転勤族で何度も引っ越していたり、あるいは先祖代々ずっとそこに住んでいたりなど、様々な事情があると思いますが、調査(※国立社会保障・人口問題研究所、2016年)によると、生涯の引っ越し平均回数はおよそ3回とのこと。
生まれてから今まで4回以上引っ越しをしている方は平均より多いことになりますが、皆さんはどうだったでしょうか。
筆者も仕事の都合で何度か引っ越しをして来ましたが、引っ越しなんて大変なので、出来ればしたくないもの。
今も昔も、引っ越しはとても大変(イメージ)
しかし、世の中は広いもので生涯で93回も引っ越しをした人物がいると言います。
彼こそは『冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)』など日本を代表する浮世絵師として有名な葛飾北斎(かつしか ほくさい)。
古来「天才とナントカは紙一重」と言うように、満88歳の生涯で年一回以上のペースで引っ越しするなんて、ただ者ではありません。
いったい、どんな事情があったのでしょうか。
■あとは野となれ、山となれ
葛飾北斎の天才ぶりについて、今さらあれこれ言うまでもないでしょうが、とかく彼は絵の才能にステータスを全振りしてしまったらしく、社会性とか常識というものを母親の胎内に置き忘れてきたようです。
とにかく「絵さえ描けるなら、後のことはどうでもいい」と言わんばかりの偏狂ぶりで、せっかく浮世絵の版元から原稿料が入っても、カネの包みは部屋の片隅(ひどければクズカゴ)に放り投げておくばかり。
食事なんて作る手間が勿体ないのでたいてい出前ですませてしまい、食った包みなどはその辺に散らかして、あれよあれよとゴミ屋敷に。

「おや、お宅も北斎先生の出前で?」
店の掛け取り(ツケの集金者)がやってくると、「カネならその辺に転がっているだろう」と指さすので、仕方なくゴミの中からカネを発見する始末。
ゴミの中から発掘したカネが多ければ懐に入れてしまい、足りなければその分を改めて催促に来たといいますが、それでも気にしなかったから、よほどカネ儲けに興味がなかったのでしょう。
とまぁ、絵を描く以外はどうでもいい北斎は、当然のごとく満足に風呂も入らず、掃除もまったくしないので、部屋はどんどん汚れるばかり。
そしてついにゴミ屋敷すぎて耐えられなくなったら引っ越しをする……その手間を考えたら部屋の掃除くらい大した手間でもなかろうにと思ってしまいますが、どうしてもそれは嫌だったようで、性懲りもなく引っ越しを繰り返します。
(ひどい場合は一日に3回も引っ越したそうですが、それは新居が気に入らなかったのか、あるいは北斎の悪評を知っていた大家さんから入居前に追い出されてしまったのかも知れません)

「ご苦労さん。カネならその辺から適当に持って行ってくれ」
原状回復?そんなものは知りません。ゴミもカネも一緒くたに置き捨てたまま、ひと抱えの画材や手回りだけ持って、いそいそと新居へと急いだのでしょう。
「あとは野となれ、山となれ」
残された大家さんとしてみればたまったものではありませんが、ゴミ屋敷の中から少なからぬカネや描き損じ(後でプレミアがつく?)が出て来るなど、意外と宝探し気分だったかも知れませんね。
■ゴミ屋敷から逃げ回った人生

北斎自画像(82~83歳ごろ)。Wikipediaより
こんな暮らしをしていればカネが貯まるはずもなく、北斎は生涯貧乏だったそうですが、それでも「腕一本で食っていける」ことを地で証明する腕前は、やはり天才と言わざるを得ません。
どこに行っても食っていけるけど、どこに行っても落ち着かない……新居へ急ぐ北斎の心中には「次はいつまでいられるだろうか」という不安と、「次こそは」という期待が入り混じっていたのでしょうか。
■葛飾北斎に関する記事
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※参考文献:
飯島虚心ら『葛飾北斎伝』岩波文庫、1999年8月
瀬木慎一『画狂人北斎』河出書房新社、2020年5月
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