猫の完全室内飼育が推奨され、マイクロチップや迷子札が普及した近年でも、「猫がいなくなった」という相談は毎日のように動物愛護センターへ寄せられているといいます。
家族の一員である猫がいなくなったら、飼い主としては心配でいても立ってもいられません。
その気持ちは今も昔も変わらないようで、日本には古くから「迷い猫が帰ってくるおまじない」が伝わっています。
■百人一首にも取り上げられた歌
そのおまじないとは、小倉百人一首の16番目に取り上げられている中納言行平(在原行平)の歌を使ったものです。
「立ち別れ いなばの山の 峰に生(お)ふる
まつとし聞かば 今帰り来む」
(あなたと別れて因幡(いなば)の国(現在の鳥取県)へと旅立つこととなりましたが、
その因幡の稲葉山の峰に茂る松の木のように、あなたが私の帰りを待っていると聞いたなら、すぐに戻ってきましょう)
(初出:『古今和歌集』巻八 離別歌 365首)

「松」と「待つ」、「因幡の山」と「往なば」など、和歌の技法の1つ「掛詞(かけことば)」がふんだんに使われていて、さすがは弟で「伊勢物語」の主人公のモデルとも言われる在原業平と並び「歌人」として名高い行平の歌といえるでしょう。

在原行平
歌の背景としては、行平が38歳だった855年(斉衡2年)、因幡守として赴任することになり、その際に都の人々との別れを惜しんで詠んだものと伝わっています。
そんな思いが伝わったのかどうかは定かではありませんが、行平はこの歌を詠んでから2年余りで都へ戻っています。
■おまじないの方法には地域差がある
さて、具体的なおまじないの方法は、地域によって少しずつ違いがあります。
調べてみたところ
- 出入り口に愛猫の使っていた食器を伏せ、この歌を書いた紙を貼る
- 愛猫の食器を伏せ、その下にこの歌を書いた紙を入れておく
- まず上の句だけを書いた紙を用意し、猫が帰ってきたら下の句を上の句に続けて書き加え、その後燃やす(または川に流す)
- この歌を半紙に書き、家の東側の壁に貼る
- この歌の下の句だけを紙に書き、玄関の人目につかない場所か、猫が食事やトイレに使っている場所に貼る

この歌は別れを惜しむ歌ではありますが、同時に「戻ってくるよ」とも言っています。
そこから「愛猫が戻ってくるおまじない」が生まれたのでしょう。
中納言行平が猫好きだったのかどうかは、今となっては残念ながら分かりません。しかし、飼い主の「お前の帰りを待っているよ」という気持ちは、大切な愛猫に届いて欲しいものですね。
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【参考】
・日本の古典文学16『百人一首物語』著:福田清人/偕成社
・和歌の世界/立ち別れ(中納言行平)
・猫が帰ってこない!そんなときに効果があるかもしれないおまじない集
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