッカー界で起きていたらどうなるかという視点で検証したい。

NBA八村塁の代表監督・協会批判は、日本サッカー界でも起こり得るのか

八村塁の発言とJBA川淵氏の苦言

八村はパリ五輪開幕前の壮行イベント(7月3日)と壮行試合の韓国戦(7月5日)をコンディション不良で欠席した。JBAは八村が出席する前提で大々的にPRしていたために、現場は大混乱。振り回されたファンやマスコミの怒りの矛先は八村に向き、この出来事によって八村はJBAに不信感を持ち始めたようだ。「お金の目的があるような気がする」と批判したのはこの点を指しているのだろう。

ホーバス氏についても「僕らは日本のトッププレーヤー。代表にふさわしい、プロとしてもコーチをやっていたことがある人がコーチになってほしかった」と苦言を呈した。要するに「ホーバス氏は我々のレベルにない」と断じたようなものだ。

この八村の発言を批判した川淵氏は、日本バスケットボール界の“救世主”でもある。
会見では「僕の個人の意見」と前置きしてはいるが、口出しする資格はあるだろう。

2014年当時、企業チームとプロチームが混在するJBL(日本バスケットボールリーグ)と、完全にプロ化されたbjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)の2つのリーグに分裂しており、それが原因でFIBA(国際バスケット連盟)から、五輪を含む国際試合から追放されるなどの制裁を受けていた。その状況を打破すべく、三顧の礼をもってJBAのエグゼクティブアドバイザーに就任。持ち前の豪腕ぶりで2015年、Bリーグ(ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)創設にこぎつけたのが川淵氏である。

しかし、川淵氏の苦言はバスケファンからバッシングを浴びる。ネット上には「老害」という言葉まで飛び交う始末だ。目上の批判などもってのほかの“ゴリゴリの昭和の体育会系”の中で生きてきた川淵氏にとっては、八村とその発言を支持する若いファンの思考回路など、何度説明されても理解できないのではないだろうか。

NBA八村塁の代表監督・協会批判は、日本サッカー界でも起こり得るのか

サッカー界における代表監督批判

ここで少し想像力を働かせてみる。これがサッカー界で起きていたらどうなるだろうかと。

現在のサッカー日本代表の森保一監督は、2022年のFIFAワールドカップ(W杯)カタール大会までの第1次政権時は、何かと批判の的にされた。常に解任論も飛び交っていたが、本戦で結果を出したことで契約延長を勝ち取り、メディアからの批判も封じ込めた。

そして第2次政権の現在、2026年の北中米W杯に向けたアジア最終予選では圧倒的な強さで首位を独走し、本戦出場にリーチをかけている。表向きには非常に良い状態でチームが回っているように感じる。


しかし、昨2024年のAFCアジアカップ、グループリーグ第2戦で日本代表がイラク代表に敗れ2位通過、準決勝でイラン代表に敗れると、“アンチ”が息を吹き返した。

そんな空気の中、日本代表MF守田英正(スポルティング)がテレビ朝日系番組『GET SPORTS』に出演し「外からこうした方がいいとか、チームとしてこういうことを徹底しようとか、もっと提示してほしい」と発言。監督批判かとメディアは色めき立ったが、森保監督はこれを建設的な意見としてお咎めなしに終わった。

逆に、森保監督が忌み嫌うように代表招集を避け続けているのが、鹿島アントラーズのFW鈴木優磨だ。その関係が垣間見えたのは、2020年9月23日の鈴木のSNS投稿である。

鈴木は「イライラする部分が好きじゃない?てめーなに様だよ」「だったら呼ぶんじゃねーよ」と連投。寄せられた「もしかして、森保監督?」というリプライに対し「いいね」したことで、明らかに森保監督を指して放たれた言葉だと推測された(現在は全て削除)。

後日に発表されたオランダ遠征の日本代表メンバーは、「全員海外組とする」とされていたにも関わらず、当時シント=トロイデン(ベルギー)のレギュラーだった鈴木の名前はなかった。鈴木の投稿からは、その直前に森保監督が鈴木に「招集しようと思うけれど、君のイライラする部分が好きじゃない」と語り、鈴木がこれに反発したのではとも言われている。

NBA八村塁の代表監督・協会批判は、日本サッカー界でも起こり得るのか

森保監督は鬼になれるのか

柔和なキャラクターからは想像できないが、森保監督は自身に反抗的な選手に対し厳然たる態度で接する指揮官で知られる。

サンフレッチェ広島監督時代の2014年、主将のエースFW佐藤寿人を途中交代させると、佐藤は森保監督に悪態をつき握手も拒否。これに対し森保監督は1週間の謹慎処分を科し、佐藤の全体練習参加も許さず、その後の2試合はベンチにも入れなかった。結果を出している上に “鬼の顔”を持つことを知っている選手は、森保監督の後を付いていくしかない。


しかしながら、日本代表のほとんどが海外組で構成されている現在、選手の多くは欧州の最先端の戦術に日常的に触れている。アジアでは図抜けた強さを誇る日本代表だが、欧州強豪国との親善試合を組むのが難しい現在、チームの現在地が分かりにくくなっているのが現状だ。

森保監督自身、欧州の最先端戦術を学んだり、アップデートしないままW杯本戦に突入すれば、一気に“ボロ”が出る可能性もあるだろう。事あるごとに“個”の充実を口にし、「戦術で勝つ」ことを放棄しているような印象を与えていることが不安を増幅させる。

守田のようにあくまでチームのために苦言を呈し、森保監督に聞く耳がある限り、今回の八村のようなバスケ界に見られる問題に発展することはなさそうだ。しかし問題は歯車が狂い出した時だ。

海外組の選手が「ウチの監督はこうしていた」などとバラバラな主張をし始めたら収拾が付かなくなるだろう。そして、日本での実績しかない森保監督に対し尊大な態度を取る者が現れ、その選手が必要不可欠な主力だった場合、森保監督は鬼になれるのか、疑問が残る。

NBA八村塁の代表監督・協会批判は、日本サッカー界でも起こり得るのか

決して珍しいことではない代表監督批判

海外においてはどうか。フランス代表のディディエ・デシャン監督は、主力選手から批判を受けている。

2024年9月のUEFAネーションズリーグ中に、GKマイク・メニャン(ミラン)がFWキリアン・ムバッペ(レアル・マドリード)らについて、「あまりにもエゴイスティックで自分のことしか考えていない」と発言したことがフランスメディアで報じられた。同僚に批判されたムバッペは、その責任をデシャン監督の戦術とし、監督批判を展開。
チームは空中分解寸前の状態だ。

また、ウルグアイ代表のアルゼンチン人指揮官マルセロ・ビエルサ監督に対しては、バルセロナでも活躍したFWルイス・スアレス(インテル・マイアミ)が昨年10月、地元のテレビ番組で監督批判を繰り広げた。

スアレスは、ビエルサ監督特有の厳しい管理をやり玉に挙げ、選手によって扱いを変えていることや、選手に対して挨拶を返してくれないといったことを例に「選手たちの我慢は限界に達し、爆発してしまう」とチームに不和が生じていることを明かしている。

デシャン監督やビエルサ監督といった実績のある監督ですら、マネジメントを間違うと批判の的となってしまう。世界的に見れば、代表監督批判など決して珍しいことではないことが分かる。

八村の問題は、選手と監督の間に圧倒的な経験値の差があることによって引き起こされた。そしてこの問題はサッカー界にも重なる部分がある。

日本代表がW杯に初出場した1998年フランス大会直前に、FW三浦知良(カズ)が代表から落選させられた原因も様々に論じられてきたが、コーチから昇格しW杯出場に導いた岡田武史監督に対し「岡ちゃん」呼ばわりをやめなかったからだとの説もある。

互いにリスペストのないチームが勝てるチームになれるはずはない。森保ジャパンも八村の批判やバスケ界の問題を他山の石とせず、“反面教師”としてチームビルディングに生かす必要があるだろう。
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