80歳の今も軽やかに挑戦を続ける“伝説の経営者”中野善壽さん。物や肩書に執着せず、選び、集中する生き方を貫いてきた。
そんな生き方を支える健康習慣とは――。
■一番お金をかけていること
――中野さんは著書などを通じて「物欲にとらわれず、本質的な豊かさをめざす生き方」を提唱しています。今、中野さんご自身が一番お金をかけているモノやコトは何ですか?
金額で考えると「寄付」ですね。私は今80歳になりましたが、20代の頃から収入の一定額を東南アジアで暮らす子どもたちに寄付を続けています。そのうちのひとつを話します。たまたま旅をした先で目にした貧富の差にショックを受けて、「自分にできることを」と始めたのがきっかけです。
学校や親に預けると着服されてしまいそうで、信頼できる人にお願いして、毎年10人、10年間の支援をこれまで続けてきました。10年もあれば少なくとも高校相当の教育まで受けられますから。常時100人の子どもたちを支援していたので、結構な額になりました。正直に言うとラクではありません。でも途中でやめると、その子たちが失望してしまうでしょう。寄付は始めるは易しで「続けること」が重要なのです。
だから私はまだまだ死ねないんです(笑)。まあ、気分は30歳ですが。
■健康にかける並々ならぬ投資額
――若々しさを保つための“健康投資”もなさっているとか。
健康投資はしていますね。体こそ資本ですから。パーソナルジムには週2回、加えてストレッチにも週1~2回通っていて、さらに、メンテナンスのために中国鍼を月1回受けています。あとは、定期健診といつでも診療できる年契約を医療機関と交わしています。、サプリも特別にオーダーしているものを6種類ほど毎日飲んでいるので、健康投資は総額月20万~30万円かかっています。
食生活にも気を使っていて、私の朝ご飯は高価です。旬のフルーツを6~7種類食べて、腸内環境を整えるためにヨーグルトも2種類ほど。炭水化物は日によって変えますが、黄身の色が濃くて栄養価が高い卵で卵かけごはんを食べたり。体に入れるものには相当気を使っているほうだと思います。
胃腸に負担をかけないように、昼と夜は少食です。
ただ、お金のかけ方と同じかそれ以上に大事なのは「時間」の使い方でしょう。特に朝の時間をどう使うかが、仕事の生産性を大きく左右します。
■朝、2時間の空白の時間を
――朝の時間をどう使っているのでしょうか?
日の出前に起きて約2時間、東の方角を向いて座って、ゆっくりと呼吸をしながら空白の時間を過ごしています。心を整えたらシャワーを浴びて、また15分間、自分に誓う時を過ごします。それから朝食という段取りです。これは旅先でも欠かさない毎朝のルーティンです。
――「2時間あれば、会議の資料作りやミーティングだってできる」と作業を優先する人は多いかもしれませんが、中野さんにとっては“空白”の時間にこそ意味があるのでしょうか。
はい。その日一日の生産性、ひいては一生の質の高い生産性のためになる。私はそう思います。
――なぜ、空白の時間が全体の生産性につながるのでしょうか?
まず、朝日を浴びることで人間のさまざまな機能が活性化されることは、科学的にも証明されているでしょう。
そして、今は情報過多の時代ですから、世間が動き出す前の早朝に「内側に意識を向ける」時間を確保することが大切です。それによって、世間の流行や誰かの評価に振り回されることのないオリジナルのアイデアがどんどん湧いてくる。要不要、優先順位の判断がクリアになる。結果として、「今、何をするべきか」を選択し、行動する準備ができるのです。
私は5年前に『ぜんぶ、すてれば』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)という本で「捨てる」というコンセプトを発信しましたが、次なるステップは「集中する」。すなわち、やるべきことを選んで集中する「スコーピング」「フォーカス」の力を私たちは鍛えるべきなのだと思います。
■歩く時間を増やすと何が起きるか
――「朝に2時間確保するのは難しい」という人にアドバイスはありますか?
歩く時間を増やすことをお薦めします。私もよく歩きます。仕事先からオフィスや自宅への移動に、1時間かけて歩くのもざらです。健康にもいいし、なんといっても血流が巡っていいアイデアがどんどん思いつくクリエイティブな時間になるんです。1時間が無理だったとしても、朝の電車通勤のうち一駅分だけ歩くだけでも違います。
■「いいものを安く」はダメ
――「捨てて、集中すること」でどんな成果が得られるのか、具体的に教えていただけますか。

「あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ」と考えれば考えるほどに私たちは欲張りになって、結果として誰も満足させることができない。日本人は特に集中が苦手なのかもしれません。なんでも盛り込むのはかえって迷惑。捨てたほうが喜ばれるんです。
分かりやすい例を出しましょう。外国人観光客でにぎわう京都で、「食事付き宿泊プラン」をやめる高級旅館が増えてきたそうですが、これも「捨てて、集中する」という行動です。これまでは「おいしい食事を堪能して、ゆっくりと体を休めることができる」という二つの価値を提供することがサービスである、という“常識”にとらわれていたのです。しかしながら、これは客から「食事を選ぶ楽しみ」を奪っているに過ぎないんです。京都の街には素晴らしい料亭がたくさんあるのですから、自分で行きたいお店に行けるほうが旅の思い出は豊かになると思います。
旅館は「最高の就寝環境を提供する」という価値に集中すればいい。そのほうが経営としても合理的です。実際、「部屋を倍の広さに改装して環境の質を上げて価格を上げたら、稼働率が上がって売り上げが劇的に伸びた」という事例もあるそうです。
本当に喜ばれる価値に集中する。そして自信をもって値付けをする。「いいものを安く」ではダメで「いいものだから高く」の発想で、世界のビジネスは動いていくように思います。
■同じ会社に10年いると正しい判断ができなくなる
――伊勢丹、鈴屋で海外展開に携わった後に、40年余りアジアの財閥企業で要職を経験した中野さんならではの言葉ですね。寺田倉庫CEO時代や熱海でのリゾート事業創生での改革においても「捨てて、集中する」が貫かれていたのでしょうか。
そうです。私は敢えて空気を読まずに感じたことを率直に言う。そして、すぐに行動に移す主義です。熱海の老舗リゾート、ACAO SPA&RESORTの創生を引き受けたときは、長年“本業”としてきたホテル事業を手放し、敷地内のガーデンのリニューアルなど景勝を誇る自然環境に特化した改革や、地域産業と連携する取り組みに集中しました。
過去の栄光は捨て、真に価値を生む資産だけを残す。それができるのは、しがらみがないからです。社会に出てずっと同じ会社で10年、20年と働いていたら、愛着が積み重なって、愛着はやがて執着になる。
執着は恐れを生んで、「今、向かうべき集中」を遠ざけてしまう。だから、私は若い人にもお薦めしたい、「会社は5年で辞めなさい」と。
■人が入れ替わったほうが組織は強くなる
――「一つの環境で耐えて頑張りなさい」という一般的な教えとは反するものですが、その意図とは?
組織は人が入れ替わったほうが強くなるからです。人間は一見変わらないようで、実は日々細胞が新陳代謝しているのと同じで、企業も中身が入れ替わり続けなければ硬直し、死に向かいます。よく「うちの会社は離職率が低い」と自慢している経営者がいますが、それは良いことばかりとは言えません。新鮮味がなければ、馴れ合いになってしまい、不正や癒着も生むでしょう。
だから、一つの会社で十分に力を発揮できたと思えたら、動いたほうがいいんです。本当は5年単位と言いたいところですが、若い人はまず信頼をつくるために最低3年は一つの会社で仕事をして、そして30歳くらいになったら外に出る。自費で留学してもいいでしょう。
ただ、勘違いしてほしくないのですが、「耐える力」も欠かせない基礎力です。世の中のビジネスは6割が「道理が通っていない」もの。現実とはそういうものだと知って耐える力を身につける。これがないと、あるはずのない理想の道理を求めて迷子になってしまうこともあります。
「こんなものか」と折り合いをつける、そして現実に失望せずに、明るく前向きに耐えていると、その姿に対して周りから協力が集まります。人との関わりの中で信頼を獲得できる流れが生まれます。信頼によって徳を積めば、縁も運もめぐってきます。縁や運は金銭の豊かさとも深く関わります。「どこでもやっていける」という自信がいつのまにか身についていくはずですよ。

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中野 善壽(なかの・よしひさ)

東方文化支援財団代表理事

1944年生まれ。伊勢丹、鈴屋を経て、1991年より台湾に渡り、中国力覇集団、遠東集団などの財閥系企業で経営者を歴任。2011年に寺田倉庫CEOに就任し、文化芸術分野との連携によるエリアリバイバルを実現。2018年、モンブラン国際文化賞受賞、東方文化支援財団を設立。2021年からは熱海の老舗リゾート「ACAO SPA&RESORT」の創生に携わった。現在は若手経営者のための私塾「中野塾」を主宰し、次世代に知見を還元する活動も行う。著書に『ぜんぶ、すてれば』『お金と銭』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『孤独からはじめよう』(ダイヤモンド社)など。物質的な豊かさにとらわれず、精神的・文化的価値に重きを置いた経営哲学や生き方が共感を呼んでいる。

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宮本 恵理子(みやもと・えりこ)

ライター・エディター

1978年福岡県生まれ。筑波大学国際総合学類卒業。2001年、日経ホーム出版社(現・日経BP社)入社。「日経WOMAN」、新雑誌開発、「日経ヘルス」編集部を経て、2009年末に編集者兼ライターとして独立。書籍、雑誌、ウェブメディアなどで、さまざまな分野で活躍する人の仕事論やライフストーリー、個人や家族を主体としたノンフィクション・インタビューを中心に活動する。ライターのネットワーク「プロシェア」、取材体験型ギフト「家族製本」主宰。

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(東方文化支援財団代表理事 中野 善壽、ライター・エディター 宮本 恵理子)
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