【あの有名人の意外な学歴】#9


 林家つる子(38歳/落語家)


  ◇  ◇  ◇


「華があり、今もっとも客が呼べる噺家の一人」


 女性落語家の林家つる子(38)を手放しで称賛するのは寄席の関係者だ。昨年3月、12人抜きで真打ちに昇進。

自分より入門が早い先輩を追い越しての“抜擢真打ち”は女性では初である。


 大学に入るまで、落語はまったく知らなかった。まともに噺を聞いたことすらなかった。高校は群馬県立では前橋女子と並ぶ難関の高崎女子。高崎市で生まれ育った優等生のつる子がこの名門校に入学するのは、ごく自然な流れだった。部活は演劇部。女子しかいない中で、男役をやった。コミカルな役が多かった。「落語もさまざまなキャラクターを演じるので、演劇部での経験が役に立っている」と寄席関係者は話す。


 中央大文学部に進学。サークルが開催する新入生歓迎イベントに顔を出したのがつる子の人生を決めることになった。演劇系のサークルに入るつもりだったが、そこにたどり着く前に男たちに囲まれた。

落語研究会の部員たちだった。そのまま部室まで連れていかれ、有無を言わさず入部させられてしまったのである。


 何も知らない世界に飛び込んだつる子は水を得た魚のようだった。演出家と役者の役割が分かれている演劇とは違い、落語はそれらをすべて一人で行う。その魅力にどんどんはまっていった。


 次第にプロの落語家になりたいという気持ちが膨らんでいったが、その道筋が皆目わからない。周囲が就職活動を始めるのを見て、とりあえず自身もそれにならった。ちょうどリーマン・ショックが起きた時期だったのが、落語界に幸いした。この貴重な人材を逃さずに済んだからだ。企業が採用を絞る中、就活はうまくいかず、本当に進みたかった落語家への道を歩みだすことになった。


■林家正蔵に弟子入り


 落語家になるには師匠に弟子入りする必要がある。大学4年の秋から、つる子は寄席に通い詰めた。

落語の勉強と、師匠を見つけるためだ。寄席の看板に墨で書かれた林家正蔵の文字に引きつけられた。襲名前のこぶ平の名はよく知っていた。つる子が子どもの頃、バラエティーによく出ていて、親しみやすさを感じていた。弟子入りを志願し、大学卒業から半年後、入門が許された。


 正蔵が荷物置き場に使っていた自宅横のマンションの部屋に住み込むようになった。朝8時半に正蔵宅に行き、身の回りの世話をした。修業時代の弟子たちが通る道である。親しみやすさより厳しさが上回っていた。365日、一日も休みがなかった。一人っ子だったつる子にはきつかったはずだが、そうした生活にも徐々に慣れ、5年後、一人前と認められる二つ目に昇進した。


 名前が広く知られるようになったのは3年前。

NHKのドキュメンタリー番組で古典落語の「芝浜」に取り組む様子が放送された。ダメ亭主に惚れる女房の姿を女性目線で描き、古典に息吹を注ぎ込んだ。


「結婚のウワサなど聞こえてこないつる子ですが、もしそうなれば、さらに新たな芝浜を見せてくれるに違いない」と前出の寄席関係者。30代といえば、噺家としてはまだひよっこ。今後の飛躍に期待したい。


(田中幾太郎/ジャーナリスト)


編集部おすすめ