きっかけは川淵氏と、プロ野球・北海道日本ハムファイターズのスポーツ&エンターテイメント常務取締役事業統括本部長で、2023年に竣工した「エスコンフィールドHOKKAIDO」の設計や建設全体に関わった前沢賢氏との対談であった。
川淵氏は当時同氏との対談後「Jリーグを見に行った時何か疎外感を感じだ、こういう雰囲気を作ってはダメだと思ったという話に衝撃を受けた。その鋭いご指摘に共感すると同時にJリーグ全体として分析する必要があると思った(原文ママ)」とツイートしている。この前沢氏の意見が、2年経った今、TikTokのショート動画として拡散され、賛否両論を含んだ様々なコメントが寄せられている。
ここでは、横浜スタジアムやエスコンフィールドの賑わいを演出した前沢氏のJリーグへの“ダメ出し”の真意はどこにあるのか。彼の成功体験からJリーグが学ぶべきことは何かを検証したい。
(※)日本トップリーグ連携機構とは、Jリーグ、WEリーグ、SVリーグ(バレーボール)、Bリーグ(男子バスケットボール)、Wリーグ(女子バスケットボール)、JHL(ハンドボール)、リーグワン(男子ラグビー)、アジアリーグ(男子アイスホッケー)、HJL(フィールドホッケー)、JDリーグ(女子ソフトボール)、Fリーグ(フットサル)、Xリーグ(男子アメリカンフットボール)の計12団体、クラブ総数296団体を擁し、日本の団体球技リーグが集い強化活動の充実及び運営の活性化を図る目的により結成された組織。名誉会長は森喜朗元首相。

エスコンフィールドを創った男、前沢氏
地下鉄の最寄り駅から徒歩約10分というアクセスの良さを誇る札幌ドーム(現大和ハウス プレミストドーム)に見切りを付け、計画段階では懐疑的な見方もされていたファイターズの札幌市郊外となる北広島市への本拠地移転を成功に導いた前沢氏。アクセス面での問題は残るものの、エスコンフィールドの「ボールパーク化(単なる野球場としてではなく、さまざまなアトラクション、食事や座席なども充実)」を実現させ、人口約5万7,000人の北広島市の2022年の地価上昇率は全国トップを記録した。
ファイターズもその盛り上がりに呼応するかのように、昨2024年のペナントレース(プロ野球の公式戦)では新庄剛志監督の下、2年連続最下位から脱し、パ・リーグ2位でクライマックスシリーズに進出した。
また、ファイターズ入りする前の前沢氏は、横浜DeNAベイスターズで取締役事業本部長として、閑古鳥が鳴いていた横浜スタジアムの活性化に携わっていた。その辣腕を発揮した結果、今ではベイスターズは週末のゲームとなれば前売りチケットが完売するほどの人気球団だ。

前沢氏がJリーグに感じた「疎外感」とは
まず、前沢氏が語るところの「疎外感」について考えてみたい。前沢氏が「疎外感」という言葉を使った背景には、彼がエスコンフィールドで目指した誰もが楽しめる空間と、Jリーグのスタジアムの雰囲気にギャップがあったことだと考えられる。エスコンフィールドは、野球観戦だけでなく、飲食店、キッズランド、商業施設などを備えたボールパークとして設計され、試合がない日でも訪れる価値のある場を提供している。この取り組みは、単なる野球場という概念を超えて、地域社会や多様な客層を引き込むテーマパーク的な発想に基付いている。
一方、Jリーグのスタジアムは、熱心なサポーター文化が強く根付いているものの、いわゆる“一見さん”にとっては入りづらい雰囲気が存在すると感じたのだろうと思われる。
また、「こういう雰囲気を作ってはダメだ」という指摘は、Jリーグが特定の観客層(ゴール裏に陣取る熱狂的なサポーター)に偏りすぎており、幅広い層を取り込むことが出来ていないとも解釈できるのではないか。前沢氏はスポーツビジネスの成功には多様性や包括性が不可欠と考えており、疎外感を生む閉鎖的な環境は長期的な成長を阻害すると見ていると推測する。
Jリーグは1993年の創立以来「地域密着」を掲げ、サポーター文化を育んできた。しかし、前沢氏が感じた「疎外感」は、こうした理想が裏目に出ている可能性を示唆している。
熱心なサポーターが、チャント(応援歌)やコールなどで選手を鼓舞する応援はJリーグの魅力の1つでもあるのだが、初めての観客やライトファンにとっては威圧的で近寄りがたい印象を与えている可能性もある。川淵氏が当時にツイートした「(サポーターに)数が少なくても僕らだけで応援したいのにと言われて愕然とした」との経験談が示すように、Jリーグのサポーター界隈の排他的な雰囲気が垣間見える。

サッカーの試合に“プラスアルファ”の付加価値が必要
またJリーグのスタジアムは、試合観戦に特化している一方で、エスコンフィールドのような多目的性やエンターテインメント性が不足している。家族連れやデートでの利用を想定していないため「サッカーを見るだけの施設」となってしまい、結果、客層が限定されてしまうことになる。サポーター依存の運営に頼るあまり、新規ファンを取り込む努力が後回しになり、さらにJクラブの熱心なサポーターは時として「ニワカはいらない」などという声をSNS上で発信し、これが新規ファン獲得の障害となっている。
それは数字にも現れている。
また、Jリーグのライバルは、プロ野球や他のスポーツ興行だけではない。有料サブスクに加入すればレベルが高い欧州サッカーを見られる時代にあって、わざわざスタジアムに足を運んで“低レベル”のJリーグを見に行く動機がないのだ。
今やサッカー少年の憧れはJリーガーではなく、欧州のビッグクラブに所属する世界的名選手だ。そんな彼らをスタジアムに呼び込むためには、サッカーの試合に“プラスアルファ”の付加価値がなければならない。

Jリーグが参考にすべきエスコンフィールドの成功
前沢氏はベイスターズ時代から、横浜スタジアムを単なる球場ではなく「エンターテインメント空間」として再定義する手腕を発揮した。観客席の改修や飲食の充実を図り、観戦体験を向上させ、観客動員数の増加に繋げた。エスコンフィールドでは、さらに大胆なビジョンを提示し、開閉式屋根付きの球場、グラウンドに近い観客席(ファールゾーンが狭すぎてNPB野球規則違反を指摘されたほど)、多目的施設の併設など、従来の野球場の常識を覆す設計で、2023年の開業初年度に346万人もの来場者を記録した。
野球ファンだけでなく、観光客や家族連れを取り込むことで、来場者の約3割が道外からの訪問者となるなど、新たな市場を開拓することに成功している。
また、試合がない日でも楽しめる施設設計を実現させ、「北海道ボールパークFビレッジ」として地域活性化や観光振興に貢献。行政や企業との協力も強化し、前述したように北広島市の地価上昇という“副産物”も生み出した。
これらは、前沢氏が「観客が主役」という哲学を持ち、従来のスポーツ観戦の枠を超えた付加価値の創造に注力した結果だ。エスコンフィールドのように、試合日以外も活用できる施設やイベントを企画し、スタジアムを地域のランドマークに変えたのだ。
この試みはJリーグも大いに参考にすべきで、飲食店の充実、キッズエリアの設置、コンサートや地域イベントを開催するにより「サッカーを見に行く」以外の動機を創出できるだろう。
また、熱心なサポーターだけでなく、ライトファンや家族連れが気軽に楽しめる雰囲気作りも重要だ。応援を強制されない“まったりエリア”とも呼べるような観客席の配置、バラエティーに富んだ飲食店の誘致、初心者向けのガイドやイベントなど、初めての人でも疎外感を感じない工夫が必要だろう。
実際、J2のV・ファーレン長崎の新本拠地「PEACE STADIUM Connected by SoftBank」をはじめ、アリーナ・ホテル・商業施設・オフィスからなる大型複合施設「長崎スタジアムシティ」のような、商業施設や地域振興を組み合わせたモデルケースがJのスタンダードとなれば理想的だろう。

「観戦するだけの場所」から「体験の場所」へ
前沢氏の「疎外感」発言は、Jリーグが現状のサポーター中心の運営に依らず、より幅広い観客を取り込む必要性を訴えたものと捉えられる。彼の成功は、球場を「観戦するだけの場所」から「体験の場所」に進化させた。Jリーグもこの視点を取り入れることで、新たなファン層の開拓と長期的な発展に臨むべきではないだろうか。具体的には、スタジアムの多機能化と包括的なファン体験の設計が鍵となり、これを進めるにはクラブ、サポーター、地域が協力する意識改革も求められる。
こういうことを言うと、数多くのJクラブは「ウチにジャパネットたかた(V・ファーレン長崎のオーナー企業にして長崎スタジアムシティの運営元)の真似はできない」と感じることだろう。
しかし、その長崎とて諫早市の「トランスコスモススタジアム長崎」をホームスタジアムにしていた時代には、駅からのアクセスの悪さを逆手に取り、スタジアムへの道すがらの商店街の協力を取り付け「V・ファーレンロード」と名付けた上で、グルメの無料提供などのサービスを行っていた。
チェアマン時代からとにかく前例主義を忌み嫌い続けた川淵氏にとって、前沢氏のJリーグへの手厳しいダメ出しは相当耳の痛い話だったに違いない。しかしながら、Jリーグが次のステージに進み、「エンターテインメント」になるための貴重な示唆に満ちていると言えるのではないだろうか。