文句なしに天才、と呼べる女優がいる。それが現在19歳の伊東蒼だ。
同作はお笑い芸人ジャルジャルの福徳秀介が書いた同名小説を、大九明子監督が映画化した青春映画。さえない大学生活を送る小西徹(萩原利久)は、ひょんなことから同じ大学に通う桜田花(河合優実)と知り合い、感性が近い2人はたちまち仲良くなる。幸せな日々を送る小西だが、銭湯でバイトしている仲間のさっちゃん(伊東蒼)は、彼のことを秘かに思っていた。やがて桜田と連絡が取れなくなり、小西は思いもよらない人生の痛みを知っていく。
主演は萩原と河合の2人。前半はどこか茫洋とした小西と、孤独でもひるまない桜田が心の距離を縮めていくさまを描いた、青春映画の王道を行く展開。何事にも強い関心を持たない小西は、桜田に言われた本を読んだり、彼女に「テレビの音量を最大限まで上げたことがある?」と言われて、実際にトライしてみる。小西にとって桜田の影響は絶大なのだ。対してバンド活動をしているさっちゃんから「(スピッツの)『初恋クレイジー』を一度聴いてみて」と再三言われるが、小西は生返事をして、結局この名曲を聴くことはない。恋人とバイト仲間に対する、彼の興味の違いがよく出ている。
そして映画の中盤、銭湯の清掃をしながら桜田のことばかり言う小西に、さっちゃんはバイトの帰り道、ついに愛の告白をする。
しかもこの7分、時折カメラが彼女に近づくことはあるが、ほとんど顔の表情が見えない暗がりの中で告白が行われ、それでいて一瞬も目が離せない説得力を持っているのがすごい。今年の日本映画の中でも、間違いなく見た人の胸に刻まれる名場面になっているのだ。
伊東蒼は6歳でテレビドラマデビューし、映画「湯を沸かすほどの熱い愛」(2016年)で高崎映画祭最優秀新人女優賞、安藤サクラと共演した初主演映画「島々清しゃ」(17年)で毎日映画コンクールのスポニチグランプリ新人賞を12歳で受賞した逸材。その後も、主人公の父親の人生を狂わせる、万引して事故死する娘に扮した「空白」や、失踪した父親を捜す女子高生を演じて毎日映画コンクール女優助演賞に輝いた「さがす」(22年)で、強烈な印象を残した。最近もテレビ「新宿野戦病院」(24年、フジテレビ系)での母親の交際相手から家庭内性的暴行を受けている女子高生役、窪田正孝主演の「宙わたる教室」(24年、NHK総合)では、それぞれ問題を抱えた仲間との科学部の活動を通して起立性調節障害を克服していく定時制の高校生を演じるなど、着実にキャリアを重ねてきた。
そんな彼女が若き演技派として力量を存分に発揮したのが、今回の「さっちゃん」役。安藤サクラ、古田新太、松坂桃李ら、これまで共演した俳優たちが絶賛する表現力は本物。ぜひその名演を、スクリーンで確かめてほしい。
(金澤誠/映画ライター)
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