【増田俊也 口述クロニクル】
写真家・加納典明氏(第13回)
小説、ノンフィクションの両ジャンルで活躍する作家・増田俊也氏による新連載がスタートしました。各界レジェンドの一代記をディープなロングインタビューによって届ける口述クロニクル。
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増田「そういう、馬にまつわる話とか、北海道の自然にまつわる話っていうのは、当時、そのときどきムツさんと話されたと思うんですけど」
加納「昨日こんなことがあったんですよとか、今日あの馬がこうだったんですよと畑さんに話すと『それは加納さん。こういうことだよ』って即答するんだよ。彼は知ってるから。馬房の人間にも尋ねたりもしたけど、畑さんはさらにモノの本質を知っていた。畑さんは明晰に論理的に物事を捉える人だから。だから、聞くと楽しい答えが返ってくるの」
増田「へえ。すごいな」
加納「あるとき、俺、1人で馬に乗って湿地帯に行って、林の中に入っていったんですよ。もう本当に林のなかの道なき道を半分行ったところでふっとキタキツネが現れて」
増田「逃げた?」
加納「いや、逃げないんです。キタキツネがいて黙ってこちらを見てるの。どうしたのかなと思ってるとトコトコと歩き始めるんだ。それでしばらく付いていくと立ち止まってまた振り返る。
増田「そのあいだ10分くらい?」
加納「いや、もっと。20分か30分くらい。人間の心理っておかしなもんだ。それに付いていくんだよ。それを繰り返してるうちに、ふっと消えてったから、なんだったんだろうなって呆然となって。何だったと思います?」
増田「う~ん、僕ではわからないですね」
加納「でしょう。で、俺、帰ってから畑さんに聞いたわけ。こんなことがあったんですと。そうしたら即断で『加納さん、それはキツネの巣がそこにあったんだよ』って。で『加納さんを遠ざけるために誘導したんだよ』って。なるほどと思った」
増田「そいつは面白いですね。
東大に勉強もせんと入った人
加納「うん。表情も変えずに一発で答えた。俺は知性主義が好きじゃなかったから、物事をそういうふうに捉えるのが苦手だったのよ。でもムツさんは常に論理的に考えていて、過去の知識も段階的に脳のなかにストックして、論文読んだり本読んだりもしている。とにかく知的で行動的な人」
増田「典明さんから見ても、やっぱり頭のいい人なんですか」
加納「東大に勉強もせんと入った*人だから。普通の頭じゃなかったよ」
※東大に勉強もせんと入った:畑正憲は大分県立日田高校でとくに優等生ではなかった。しかし好きな科目には満州時代からの馬力で集中、特に数学を中心とした理数系で力をつける。医師であった父親から医学部進学を強要され、矛先をそらすために東京大学理科2類へ現役合格。「進振りで医学部へ行く」と嘘を言ってのものだった。その後、父に隠して文学部へ傍系進学しようとするが、最終的に理学部生物学科へ進学した。
増田「どんなことでも、たとえば人間関係のことから何からこう分析して、明晰に話せる人なんですね」
加納「うん、そう。俺は写真家だから感応の世界を生きてるわけ。
増田「じゃ、その逆の世界を生きていたというか」
加納「うん。彼は論理を証明するのが好きなんだよ。数学的というのか論理的というのか」
増田「ムツさんと典明さんは逆の世界を生きていたと」
加納「そうだね。ムツさんは論理、俺は感応と感性の世界」
(第14回につづく=火・木曜掲載)
▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。
▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が好評発売中。