ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロのデビュー作を石川慶監督が映画化した広瀬すず(写真右)主演の「遠い山なみの光」が、来月5日公開される。
本作は今年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され話題を呼んだが、広瀬の出演作がカンヌに出品されるのは、是枝裕和監督の「海街diary」(2015年)以来10年ぶり。
そして本作は、1952年の長崎と、1980年代のイギリスを背景に主人公・悦子のたどった人生を描く。広瀬すずは52年当時の悦子に扮し、80年代の悦子は吉田羊が演じている。物語は故郷の長崎を捨て、なぜ渡英したのか、過去の出来事を回想していく。原爆が投下された長崎という土地柄、戦争が人々の心や体に残した傷痕があり、ぬぐい切れない敗戦国のよどんだ空気が漂っている。そんな長崎郊外の団地で暮らす専業主婦・悦子の倦怠感と、日常に自分が埋没していきそうな不安感を、広瀬すずは見事に表現している。また悦子は娘を育てながら、米兵と一緒になって人生を切り開こうともがく佐知子と出会い、刺激を受ける。佐知子をつい最近、カズレーザーと電撃結婚した二階堂ふみ(写真左)が演じているのも注目だ。
過去の時代の女性を演じているのが特徴的
広瀬すずの今年の出演作4本を見ると、霊的な世界に生きる3人を描いた「片思い世界」を除いて、どれもが過去の時代の女性を演じているのが特徴的。
一方でコマーシャルでは元気で親しみやすいキャラを継続し、テレビドラマでは亡くなった父親の事件の謎を追うミステリー「クジャクのダンス、誰が見た?」や、現在放送中の「ちはやふる-めぐり-」では高校かるた部のOGを演じるなど、現代的な役柄だ。激動の時代を生き抜いたさまざまな女性像に映画で挑むことで、表現者としてさらに広がりが出てきた。
女優にはある時期、魅力の幅が一気に広がるときがある。「海街diary」で広瀬の異母姉を演じた綾瀬はるかの場合は、「ホタルノヒカリ」(日本テレビ系)の干物女役でブレークした後、「ハッピーフライト」(2008年)でコメディエンヌに拍車がかかり、「ICHI」(同年)では女性版座頭市に扮して非凡なアクションセンスを見せつけ、青春コメディー「おっぱいバレー」(2009年)でブルーリボン賞主演女優賞に輝くまでに成長。この時期に確立した幅広いイメージが彼女の女優人生を決定づけたといっても過言ではない。
今年の広瀬すずは、かつての少女のイメージから完全に脱し、歴史ものや文芸作品が似合う、風格のある演じ手へと変化した。映画女優としてどんな演技を見せていくのか。その第一歩として「遠い山なみの光」の彼女は必見である。
(映画ライター・金澤誠)