「大災難が起こるのは2025年7月」──。東日本大震災を的中させたとされる漫画家のたつき諒氏が「私が見た未来 完全版」(飛鳥新社)の中で予言していた内容は、結局、現実にはならなかった。

こうした予言の類いで思い出すのは、昭和の時代に話題になった「ノストラダムスの大予言」(祥伝社=1973年刊)をおいて他にないだろう。「1999年7の月、人類が滅亡する」というノストラダムスの予言詩を紹介した作者の五島勉は、2020年6月、90歳で亡くなっているが、死亡する直前に作家の本橋信宏氏が「ベストセラー伝説」(新潮新書=2019年刊)の中で、インタビューを実現させていた。世間を震撼させた五島勉は、晩年をどう過ごし、何を語ったのか。本橋氏が振り返る。


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「ノストラダムスはたまたまというか必然的にというか、行き当たった最大の題材であり、いろんな意味で感動する人物でした」 


 今夏同様、猛暑だった2018年盛夏、88歳(当時)の五島勉は、心不全を起こし、入退院を繰り返していた。電話取材なら、という条件で私からのインタビューを受けていただいた。


 ノストラダムスというフランスの医師・占星術師は、それまで日本ではほとんど無名の存在だった。


 五島勉自身、「最初は予言をしていた人という程度しか知らなかった」という。


 フランスの現地に行って調べていくうちに、ただの予言者、医者ではない人物だということがわかった。


「暴れ川がいつも洪水になるので住民が困っていた。パリから技術者をよんで洪水を止めないといけない。ノストラダムスが共鳴して、お金を出して工事を支えるんです。

いまでいうエコロジスト」


 五島勉は東北大学法学部に学び、フランス語を得意とするインテリだった。


 学生時代にノストラダムスを知り、神田の古書店街で原書の収集に励んだ。


 大学を卒業すると、作家活動をおこない、純文学から官能小説まで幅広く手掛けた。


 光文社の「女性自身」誌では記者として活躍する。取材も最後まで相手に食いつくので、「サソリの勉」というあだ名まであった。


「不器用なものですから仕方なく、私だけが最後まで相手にくっついていたんです。たいしたサソリでもなかったんですが」


 五島勉はエコロジストだった。


 早くから環境問題に関心を示し、ノストラダムスに傾倒したのも、その一つだった。


〈一九九九の年、七の月空から恐怖の大王が降ってくる〉


 ノストラダムスの予言として名高い一節である。


 五島勉はこの詩を世界終末と解読した。


〈弓形のなかで、金銀も溶けるような光がきらめく とらわれ人は一方が他を食うだろう その最大の都市はまったく荒廃し 艦隊も沈むので泳がねばならない〉


 五島勉は第2次世界大戦における、弓形をした国(日本)が原爆攻撃を受けて、連合艦隊も全滅する、という日本の敗北を予言した詩だと解読した。


 恐怖の大王も、日本の敗北も、解釈によってはどうにでも読める。

ノストラダムスの大予言は、言い換えれば五島勉の大予言でもあった。


 五島勉の主旋律は、戦争と環境破壊という危機への警告だった。


■「責任を取りたい」


 結果として1999年7月は何も起こらなかった。


「本を読んでいまでも心を痛めている人がいたら、謝りたい。どうしてくれるという人がいれば、責任をとりたい」(朝日新聞1999年7月1日付)


「責任を取るというのはきちんと説明したいということです。第一巻の巻末にも書きましたが、人間の強い意志や知恵が予言を覆せるのです」(週刊朝日1999年9月3日号)


 予言が外れたことに対して、本人なりの弁明をしていた。


 累計210万部という驚異的大部数を売り上げた割には、世間からの批判は少なかった印象がある。


 晩年はエコロジスト、反戦という立場で時折、メディアに登場した。


 電話口に出た業界の先達は、腰の低い大人だった。


(本橋信宏/作家)


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