【増田俊也 口述クロニクル】


 写真家・加納典明氏(第25回)


 作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。

第1弾は写真家の加納典明氏です。


  ◇  ◇  ◇


加納「中学2年でセックスの初体験の相手だった最初の女房は小学5年生からの付き合い。中学校も一緒。高校は別の高校にお互い行ったんですけど、その子と23歳の時に結婚した」


増田「小学校5年から付き合って、23まで付き合ったと。若者時代としては長いですね。しかも結婚までされて」


加納「途中、間はあいたけどね。その間にもいろいろやってはいます。あれは高校生だと思うけど、岐阜駅の近くの元町の地主の娘がいて、それが美人ちゃんだったんですよ。椙山*(椙山女学園。名古屋の中高大一貫のお嬢さま学校のひとつ)の子でさ。俺、一宮に親父の原稿を印刷所に届けに行くときに、電車の中でその娘に会って、美人だから『よしついて行ってやろう』ということで、岐阜まで行ったわけ、電車で。特急か急行だから一宮しか止まらないよね。

一宮だったら、一緒に降りようと思ってたんだけど、岐阜まで行くから、原稿持ったままその家まで行って、駅降りてとことこついていった。もうこっちを意識してるだろうなと思いつつ。でも、この辺りで家に入っちゃったらどうしようもねえなと思って、最後に声かけたのよ。『あのう』とか言って。それで付き合ったんですよね、その娘と。そん時ね、その彼女が高校1年生かなんかなのに、どういうわけか名刺を持ってたんだよね。あの時代に。名家だったんだろうね、不動産かなんかを持ってて。KTって名前だったけど。今でも忘れない」


※椙山女学園(すぎやまじょがくえん):愛知淑徳、金城学院と並ぶ、名古屋の3大お嬢さま学校のひとつ。中学・高校・大学の一貫校。水泳選手の前畑秀子や歌手の岡村孝子など多彩な人材を出している。


増田「でも5年生から付き合って中学2年で初体験の相手になった後の奥さまにも純愛だったんですよね」


加納「うん。もちろん。でも椙山のその子とも付き合った」


増田「最初の相手だった後の奥さまとのアンビバレンツな付き合いというんでしょうか、セックスに対する憧れと嫌悪の。それは具体的に説明するとどんな感じだったんでしょうか」



「こんなひどいことをする俺を受け入れるのはどういうことだ」

加納「あれは不思議な感覚でね。性に目覚めたってのはもちろん、自然に性欲って出てくるよね。少年でも。どうだったんだろうな、あれ。最初にそういうことして、そういうことをやらせた彼女に、俺は頭きたわけよ。『おまえにこんなひどいことをやる俺を許すってどういうことだ、受け入れるってのはどういうことだ』と。やっといいてそれはねえだろって話だけど、こっちがやりたくてしょうがなかったくせに、やらせたその子に、俺はなんかすごく腹立ったわけだ。軽蔑したんだ。こういうひどいこと、まあ、ひどいこととは思わないけど、昔は性のイメージって、今と違うからね。

情報もないですからね。で、なんか腹立ってきて。それからちょっと疎遠にしたことはあるね。中学生のとき」


増田「当時の中学生がそういうこと知るっていうのは、周りと比べたらかなり早いですよね」


加納「うん。早いよね、ほんとに。だから、自分から湧いてくる欲望が、自分でも半分嫌だったんだろうね。そういう欲望を持っていることに対して。でも、その欲望に勝てないじゃない。そこはストレートのとこが俺は強いから、それはそれ、これはこれだということで」


増田「それはそれというのは、自分の中で嫌悪感はあるけれどもということですね」


加納「うん、そうそう、欲望、性に対するものというのは、今は混乱はもうしないけど、1つの矛盾は感じてたよね」


増田「矛盾は何歳ぐらいまで?」


加納「いや、ずっとそうですよ。もう俺はセックスは終わったけど」


増田「いつ終わったんですか。いつ打ち止めた?」


加納「70歳過ぎぐらいまではあったな」


(第26回につづく=火・木曜掲載)


▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。

その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。グラビア撮影では過激ヌードの巨匠として名を馳せる一方、タレント活動やムツゴロウ王国への移住など写真家の枠を超えたパフォーマンスでも話題に。日宣美賞、APA賞、朝日広告賞、毎日広告賞など受賞多数。


▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が好評発売中。


(増田俊也/小説家)


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