【芸能界クロスロード】


 昭和には「喜劇役者」と呼ばれる俳優がいた。


 森繁久弥・三木のり平・小林桂樹が喜劇映画を支えた。

「昭和の喜劇王」と呼ばれた藤山寛美は舞台で活躍した。“フーテンの寅さん”こと渥美清も昭和を代表する喜劇役者だった。近年は喜劇が減ったこともあり「喜劇俳優」の言葉も死語に近い。


「喜劇でなくとも笑いの要素の必要な作品は多い。笑いのエキスを入れられる味のある俳優が少ない」という映画関係者も認めるのが阿部サダヲだ。ジャンルを問わず作品に笑いのエキスを注入できる唯一無二の俳優という。視聴率好調な朝ドラ「あんぱん」。前作「おむすび」の負けを取り戻そうと(?)竹野内豊・松嶋菜々子ら主演級が脇を固め「贅沢過ぎる出演者」といわれているが、視聴者を魅了するのが阿部の存在感だ。パン職人「ヤムおじさん」で初回から登場。笑いのエキスを注入して高視聴率の立役者になっている。


「作り込んだ笑いではなく、“フーテンの寅さん”のように普段の生活の中にあるクスッと笑える演技が阿部はうまい。今回の朝ドラの役も阿部ほど似合う人は他にいない」(テレビ関係者)


“あんぱん”では今田美桜演じるヒロインの成長と共に阿部の出番はやがてなくなる。

早くも「ヤムおじさんロスになるのは必定」といわれている。阿部は作品のジャンルを問わず、主演・脇役もこなせるだけでなく、出演者に阿部の名前があるだけで、「なにか面白そう」と期待を抱かせる俳優。テレビ界でも「数字の取れる俳優」と評される。


■脇役から頭角を現した先駆者的な存在


 阿部は舞台出身の苦労人。さまざまな脇役でキャリアを積み、2007年の主演映画「舞妓Haaaan!!!」で日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞。11年に芦田愛菜・鈴木福と共演の「マルモのおきて」でブレークした。脇役から頭角を現した先駆者的な存在である。


「脇役はさまざまな作品に起用されながらハマる役が生まれる。東映の切られ役が“ピラニア軍団”と呼ばれ日の目を見たように、作品に巡り合えるかがカギ」(元俳優)


 脇役は熟成ワインのようにじっくり寝かされていい味を出す。それも事務所に頼ることなく自力で這い上がってくる。一方、イケメン俳優は事務所がレールを敷いて早い時期から主役の座に就ける。大手事務所のオーディションも、即戦力になることからイケメン俳優を優先的に取る傾向にある。


「雑誌やCMに露出して認知させた後に、俳優をやらせるのが一般的な売り方。俳優としての実力は二の次で、実戦で演技を学ぶことになる」(芸能関係者)


 イケメン俳優と違い脇役を育てる事務所は少ない。すでに女優の世界ではアイドル系女優に代わり、脇役から演技力を養い実力をつけてきた女優が台頭。若手女優の新しい時代をつくりつつある。


「虎に翼」で不動の人気を確実にした伊藤沙莉。「あんぱん」で朝ドラ初出演を果たした河合優実。ちなみに河合は昨年流行語大賞に輝いた「不適切にもほどがある!」で阿部とは親子役を務めた間柄だ。


 伊藤、河合の2人の共通点はコミカルからシリアスまで演技の幅が広いことと、阿部のように「どんな役で、どんな演技をするか見たい」と思わせてくれる女優であること。昭和から流れをくむ喜劇俳優。森繁→渥美→阿部と引き継がれてきた。さらなる後継者の出現が待たれる。


(二田一比古/ジャーナリスト)


編集部おすすめ