【増田俊也 口述クロニクル】#39
作家・増田俊也氏による新連載スタート。各界レジェンドの生涯を聞きながら一代記を紡ぐ口述クロニクル。
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増田「篠山紀信さんの世界観と荒木経惟さんの世界観っていうのは、トライアングルライバルの典明さんからはどう見えていたのでしょうか。世に出てきたときの勢いであるとかそういうものも含めて」
加納「荒木はご存知のように、独特のあの世界を作り上げましたよね。よくやったと思いますよ」
増田「彼のスタイルにはパフォーマンス的なものが大きいのでしょうか。あるいは彼が全力を出すと自然にあのような写真になってくるんでしょうか。そのあたり僕ら素人にはまったくわからないのですが」
加納「あらかじめその絵が頭にあるはずですよ。イメージがね。で、そのイメージが、荒木はやっぱりなんていうかな、ちょっといいものを持ってたというか。時代ずらしとでも言うか、俺が思うに私小説的な感覚の世界だと思うんだな」
増田「私小説的?」
加納「うん」
増田「難しいですね」
加納「そうだな、ちょっと説明しづらい。女性の美より何より荒木の感性みたいなのが表に立つような写真だよ。小説家の感性が表にたつ私小説みたいな感じ」
増田「なるほど」
加納「どちらにしても2人とも才能だと俺は感じてる」
増田「写真の特徴でいえば、プロから見たらどうなんでしょう。僕から見ると荒木さんの写真の方がザクッととしててノイジーで、篠山さんは白い綿のようにふわっとしてます。
2つの黄金期に稼ぎ出したカネは…
加納「荒木は荒木の時代感覚で撮る。お篠は対象物を正確にしっかり撮るね」
増田「そうなんですか。そこが僕たち素人にはわからない。荒木さんは無造作にシャッターを切ってる写真に見える」
加納「荒木はアラーキータッチな少し古い昭和的な世界。お篠はあかじめ絵が頭にあるんだ。例えばモデルとか女優撮るでしょう。彼は必ず映画の看板になるように撮る。それは従来型の写真家がやってきた世界の延長ですけど、彼はそれを近代的に進化させた。映像的に非常に鋭いものを持ってたから、相当なものが仕上がる。だから売れたんだよ。この世界、やっぱりいいものじゃないと売れないし評価もされない」
増田「やはり評価に足るものだと」
加納「僕自身は2人の写真をできるだけ見ないようにしていたけど、眼に入ったときは『今回のは悪くないな』とか『あ、これいいな』とか『これはつまんねえな』といろいろ感じた。やっぱり両者とも世界を持ってましたね。
増田「意識はするけども影響を受けたりしないようにしていたと」
加納「強いて意識をしなかった。『まあ頑張れよ』というか、そういうことですね。ああいうライバルというのはいたほうがいい」
増田「僕は典明さんがニューヨークから戻ってきてブレイクした時期を第1期黄金時代、ムツゴロウ牧場で4年間の休息のあと篠山さんとアラーキーさんと競った時代を第2期黄金時代と捉えているんですが」
加納「うん。たしかにそうだ。そういう分け方は正しいと思う」
増田「この2つの黄金期にはずいぶんお金を稼いだ時期だと思うんですが」
加納「うん。まあそうだね。車を50台くらい買ったからね」
(第40回につづく=火・木曜掲載)
▽かのう・てんめい:1942年、愛知県生まれ。19歳で上京し、広告写真家・杵島隆氏に師事する。その後、フリーの写真家として広告を中心に活躍。69年に開催した個展「FUCK」で一躍脚光を浴びる。
▽ますだ・としなり:1965年、愛知県生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社時代の2006年「シャトゥーン ヒグマの森」でこのミステリーがすごい!大賞優秀賞を受賞してデビュー。12年「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」で大宅壮一賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞。3月に上梓した「警察官の心臓」(講談社)が発売中。現在、拓殖大学客員教授。