来2026年に開催されるFIFAワールドカップ(W杯)北中米大会(アメリカ・メキシコ・カナダ)アジア最終予選で首位をひた走り、本大会出場に王手を掛けているサッカー日本代表は、3月20日にバーレーン代表、25日にサウジアラビア代表(ともに埼玉スタジアム2002)と対戦する。

バーレーン戦は早々にチケットが完売し、サウジアラビア戦も残りわずかとなる中、最高のムードで8大会連続、そして史上最速でのW杯出場を決めることが期待されている。


しかしながら、テレビをつければそんな大一番などないかのように、スポーツニュースはもちろんワイドショーも、開幕戦を東京ドームで戦ったMLB(メジャーリーグベースボール)のロサンゼルス・ドジャースとシカゴ・カブスの話題。特に昨2024シーズン、ドジャースを世界一に導く活躍を見せ、2年連続でMVPに選出された大谷翔平に関する報道は過熱気味で、その一挙手一投足は詳細に報じられている。

ここでは、3月16日にドイツから帰国した日本代表MF堂安律の囲み取材のコメントを交え、野球とサッカーの熱や立ち位置について考察したい。

大谷フィーバーに、W杯予選大一番を戦う日本代表イレブンは何思う

大谷フィーバーとサッカー界の注目

もちろん、今や世界一の野球選手となり10年総額7億ドル(約1,014億円)という天文学的な契約を結んだ大谷が注目されることは当然だろう。しかしながら大谷に関する報道を見る度に、やり過ぎという印象も持つ。

片やサッカー界はどうか。仮にもW杯出場が決定するか否かという大一番だ。アジアの出場枠が、「ドーハの悲劇」によって出場を逃した1994年アメリカ大会時の「2枠」、プレーオフの末に初出場を決めた1998フランス大会時の「3.5枠」、2006ドイツ大会から2022カタール大会時の「4.5枠」を経て、大幅に枠が増え「8.5枠」となったことで、「W杯に出られて当然」となってしまった。最終予選の勝敗に一喜一憂していた過去も今は昔となった。

それだけ日本サッカーが成長したことの証しともいえるが、皮肉なことにアジア枠の拡大によって、最終予選のヒリヒリ感が削がれてしまった側面はあるだろう。「勝って当然でしょ」という空気がメディア露出の妨げとなっている感は否めない。今の若いサッカーファンに「日本が出場していないワールドカップを想像せよ」と言っても難しいのではないか。

大谷フィーバーに、W杯予選大一番を戦う日本代表イレブンは何思う

堂安律「僕たちがW杯を優勝した時には…」

そんな中、16日にドイツから帰国した日本代表MF堂安律(フライブルク)は羽田空港で囲み取材に答え、日本中を覆う大谷フィーバーについてコメントを求められると、「スポーツ全体が盛り上がっていくのはいいことだと思うので、切磋琢磨し合いながら負けないように頑張りたい」と冷静に語った。

堂安自身、巨人ファンを公言する野球好きとあって大人の対応に終始したが、彼のような選手ばかりではない。
あまりにもサッカー選手に対するリスペストに欠け、不躾ともいえる野球の話を振られることで不愉快な気持ちになる選手もいるだろう。

堂安は次のようにも語っている。「もちろん野球の凄さというのは僕がヨーロッパに行ってからも日本の盛り上がりを知っているし、それくらい凄いことをしているのは事実だと思う。ただ、僕たちがW杯を優勝した時には同じくらいの反響があると思うので、僕たちはそれに向けて準備をするだけ。スポーツ全体が盛り上がっていくのはいいことだと思うので、切磋琢磨し合いながら頑張りたい」

この言質に倣えば、「大谷来日」と「日本のW杯優勝」がニュースバリューとして同格ということになる。つくづく、日本は野球の国であり、サッカーはその後塵を拝していると痛感させられる。代表チームやJリーグは世界と比べても遜色ないレベルに達しつつあるが、それを報じるテレビや新聞といったメディアが、日本サッカー界の成長に付いていけていないことを露呈しているとは言えないだろうか。

大谷フィーバーに、W杯予選大一番を戦う日本代表イレブンは何思う

「見たことのない景色を見せるには」

日本代表の活躍によってサッカーの話題をより広く届ける覚悟を口にした堂安は、野球一色のメディアに対しと語った。

「いろんな意見があると思うし、プレミアリーグで活躍する選手がいたり、それこそ(伊藤)洋輝がバイエルンに移籍したのに、そのニュースが少ないと感じるけど、野球をしている彼らがとんでもないことをしているのも分かっている」

「そこに僕らが『もっとサッカーを報道しろよ』なんていう、そんなレベルの低い話はしたくない。アスリートは結果を出してこそ反響があるものなので、僕たちは自分たちのやれることをやりたい。だからこそ、僕たちがW杯を優勝したときには皆さんがしっかりと報道してくれるように僕たちはやるだけだと思います」

口調や言っている内容は穏やかだが、そこにはサッカー報道が少ないことへの反骨心が見え隠れする。特に「レベルの低い話はしたくない」というコメントの行間を読むと“こんなことまで言わせているあなた方(テレビや新聞メディア)のレベルが低い”と暗に示しているようにも感じる。さらに堂安は、このように語っている。


「やっぱり日本の人たちは見たことないものが好きじゃないですか。大谷選手は見たことのないことをやってきたわけで。サッカーと言えばビッグクラブに行く選手は過去にもいたわけで、そういうのに皆さんは慣れている」

「だから見たことのない景色を見せるにはW杯で最低限ベスト8以上、W杯優勝を目指すか、誰かがバロンドールを取るくらいのレベルまで行き切るかのどちらかだと思います。僕がチームとして代表で活躍していく中で、目指すべきところはW杯優勝なんじゃないかなというのは、日本行きの飛行機の中で考えていました」

大谷フィーバーに、W杯予選大一番を戦う日本代表イレブンは何思う

世界における野球とサッカーの立ち位置

野球はMLBを頂点とした米国をはじめ、日本を含むアジアの一部、中南米の一部、オーストラリアでしか純然たるプロリーグは存在しない。欧州では2015年、6か国(チェコ・フランス・ドイツ・イタリア・オランダ・サンマリノ)11チームが参加した野球のプロリーグ「ユーロリーグベースボール(ELB)」が発足したが、わずか2年で崩壊した。

五輪においても2021年東京五輪では野球とソフトボールが正式種目として採用されたが、2024年パリ五輪では除外され、2028年ロサンゼルス五輪では再び正式種目として復活する。この事実こそが世界における野球の立ち位置を表していると言えるだろう。

欧州組の選手に「大谷のことをどう思いますか?」という質問自体がナンセンスであり、サッカー選手に対するリスペストに欠けていることをインタビュアーは自覚すべきだろう。

メジャーリーグサッカー(MLS)で活躍する元日本代表DF吉田麻也(ロサンゼルス・ギャラクシー)でさえ、DAZNの『内田篤人のFOOTBALL TIME』に出演した際、「大谷も人気だが、ロスでは(大谷の銀行口座から約1,700万ドルを詐取した元通訳)水原一平の方が有名」と語るほど、世界的にはマイナースポーツなのだ。

サッカーの競技人口は世界で約2億6,000万人に対し、野球の競技人口は約3,500万人。およそ8倍もの差がある。国内においてサッカーの競技人口の減少が叫ばれている(2012年の約582万人から2022年には約309万人に減少)が、野球の競技人口の減少スピードはサッカーを超え、2000年の約597万人から2022年には約268万人と半減に近い数字となっている(いずれも笹川スポーツ財団調べ)。もちろん少子化の影響もあるだろうが、競技そのものの魅力や初期投資(道具などを揃える費用)の少なさも影響しているだろう。


大一番であるW杯最終予選が、大谷フィーバーにかき消されてしまった感があり、代表イレブンは戸惑っているかも知れない。しかし、せいぜい日本人と米国人しか知らないであろう大谷に比べ、欧州5大リーグのクラブでレギュラーを張っているような選手であれば、その知名度は世界中に轟いているはずだ。せめて自信だけは失って欲しくはない。

大谷フィーバーに、W杯予選大一番を戦う日本代表イレブンは何思う

かつてのW杯予選で帯びていた熱狂

古い話になるが、1990年のW杯イタリア大会決勝、西ドイツ代表対アルゼンチン代表(1-0で西ドイツ優勝)のNHKでのテレビ中継で解説者の釜本邦茂氏の横に座ったのは、1988年まで読売ジャイアンツの監督を務めていた世界のホームラン王、王貞治氏だった。

当時ですら「元プロ野球選手がサッカー?」と首をかしげた人は多かったはずで、現在だったら炎上案件となること必至だろう。しかし残念なことに35年経った今でも、メディアの思考回路は停止したままだ。

日本代表はW杯初出場を決めたフランス大会のアジア最終予選では、カズことFW三浦知良(現アトレチコ鈴鹿)が不振に陥り、加茂周監督が途中解任された上、1997年10月26日に国立競技場で行われたUAE戦で引き分ける(1-1)と約5,000人にも上るサポーターが暴徒化。カズの愛車にイスなどを投げ付け、激怒したカズは「俺が直接話してやる」と言いながらサポーターに突っかかろうとしてスタッフ総出で止めに入った。

もちろん許されることではないのだが、今、日本サッカー界にあの頃の熱はあるだろうか。大谷の一発に歓喜する野球ファンの姿を見ていると、かつてのW杯予選で帯びていた熱狂が懐かしく感じてしまう。
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